要注意な婚約者

しろ卯

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三章

140.抑えろ、スカーレット

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「抑えろ、スカーレット。王都の人間の脆さは知っているだろうが? お前が殴ったら原形留めないぞ?」
「でもその人、オリバーを誘拐したのよ? その上オリバーを処分しろって言ったわ。オリバーは私が護るの! 誰にも奪わせないんだから!」

 嗚呼、なんて情熱的な言葉だろう。一途で優しい私のスカーレット。私のためにここまで駆けつけてくれた上、私を護るために王族相手でも立ち向かおうだなんて。

「スカーレット、私の愛しい婚約者殿。私は無事だから、どうか怒りを――」
「見目が美しいから側妃に迎えてやろうと思ったのに、なんだ、その化け物は!? パーシバル! そいつを取り押さえ、ろ?」
「ああ?」

 パーシバル殿と声が被ってしまったが仕方ない。

「それはまさか、私の麗しく優しい婚約者のことではありませんよね? 理解不能な言動が多い御方だとは思っていましたけれど、頭が腐っているのですか?」
「それってまさか、俺の可愛い妹のことじゃねえよな? なかなか結婚しねえからおかしいとは思ってたけど、側妃だ? ふざけてやがるのか? オプタリスクは」
「ひいっ!?」

 そういえば、綿蛸王子がスカーレットを側妃に娶ろうと画策していることをイーグル家の者が知れば、城どころか王都が消える危険性があるので伝えていなかった。

 がたがたと震える綿蛸王子が、救いを求めてか情けなくランドルフ殿にしがみ付く。彼もイーグル家の者だと、忘れてしまったのだろうか。
 案の定、襟首を掴まれて、ぽいっと投げ捨てられた。

「あ、オリバーの殺気でスカーレットが止まった」
「あ、パーシバル兄さんが久しぶりにマジ切れしてる」

 殺気が零れていたようだ。綿蛸王子よりもスカーレットのほうが大切だ。あちらはパーシバル殿に任せて、私はスカーレットの下へ向かう。

「大丈夫かい? スカーレット。私のために怒ってくれてありがとう。嬉しいよ。でも君が心に傷を負うのは私も辛い。どうか怒りは鎮めてくれないかい?」
「オリバー……」

 あんな綿蛸王子のために、スカーレットが手を汚す必要はない。

「お前らさあ、調子に乗りすぎなんだよ。イーグルをオプタリスクの奴隷かなんかと勘違いしてねえか?」

 背後からドスの効いた声が聞こえる。

「不敬だぞ、パーシバル! 伯爵家の令息如きが、王族に対する口の利き方を、ひいっ!?」

 衝撃音が気になって振り返って見ると、床に二つ目の穴が開いていた。
 そして扉の外から響いてくる複数の足音。 

「パーシバル隊長、御怪我はありませんか!? ……って、デスモンド殿下?」

 抜剣した状態でなだれ込んできた騎士たちが、部屋の中を見て動きを止める。
 通常の警備態勢であれば王族を護る第一部隊の隊員たちが先に駆け付けただろうが、人払いしていたために王城を護る第二部隊が先に駆けつけたようだ。

「お前たち、この者たちを捕えよ! 謀反者だ!」

 騎士たちの姿を見た綿蛸王子が、起死回生とばかりに勝ち誇った顔で叫ぶ。が、

「おう、来たか。転がっている騎士共を拘束して牢にぶち込んどけ。あと、この坊ちゃんを謁見の間に連れていけ。国王にはイーグルとオプタリスクの契約について話があると伝えてこい」
「はっ!」

 と、騎士たちは迷わずパーシバル殿に従った。
 一人が国王の下へ走り、別の一人が綿蛸王子を立たせ、残りの騎士たちは綿蛸王子の近衛たちを拘束していく。
 綿蛸王子が愕然とした顔で騎士たちの動きを眺めている。同情はしないが気持ちは分かる。

「騎士たちにとって、パーシバル殿の命令は王族より優先されるのですね?」
「あー、あれね。第二部隊限定だよ?」
「あー、パーシバル兄さんのファンは、他の部隊にもいるみたいだよ?」

 それでいいのだろうか、騎士団。我が国の国防が不安になってしまう。
 だが私の心はいつだってスカーレットが優先である。くったりと私の胸にもたれ掛かっているスカーレットの髪に付いた埃を、手で梳き取っていく。
 私を助けるために必死だったのだろう。髪もドレスも、粉塵で白く染まっていた。

「よっし。国王陛下に会いに行くぞ。オリバーも付いて来い」

 部屋を出ていくパーシバル殿の後ろを、私たちはぞろぞろと付いていく。足下が覚束ないスカーレットは、もちろん私が横抱きにして運ぶ。

「ところで、よく私が第二王子に呼び出されたと分かりましたね?」
「知らなかったよ? お城が破壊されたから出てきたら、スカーレットが暴れてた」
「スカーレットを追いかけて来たら、オリバーと第二王子がいた」

 なるほど。聞こえてきた音は一つ二つではなかった。私を探すために、スカーレットは王城を破壊して回ったのだろう。
 離宮から出て目に入った王城は、半壊していた。

「家に手紙が届いたの」

 きゅっと上着を握られて視線を下げると、スカーレットが泣きそうな顔で私を見ているではないか。可愛すぎて一瞬、意識が飛びそうになった。
 しかし愛しいスカーレットが話しているのだ。一文字だって聞き逃すわけにはいかない。

「オリバーとの婚約を解消させるって、第二王子から。それで心配になってオリバーの家を訪ねたの。でも、まだ帰っていないって言われて。だから騎士団に行ったけど、今度はもう帰ったって言われて……。オリバーに何かあったんじゃないかって、不安になって……」

 スカーレットの怯え具合から、手紙にはもっと具体的なことが書かれていたのだろうと分かる。もしかすると、私やピジュン家を人質にして脅迫する内容も含まれていたのかもしれない。
 心配しなくてもいいと伝えたところで、スカーレットから見れば私は脆く弱い存在だ。私を助けなければと、無我夢中になってしまったのだろう。

「助けに来てくれてありがとう。お蔭で私は無事だ。もう心配しなくていい。ここからは私に任せてくれるね? 二度と君を不安にさせないよう、しっかりと躾けておくから」

 私を狙う分はまだ許せる。しかし私の愛するスカーレットをこれほどまで不安にさせるなど、王族といえどもお仕置きが必要であろう。
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