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ドューワ国編
100.土竜とか、海月とか、海星とか、心太とか、
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「じゃあ、ユキノちゃんが人間の文字を読み書きできるようになるのと、俺が魔物文字を読み書きできるようになるの、どっちが早いか競争ね? 負けたほうは勝ったほうの言うことを、何でも一つ聞くの」
ぴしりと、音を立てて雪乃は石化した。
ムツゴロー湿原に入ってしばらくした頃から、雪乃はノムルにこの世界の文字を教えてもらっていた。
基本の文字は憶えたのだが、そこから中々進んでいないのだ。騒動があったことはもちろんだが、雪乃は元々、短期間で異国語をマスターできるほど、高スペックではない。
ぎぎぎっと、錆びた金属のような音を立てて見上げると、ノムルがにっこり笑みを浮かべていた。
「ハンデはしっかり与えてるよね?」
と、目が言っている。
先に学び始めたのは雪乃であるし、難易度も日本語に比べれば低いはずだ。
有無を言わさぬ視線に抵抗できなかった雪乃の首は、意思に反して頷いていた。
(だ、大丈夫。いざとなったら、土竜とか、海月とか、海星とか、心太とか、土筆とか、負けない方法はある!)
何とも小賢しい手段を思い浮かべているようだ。それらがこの世界にあるとは限らないと、思い至ることもなく。
「良いでしょう。その勝負、受けて立ちます!」
きゅぴーんっと葉をきらめかせて言い放った雪乃は、自分が追い込まれようとしていることに、気付いていなかった。そして、
「言質は取ったからねー。約束を破っちゃだめだよー」
「……ハイ」
すぐに自分の言動に後悔したのだった。
ご機嫌なノムルは、森の中を鼻歌交じりにずんずん進んで行く。後ろを行く雪乃は、肩を落としてどんより進んで行く。
「ほらー、ユキノちゃん、もっと明るくしないとー」
「誰のせいですか?」
恨みがましい視線を向けても、ノムルに効果はない。何度目かの溜め息を吐き出して、雪乃は付いて行く。
「わー」
「やあ、何を見つけてきたんだい?」
「わー」
通常運転のマンドラゴラに連れられて、雪乃とノムルは進む方角を変えた。そして現れたのは、
「も、」
「も?」
「もふもふです!」
目の前に現れたのは、バロメッツだ。
綿花を知らないヨーロッパの人々が、アジアでは植物から羊毛が取れると聞き、羊の生る木があると勘違いして誕生した、得体の知れない植物である。
ただし、この世界のバロメッツには、羊ではなくヤギが実っていたのだが。
それはさておき、雪乃は目を輝かせた。
パピパラさんに続く、癒し生物との対面である。
「んめ゛え゛え゛え゛え゛ええええーーーーーっっ!!」
「おおーっ!」
雪乃はさらに目を輝かせた。
ノムルは耳をふさいで顔をしかめた。
マンドラゴラは……
「わー」
やっぱり通常運転だった。
「ちょっと! うるさいよ! 何なの?!」
ノムルはキレた。
「何を仰るのですか? ノムルさん。洒落にならない煩さで発せられる、心からの叫び。この鬱陶しくも素敵なダミ声こそ、彼等の真骨頂ですよ!」
「いやいやいや、ユキノちゃん?! それ何か間違っているから! というか、それ褒めてるの?」
実際にヤギは、声が枯れそうなほどの、素晴らしい叫び声を披露してくれることがある。間違ってはいけない、『鳴き声』ではなく『叫び声』である。
あれは町の中に迎え入れてはいけない。近所迷惑どころか、ヤギがいると知っているはずの人間でさえ、挙動不審になってしまうレベルだ。
雪乃も始めて聞いた時は、その凄まじい威力に腰砕けになって笑い続けたほどなのだから。
うっとりとバロメッツを見つめる雪乃を、ノムルは引いた目で眺めている。
