『種族:樹人』を選んでみたら 異世界に放り出されたけれど何とかやってます

しろ卯

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北国編

129.あの爺さんだからね

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「そうそう、杖が必要なら、変態爺が落としたの拾っといたから、あれで作るといいよ? 充分な大きさが何本もあるし、変態だけど、素材としては良いはずだから」

 雪乃は樹人の群を思い出し、窓の外を見上げた。その視界は、半分に細くなっている。雪乃に会った興奮のままに殺到した樹人たちは、もつれて枝を何本も折っていたのだ。
 あれは歓迎を通り越していて怖かった。
 ノムルに変体爺と呼ばれる樹人は、動くことも止められるほどに成長した、古老の樹人である。素材としては良いのかもしれない。
 ただ、

「魔法使いの杖には、向かないと言っていませんでしたっけ?」

 樹人の杖は魔力の制御が難しくなると、ミレイに諭したのだ。

「普通はね。でもユキノちゃんの場合は、最適な素材だと思うよ?」

 なにせ雪乃は樹人である。
 人間が樹人の杖を使えば、杖に残る樹人の魔力と自分の魔力が反発してしまうが、樹人の雪乃であれば、反発は少ないだろう。
 むしろ、杖に残る魔力を加算できるかもしれない。素材に意思が残るならば、なおさら、

「あの爺さんだからね」
「そうですね」

 死んだ魚のような目をしたノムルの言うとおり、喜んで雪乃に力を貸しそうだ。興奮して必要以上に。
 とりあえず、今の雪乃には不要ということで、杖作りは保留しておくことにした。

 馬車は休憩を挟みつつ、どんどん山を登っていく。紅葉していた木々は消え、周囲は岩に囲まれた景色へと変わっていた。
 気温も下がり、従者たちの服装も、温かなコートやマントへと変わってきている。
 そんな中、そろそろ寒さ避けの魔法を展開してほしいと、指示が来た。
 ノムルは雪乃を伴い、リリアンヌ王女の乗る馬車へと向かう。

「どうぞお入りください」

 招き入れられた馬車の中は、雪乃たちの乗る従者用の馬車よりも広く、椅子もふかふかだ。
 やはり王族用だけあって、乗り心地が良い。向かい合わせに備え付けられた二人掛けの椅子の間に、テーブル代わりの棺がなければ。
 いや、棺ではなく寝台なのだが、どう見ても棺にしか見えないのだから仕方ない。
 しかも氷漬けになっている王子の上に、茶器とお菓子が乗っているという、なんともシュールな光景だ。

「よろしければ今日は、こちらの馬車に乗ってくださいませ。侍女がキャシーしかおりませんが」

 リリアンヌ王女の隣に座る侍女が、深々とお辞儀をする。

「別にこの馬車に乗り込んでなくても、遠隔で問題ないよ?」

 と、魔法を展開したノムルは、杖を残しておけば魔法は持続されると説明しながら、お茶とお菓子に舌鼓を打っている。

「その結界なのですが、防音もお願いできますでしょうか?」

 微笑を浮かべたままだが、リリアンヌ王女は声を潜めた。
 ノムルは軽く杖を指で叩く。

「どうぞ。ついでに外から見える映像も操作しといたから、唇を読まれることもないよ」
「ありがとうございます」

 頭を下げたリリアンヌ王女は、その視線をノムルではなく、雪乃へと向ける。
 雪乃はぽてんと幹を傾げた。

「ユキノ様は、一流のお医者様だとうかがいました」
「いえ、違います」
「……」

 馬車の中に、沈黙が下りる。

「……薬学と治癒魔法に秀でているとうかがっていたのですが?」
「それは認めます」

 リリアンヌ王女の隣に座るキャシーが、微妙な顔に歪んでいる。
 幹を捻った雪乃は考える。そして気付いてしまった。
 薬草で病気を治し、治癒魔法で怪我を治している今の状況は、言われてみれば、医者と呼ばれる存在なのかもしれない。
 医者を名乗るには、医師免許が必須の国で生まれ育ったため、まったく思い至らなかったようだ。

「医師になるには、資格とかは無いのですか?」

 念のため、ノムルに確認しておく。

「特にないねー。ユキノちゃんなら、名乗っても大丈夫だと思うけど? 今度からは医者を名乗るかい?」
「薬師でお願いします」
「何となく予想してたけど、やっぱりそこは譲れないわけね」

 きりりと答えた雪乃に、ノムルは頬を掻く。

「それで? ユキノちゃんに頼みたいことって何? まあ、予想は付いてるけど」

 と、ノムルは視線を下げる。
 雪乃もまた、氷付けの王子様を見た。
 ラブラブな婚約者だと聞いていたが、机代わりにされているところを見ると、二人の力関係がよく分かる。
 とりあえず、カボチャパンツを卒業するところから始めていけば、少しは変わってくるのではないかと、雪乃は王子様に念じてみた。

「お察しの通りです。私の魔法でマークの時間を止めていますが、それは時間稼ぎに過ぎません。次期女王となる以上、次の子孫を残さねばならないという使命もあります。このままでは私は、他の男を夫とせねばならないのです」

 リリアンヌ王女はそっと、マーク王子の顔辺りを撫でた。彼を見つめる眼差しは、本当に愛しそうに見える。
 だがしかし、雪乃は疑問を抱く。

「あの、今回は、マーク王子の輿入れなのですよね? 春にはご結婚なされると」

 そう雪乃は聞いていたのだ。それともアイス国は一妻多夫制なのだろうか?
 リリアンヌ王女はまぶたを伏せる。長い睫が、苦渋に震えていた。

「正確には、春までにマークが目覚めれば、婚姻することになっております」

 氷越しにマーク王子を撫でていた指先が、拳へと変わっていく。

「マークはもう十年、眠ったままです。私はマークを失うことに耐えられず、十年間、マークを凍らせてきました。けれどそれも限界なのです。今までは留学という名目で、ドューワ国に留まらせていただいていましたが、もう成人の年。いつまでも国を開けているわけにはいかないのです」

 白藍色の瞳から、涙がこぼれ落ちる。
 雪乃は衝撃を受けていた。マーク王子は成長が遅いのではなく、この姿のときから凍らされて、時間が止まっていたのだ。

「ドューワ国の国王陛下のご温情で、マークをアイス国に連れ帰ることはお許し頂きました。けれど……」

 と、耐え切れなくなったリリアンヌ王女は、そこで言葉を切った。
 小さく愛らしい唇が、赤く染まっていく。

「どうか、マークをお救いください。私にできることであれば、どんなことでもいたします。ですから、どうか、どうかマークを……」

 氷漬けのマーク王子に、覆いかぶさるように伏せたリリアンヌ王女からは、後は嗚咽しか聞こえてこなかった。
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