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二章
67.怒りに満ちていた橙色の瞳が
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怒りに満ちていた橙色の瞳が揺れ動き、瞼に隠れた。
「心配なさらずとも、ユージーン殿は勝ちますよ。イーサン殿が信じて差し上げなくてどうするのです?」
「……オリバーは、いつもこんな気持ちでスカーレットを見てたのか?」
「そうですね」
「なんで俺、俺がやるって言えなかったんだろ?」
イーサン殿の声が震え、ユージーン殿の顔に雫が落ちていく。
しかしそろそろスカーレットの下へ行ってもいいだろうか? 昨日までの疲れを労ってあげたいし、気持ちも解してあげたい。
私の不用意な発言のせいで彼女の心に無駄な傷を負わせてしまった。きちんと眠れただろうか? 子供の頃のように泣いていないだろうか。
視線はイーサン殿から、廊下に出るための扉へと向かってしまう。
「なあ、オリバー。ユージーンが勝つために、俺ができることって何?」
「そうですね、アッシュ殿の弱みをちらつかせたり、いつもの調子でからかって冷静さを失わせることでしょうか?」
「そっか……」
それ以上イーサン殿から声は返ってこなくなったので、私は部屋を後にした。
無駄に長い廊下を歩き、スカーレットを迎えに行く。同じ城にいるというのに、この距離さえ煩わしい。
昨日までは山の中という安心できない場所であったが、一日中常に彼女が傍にいて、目が覚めればすぐに彼女を視界に入れられた環境は、とても幸せであったと気付く。
部屋に辿り着いてノックと共に声を掛けると、すでに起きていたスカーレットが出迎えてくれた。
「おはよう、スカーレット」
「おはよう、オリバー」
かわいそうに。眠れなかったのか表情に元気がない。
スカーレットの頬に手を添えて目元を優しく撫でる。彼女の疲労を私に移せればいいのに。
「オリバー、イーサンお兄様とユージーンお兄様は、アッシュに勝てるかしら? 私、オリバー以外の人のお嫁になんて行きたくない」
私の背中に手を回して、不安そうに額を押し付けてくる。
「大丈夫だよ、スカーレット。私とユージーン殿を信じて?」
「……うん」
スカーレットを不安にさせるとは。アッシュ殿には相応の罰を与えるべきかもしれない。
落ち着きを取り戻したスカーレットを食堂までエスコートする。
予想通り、今朝は鳥肉だった。朝からこってりはきついので、ありがたい。……私もイーグル家に毒されている気がする。
そしていよいよ、決戦の火蓋は切って落とされた。
「ところでアッシュ殿はイーグル一族の中では強いほうなのですか?」
「ジョッシュ兄さんやゴッシュ兄さんに比べれば弱いけど、まあまあなんじゃない?」
話題を振ると、少々強張った顔ながら平常心を装ったイーサン殿が相手をしてくれる。
「僕は一度も負けたことないけど?」
「俺も負けたことはないな。双子のほうが手を焼いてるぜ?」
ディミアン殿とパーシバル殿も加わってきた。しかしお二人はアッシュ殿よりも年上なので、参考にはならない。煽るのが目的なので構わないが。
「ガキの時にスカーレットに嫌がらせしやがったから、多眼蝗の群に放り込んでやったことがあったな。あれは面白かった」
パーシバル殿のお仕置きは苛烈だ。想像したくない光景である。とはいえスカーレットを傷付けたのならば、当然の報いであろう。
イーサン殿も続く。
「アッシュって虫苦手だよね? 魔巨蟻の巣に遊びに行ったときも悲鳴を上げてさ。洞窟の中だから響いて煩かったよ。煩蝉なみに」
「信じられないな! 魔虫のどこが気に入らないと言うのか! アッシュ! きっちり説明するといい!」
魔虫の話題に誘引されたブライアン殿が加わる。
「なになにー? アッシュの子供の頃の話? そういやあいつさー、イーグル恒例の生肉括りつけて魔獣の群にぽーんっで、まじ泣きしてさー」
酒樽を抱えたゴードン殿までやってきた。
……アレか。アレは本当に命の危険を感じた。二度とやりたくない鍛錬方法だ。
「え? その話知らない。アッシュのやつ、本当に泣いたの? ゴードン兄さん」
「おう、マジだぞー。泣き喚いてなー。吃驚した魔獣が人里に下りて大変だったんだぞー」
それは擁護できない。領民を巻き込むなど、領主の息子としてあるまじき失態だ。
「うわー、最悪じゃん。オリバーでもちゃんと魔獣と戦おうとしたのに」
「ちょっと待て、オリバーにもアレをやらせたのか?」
「そうよ、パーシバルお兄様。イーサンお兄様たちってば酷いのよ? オリバー、大変だったんだから」
スカーレットも兄たちの会話に参戦した。
私が不甲斐ないばかりに怪我をして、スカーレットを泣かせてしまったことは今でも悔やんでいる。
「実力を見誤ちゃってさ。本当に反省してる。でもあの状況でも最後まで諦めなかったオリバーは、凄かったと思う」
「そりゃーすげえ。どっかの誰かに見習わせてやりたいなー」
「まったくだ。本家の息子が情けないぞ! アッシュ!」
「外野は黙ってろっ!」
