『種族:樹人』を選んでみたら 異世界に放り出されたけれど何とかやってます

しろ卯

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ルモン大帝国編

87.ここでお願いします!

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「だって、講習をすることになった場合、大勢の前で何が行われたかが知れ渡ることになりますよ?」
「「あ」」

 ナルツとマグレーンは絶句した。
 今ならば、ここにいる職員と仲間たちに黙ってもらえば済む。しかしフレックが死に掛けたという噂が広まってから、人工呼吸の講習が行われたら……。
 さあっと、ナルツとマグレーンの顔から、血の気が引いた。

「「ここでお願いします!」」
「了解しました」

 揃って頭を下げたナルツとマグレーンに頷くと、雪乃は人工呼吸についても説明を開始する。
 途中から全員があ然とした顔になったが、想定済みの反応だったので、そのまま説明を続けた。
 フレックが雪乃の顔を見たまま固まったり、少ししてナルツとマグレーンの顔をチラ見しては真っ青になり、最後は俯いたまま動かなくなってしまったが、まあそれも想定内だ。
 雪乃は気にせず説明を終える。

「こ、今後はパーティに一人は女性を……」
「セクハラ禁止です」
「……はい」

 そうして人工呼吸についての説明を終えたときには、居たたまれない微妙な空気が部屋を支配していた。
 雪乃は空気を無視して、飛流討伐の際に他のメンバーが負っていた怪我の状態についても、報告を済ませた。

「とまあ、そんな感じです」

 済ませたのだが、無音の空間も作り終えていたようだ。
 カンヨーを食べるのに飽きたノムルも、おとなしくしている。
 静かな空間に暇を持て余した雪乃は、根をぶらぶらと揺らした。そろそろ地面が恋しい。
 たっぷり時間が過ぎて、思考の整理が終わったのか、ルッツが顔を上げた。
 何かを言おうとしては口を閉じ、手指が心の動揺を表すように、時折動く。まだ整理は終わっていないようだ。
 それでも無理矢理に言葉を紡ぎ出す。

「今の話だと、ナルツとマグレーンしか生き残れなかったはずだが? フレックのその、人工マッサージ? で息を吹き返したとしても、助かる状態ではないだろう?」
「ええ、そうですね。人工呼吸と心臓マッサージですが」
「……」

 もう本気で訳が分からないと、ルッツは天を仰いだ。
 雪乃はノムルにアイコンタクトを取って、説明を続ける。

「単純に、運が良かっただけです。ノムルさんはちょっと常識外れな魔法使いで、私はノムルさんから治癒魔法を教えていただいていたので、フレックさんたちの治療に尽力できました」

 雪乃を映すギルド側の目からは、疑念の色が抜けない。けれど、ここまでの話から、雪乃に医術の知識があることは理解していた。

「ノムル様とユキノちゃんの治癒魔法については、保証します。俺なんかとはレベルが違う。オーレンの冒険者ギルドに問い合わせれば、それも証明されると思います」

 こう着状態を破るように、マグレーンが発言する。それに対して、ギルド側は眉根を寄せた。

「待て、お前はAランクの魔法使いだぞ? うちの支部でも一、二を争う魔法使いだ。お前に治せない怪我なら、他の魔法使いも難しいだろう?」
「そう言っていただけるのはありがたいんですけど、この二人に比べると、本当、泣けてくるんで……」

 と、マグレーンは肩を落とした。その体に幻のきのこが生える。

「きのこ……。やはり採取したほうが良いかもしれません」
「ユキノちゃん?! そんなの生やさなくていいから。元気が一番だよ?」
「……」

 雪乃は感情のこもらない視線を送った。いつもトラブルを持ち込んでくる魔法使いに。

「ギルドの壁を破壊したことから、凄腕の魔法使いだとは分かるが、それほどなのか?」

 訝しげに問うルッツに、他の職員達も同調する。魔法の威力は目にしたが、カンヨーを頬張ったり、小さな子供と戯れる魔法使いには、威厳の欠片も見当たらない。

「……ノムル・クラウ様です」
「「「ん?」」」
「ですから、『至高にして孤高の魔法使い』と名高い、ノムル・クラウ様です」
「「「はあっ?!」」」

 マグレーンから伝えられた名前に、ギルド側は目玉が飛び出さんばかりに目を見開き、ノムルを凝視した。

「それは、最強にして最凶の魔法使いのことか? 噂どおり、動く災厄だな」
「何? 喧嘩売ってるの?」

 すごむノムルに、一斉に首を横に振る。
 世の中には、決して手を出していはいけないとされる相手がいる。
 その最たる一人が、この目の前にいる男、ノムル・クラウなのである。

「しかしお腹空いたねえー」
「そうですね」

 そして、空気をまったく読まず自由なのも、ノムル・クラウなのである。 
 昼前にネーデルに到着し、そのまま冒険者ギルドに足を運んだノムルは、まだ昼食を食べていない。
 カンヨーを食べたが、それはおやつだ。そろそろ本格的に腹も減ってきた。

「……。二階に食堂がある。ここへ運ばせることもできるが?」

 頭痛を覚えながら、ルッツは提案する。

「何か変わったメニューはあるの? ネーデルの名物とか、ルモンの名物とか」
「基本的には、どれもルモン大帝国の食事だな。他国から来たのであれば珍しいのではないか?」
「んじゃあ、お勧めのやつ」
「分かった」

 首肯したルッツは何を注文するか思考する。
 食事で機嫌を取れれば最善だが、それ以上に、気に入らないと機嫌を損ねたら堪らない。そう考えながら、ふと隣の子供に視線を移す。
 お茶もお茶請けも、結局ノムル・クラウに全て食べられてしまった、気の毒な子供だ。きっと彼以上にお腹が空いているだろうと、ルッツは考えた。

「君もお腹が空いただろう? 何か食べたいものはあるか?」

 その問いかけは、自然な発言だった。
 相手が人間ならば。

「あー、ユキノちゃんは」

 と口を開いたノムルは硬直する。

「はい、お腹が空きました。水分と養分を補給したいです」
「え? ユキノちゃん?」

 今まで一度たりとも、何かを食べようとしたことの無い雪乃なのだ。空腹を訴えることも無かった。それなのに。

「お腹、空いたの?」
「はい。お腹空きました」

 ノムルの顔から、一気に血の気が引いた。
 小さな樹人に、何らかの異常事態が起きている。
 考えてみれば、昨日の午後から雪乃は大地に根を張っていない。用意しておいた鉢に根を張らせていたが、それだけでは樹人の体に必要なだけの、充分な栄養を与えることはできなかったのだろう。

「そうか、ここでも良いが、人数が多いからな。俺たちもまだ食べていないし、食堂に移ろう」

 ルッツは職員やナルツたちを率いて、食堂へと向かう。
 雪乃もソファから下り、後を追う。その動きが、いつもより緩慢だった。ふらついているようにも見える。

「ユキノちゃん?」

 ノムルは手を伸ばして深緑色のローブに触れる。かさりと音がして、雪乃の長いローブの裾から、何かがこぼれ出た。

「え?」

 茶色く乾いた、一枚の葉っぱ。

「ええ?!」

 慌ててノムルは雪乃の前に回りこみ、フードに隠れた顔を確認する。
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