「せっかく見事な美声を披露して下さったところ恐縮なのですが、吸収させて頂いてもよろしいでしょうか?」
雪乃はバロメッツに近付くと、フードを外して敬意を表し尋ねた。
バロメッツはじいっと雪乃を見つめる。そして、
「もっしゃもっしゃ」
「……」
雪乃の顔を、食んだ。
植物化しているとはいえ、彼等もやはり、草食動物なのである。
「あのー、メリーさん?」
彼等の名前はバロメッツであり、メリーさんは羊の主の名前なのだが、雪乃はそう呼びかけてみた。
「私を食べるのではなく、吸収させて頂いても……」
「もっしゃもっしゃ」
「……」
雪乃はその場に根を折り、枝を突く。
「ゆ、ユキノちゃん?! 大丈夫?」
慌ててノムルが駆け寄り、
「わー」
マンドラゴラが登頂に成功する。
雪乃は四つん這いになったまま、ふるふると震えた。
「わ、私は……」
「うん。どうしたの?」
心配する声で、ノムルは慰めるように問う。
「私はア○パ○マ○じゃありません!」
「……。ごめん、意味か分からないんだけど?」
ノムルは混乱していた。彼の吹っ飛んだ思考回路でも、現状を正しく理解することは困難だった。
「ぬう。つまりバロメッツさんは、私に取り込まれるのはお嫌ということですね?」
意思を持つ相手ならば、無理強いするつもりのない雪乃は、目の前のバロメッツに尋ねた。
バロメッツはじいっと雪乃を見つめる。そして、
「んめ゛え゛え゛え゛え゛ええええーーーーーっっ!!」
と、素晴らしい叫び声を披露した。
「そうですか、残念ですが仕方ありません。他の方を探します。お邪魔しました」
ぺこりとお辞儀をして、雪乃はバロメッツの下を去る。
「え? ユキノちゃん? 俺が引っこ抜こうか?」
見かねてノムルが言い出たが、雪乃は首を横に振り、その申し出を断わる。
「無理強いはしたくありません。他のバロメッツさんが協力してくれるかもしれませんし、ご足労をお掛けして申し訳無いのですが、今回は諦めさせてください」
しょんぼりと萎れる雪乃に、ノムルもマンドラゴラも、強くは言えない。
「気にしなくていいよ。ユキノちゃんのやりたいようにやりなよ」
「ありがとうございます」
笑顔を作ってノムルは雪乃を励ました。マンドラゴラも雪乃の肩まで登り、頬擦りをするように身を寄せてくれる。
「ありがとう」
いつもは自由気ままなマンドラゴラの優しさが嬉しくて、優しく撫でる。マンドラゴラも満足そうに、雪乃の肩で跳ねた。
「じゃあ、次を探そうか」
「はい」
雪乃とノムルが歩きだすと、マンドラゴラも地面に飛び降り、森の奥へと走っていく。
昼が近くなる頃には、随分と奥まで入ってきていた。冒険者達の姿も見当たらない。
「そろそろ休憩にしようか?」
「そうですね」
適当な倒木に腰を下ろしたノムルは、空間魔法から包みを取り出す。その中から出てきたのは、どう見ても昼食ではなかった。
「ノムルさん、それはいったい?」
困惑と頭痛を全霊で押さえつけながら、雪乃はノムルに冷めた眼差しを向ける。
ぴしりと、音を立てて雪乃は石化した。
ムツゴロー湿原に入ってしばらくした頃から、雪乃はノムルにこの世界の文字を教えてもらっていた。
基本の文字は憶えたのだが、そこから中々進んでいないのだ。騒動があったことはもちろんだが、雪乃は元々、短期間で異国語をマスターできるほど、高スペックではない。
ぎぎぎっと、錆びた金属のような音を立てて見上げると、ノムルがにっこり笑みを浮かべていた。
「ハンデはしっかり与えてるよね?」
と、目が言っている。
先に学び始めたのは雪乃であるし、難易度も日本語に比べれば低いはずだ。
有無を言わさぬ視線に抵抗できなかった雪乃の首は、意思に反して頷いていた。
(だ、大丈夫。いざとなったら、土竜とか、海月とか、海星とか、心太とか、土筆とか、負けない方法はある!)