ユージーン殿と向かい合って開始の合図を待っていたアッシュ殿が怒鳴ってきた。戦いを前にして他に気を取られるとは、まだ余裕がありそうだ。
「心配なさらずとも、ユージーン殿は勝ちますよ。イーサン殿が信じて差し上げなくてどうするのです?」
「……オリバーは、いつもこんな気持ちでスカーレットを見てたのか?」
「そうですね」
「なんで俺、俺がやるって言えなかったんだろ?」
イーサン殿の声が震え、ユージーン殿の顔に雫が落ちていく。
しかしそろそろスカーレットの下へ行ってもいいだろうか? 昨日までの疲れを労ってあげたいし、気持ちも解してあげたい。
私の不用意な発言のせいで彼女の心に無駄な傷を負わせてしまった。きちんと眠れただろうか? 子供の頃のように泣いていないだろうか。
視線はイーサン殿から、廊下に出るための扉へと向かってしまう。
「なあ、オリバー。ユージーンが勝つために、俺ができることって何?」
「そうですね、アッシュ殿の弱みをちらつかせたり、いつもの調子でからかって冷静さを失わせることでしょうか?」
「そっか……」
それ以上イーサン殿から声は返ってこなくなったので、私は部屋を後にした。
無駄に長い廊下を歩き、スカーレットを迎えに行く。同じ城にいるというのに、この距離さえ煩わしい。
昨日までは山の中という安心できない場所であったが、一日中常に彼女が傍にいて、目が覚めればすぐに彼女を視界に入れられた環境は、とても幸せであったと気付く。
部屋に辿り着いてノックと共に声を掛けると、すでに起きていたスカーレットが出迎えてくれた。
「おはよう、スカーレット」
「おはよう、オリバー」
かわいそうに。眠れなかったのか表情に元気がない。
スカーレットの頬に手を添えて目元を優しく撫でる。彼女の疲労を私に移せればいいのに。
「オリバー、イーサンお兄様とユージーンお兄様は、アッシュに勝てるかしら? 私、オリバー以外の人のお嫁になんて行きたくない」
私の背中に手を回して、不安そうに額を押し付けてくる。
「大丈夫だよ、スカーレット。私とユージーン殿を信じて?」
「……うん」
スカーレットを不安にさせるとは。アッシュ殿には相応の罰を与えるべきかもしれない。
落ち着きを取り戻したスカーレットを食堂までエスコートする。
予想通り、今朝は鳥肉だった。朝からこってりはきついので、ありがたい。……私もイーグル家に毒されている気がする。
そしていよいよ、決戦の火蓋は切って落とされた。
「ところでアッシュ殿はイーグル一族の中では強いほうなのですか?」
「ジョッシュ兄さんやゴッシュ兄さんに比べれば弱いけど、まあまあなんじゃない?」
話題を振ると、少々強張った顔ながら平常心を装ったイーサン殿が相手をしてくれる。
「僕は一度も負けたことないけど?」
「俺も負けたことはないな。双子のほうが手を焼いてるぜ?」
ディミアン殿とパーシバル殿も加わってきた。しかしお二人はアッシュ殿よりも年上なので、参考にはならない。煽るのが目的なので構わないが。
「ガキの時にスカーレットに嫌がらせしやがったから、多眼蝗の群に放り込んでやったことがあったな。あれは面白かった」
パーシバル殿のお仕置きは苛烈だ。想像したくない光景である。とはいえスカーレットを傷付けたのならば、当然の報いであろう。
イーサン殿も続く。
「アッシュって虫苦手だよね? 魔巨蟻の巣に遊びに行ったときも悲鳴を上げてさ。洞窟の中だから響いて煩かったよ。煩蝉なみに」
「信じられないな! 魔虫のどこが気に入らないと言うのか! アッシュ! きっちり説明するといい!」
魔虫の話題に誘引されたブライアン殿が加わる。
「なになにー? アッシュの子供の頃の話? そういやあいつさー、イーグル恒例の生肉括りつけて魔獣の群にぽーんっで、まじ泣きしてさー」
酒樽を抱えたゴードン殿までやってきた。
……アレか。アレは本当に命の危険を感じた。二度とやりたくない鍛錬方法だ。
「え? その話知らない。アッシュのやつ、本当に泣いたの? ゴードン兄さん」
「おう、マジだぞー。泣き喚いてなー。吃驚した魔獣が人里に下りて大変だったんだぞー」
それは擁護できない。領民を巻き込むなど、領主の息子としてあるまじき失態だ。
「うわー、最悪じゃん。オリバーでもちゃんと魔獣と戦おうとしたのに」
「ちょっと待て、オリバーにもアレをやらせたのか?」
「そうよ、パーシバルお兄様。イーサンお兄様たちってば酷いのよ? オリバー、大変だったんだから」
スカーレットも兄たちの会話に参戦した。
私が不甲斐ないばかりに怪我をして、スカーレットを泣かせてしまったことは今でも悔やんでいる。
「実力を見誤ちゃってさ。本当に反省してる。でもあの状況でも最後まで諦めなかったオリバーは、凄かったと思う」
「そりゃーすげえ。どっかの誰かに見習わせてやりたいなー」
「まったくだ。本家の息子が情けないぞ! アッシュ!」
「外野は黙ってろっ!」
ユージーン殿と向かい合って開始の合図を待っていたアッシュ殿が怒鳴ってきた。戦いを前にして他に気を取られるとは、まだ余裕がありそうだ。
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