何とも小賢しい手段を思い浮かべているようだ。それらがこの世界にあるとは限らないと、思い至ることもなく。
「良いでしょう。その勝負、受けて立ちます!」
きゅぴーんっと葉をきらめかせて言い放った雪乃は、自分が追い込まれようとしていることに、気付いていなかった。そして、
「言質は取ったからねー。約束を破っちゃだめだよー」
「……ハイ」
すぐに自分の言動に後悔したのだった。
ご機嫌なノムルは、森の中を鼻歌交じりにずんずん進んで行く。後ろを行く雪乃は、肩を落としてどんより進んで行く。
「ほらー、ユキノちゃん、もっと明るくしないとー」
「誰のせいですか?」
恨みがましい視線を向けても、ノムルに効果はない。何度目かの溜め息を吐き出して、雪乃は付いて行く。
「わー」
「やあ、何を見つけてきたんだい?」
「わー」
通常運転のマンドラゴラに連れられて、雪乃とノムルは進む方角を変えた。そして現れたのは、
「も、」
「も?」
「もふもふです!」
目の前に現れたのは、バロメッツだ。
綿花を知らないヨーロッパの人々が、アジアでは植物から羊毛が取れると聞き、羊の生る木があると勘違いして誕生した、得体の知れない植物である。
ただし、この世界のバロメッツには、羊ではなくヤギが実っていたのだが。
それはさておき、雪乃は目を輝かせた。
パピパラさんに続く、癒し生物との対面である。
「んめ゛え゛え゛え゛え゛ええええーーーーーっっ!!」
「おおーっ!」
雪乃はさらに目を輝かせた。
ノムルは耳をふさいで顔をしかめた。
マンドラゴラは……
「わー」
やっぱり通常運転だった。
「ちょっと! うるさいよ! 何なの?!」
ノムルはキレた。
「何を仰るのですか? ノムルさん。洒落にならない煩さで発せられる、心からの叫び。この鬱陶しくも素敵なダミ声こそ、彼等の真骨頂ですよ!」
「いやいやいや、ユキノちゃん?! それ何か間違っているから! というか、それ褒めてるの?」
実際にヤギは、声が枯れそうなほどの、素晴らしい叫び声を披露してくれることがある。間違ってはいけない、『鳴き声』ではなく『叫び声』である。
あれは町の中に迎え入れてはいけない。近所迷惑どころか、ヤギがいると知っているはずの人間でさえ、挙動不審になってしまうレベルだ。
雪乃も始めて聞いた時は、その凄まじい威力に腰砕けになって笑い続けたほどなのだから。
うっとりとバロメッツを見つめる雪乃を、ノムルは引いた目で眺めている。
「せっかく見事な美声を披露して下さったところ恐縮なのですが、吸収させて頂いてもよろしいでしょうか?」
雪乃はバロメッツに近付くと、フードを外して敬意を表し尋ねた。
バロメッツはじいっと雪乃を見つめる。そして、
「もっしゃもっしゃ」
「……」
雪乃の顔を、食んだ。
植物化しているとはいえ、彼等もやはり、草食動物なのである。
「あのー、メリーさん?」
彼等の名前はバロメッツであり、メリーさんは羊の主の名前なのだが、雪乃はそう呼びかけてみた。
「私を食べるのではなく、吸収させて頂いても……」
「もっしゃもっしゃ」
「……」
雪乃はその場に根を折り、枝を突く。
「ゆ、ユキノちゃん?! 大丈夫?」
慌ててノムルが駆け寄り、
「わー」
マンドラゴラが登頂に成功する。
雪乃は四つん這いになったまま、ふるふると震えた。
「わ、私は……」
「うん。どうしたの?」
心配する声で、ノムルは慰めるように問う。
「私はア○パ○マ○じゃありません!」
「……。ごめん、意味か分からないんだけど?」
ノムルは混乱していた。彼の吹っ飛んだ思考回路でも、現状を正しく理解することは困難だった。
「ぬう。つまりバロメッツさんは、私に取り込まれるのはお嫌ということですね?」
意思を持つ相手ならば、無理強いするつもりのない雪乃は、目の前のバロメッツに尋ねた。
バロメッツはじいっと雪乃を見つめる。そして、
「んめ゛え゛え゛え゛え゛ええええーーーーーっっ!!」
と、素晴らしい叫び声を披露した。
「そうですか、残念ですが仕方ありません。他の方を探します。お邪魔しました」
ぺこりとお辞儀をして、雪乃はバロメッツの下を去る。
「え? ユキノちゃん? 俺が引っこ抜こうか?」
見かねてノムルが言い出たが、雪乃は首を横に振り、その申し出を断わる。
「無理強いはしたくありません。他のバロメッツさんが協力してくれるかもしれませんし、ご足労をお掛けして申し訳無いのですが、今回は諦めさせてください」
しょんぼりと萎れる雪乃に、ノムルもマンドラゴラも、強くは言えない。
「気にしなくていいよ。ユキノちゃんのやりたいようにやりなよ」
「ありがとうございます」
笑顔を作ってノムルは雪乃を励ました。マンドラゴラも雪乃の肩まで登り、頬擦りをするように身を寄せてくれる。
「ありがとう」
いつもは自由気ままなマンドラゴラの優しさが嬉しくて、優しく撫でる。マンドラゴラも満足そうに、雪乃の肩で跳ねた。
「じゃあ、次を探そうか」
「はい」
雪乃とノムルが歩きだすと、マンドラゴラも地面に飛び降り、森の奥へと走っていく。
昼が近くなる頃には、随分と奥まで入ってきていた。冒険者達の姿も見当たらない。
「そろそろ休憩にしようか?」
「そうですね」
適当な倒木に腰を下ろしたノムルは、空間魔法から包みを取り出す。その中から出てきたのは、どう見ても昼食ではなかった。
「ノムルさん、それはいったい?」
困惑と頭痛を全霊で押さえつけながら、雪乃はノムルに冷めた眼差しを向ける。
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