『種族:樹人』を選んでみたら 異世界に放り出されたけれど何とかやってます

しろ卯

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北国編

154.心にしこりを

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「そうではなくて、眠り病の経過を診ておきたいんですよ。きちんと治るか分からないのに、治療法を広めるわけにはいかないでしょう?」
「真面目だねー」
「ぴー」

 盛大に溜め息を吐き出すノムルの真似をして、ぴー助も一鳴きした。 

「心にしこりを残すのが嫌なだけですよ。それに打算も有ります」
「へえ?」

 面白そうに、ノムルは話の先を促がす。

「このままだと、リリアンヌ王女殿下が仰っていたように、私はドューワ国に目をつけられる可能性があります」
「ふむふむ。そうだねー」
「今も苦しんでいる患者さんには悪いのですが、リリアンヌ王女殿下とマーク王子殿下の婚姻が整ってから、治療法は公開していただくつもりです」

 現段階で、正確な治療法を知っているのは、雪乃とノムル、そしてリリアンヌ王女だけだ。
 リリアンヌ王女の傍に仕えている者達は、ある程度の内容を知っている。だが最後の飲ませ方は、キャシーですら知らない。
 そしてその方法を、一国の王女であるリリアンヌは、やすやすと公表できないだろう。婚礼前の王女が、婚約者とはいえ男に自ら口付けをしたのだから。
 公表が可能になるのは、マーク王子との婚礼の後になる。

「王女と王子の婚礼となれば、国を挙げてのお祭ですよ。アイス国もドューワ国も、祝賀ムード一色です」
「なるほど。その隙にアイス国から下山して、ドューワ国を抜けるわけか」
「ええ。アイス国から直接、他の国に入れれば一番なのですけど」
「難しいねえ」

 アイス国は大陸の北に位置する。マロン山自体はドューワ国以外とも隣接しているのだが、アイス国に通じる道は、ドューワ国としか通じていない。
 雪乃が眠り病の治療法を知っていると、ドューワ国の者に気付かれれば、足止めされることは目に見えている。
 滞在すること自体は構わないが、雪乃の正体に興味を抱かれてはたまらない。

「ご自分の力で赤ランゴ酒を漬け、マーク王子殿下を救ったリリアンヌ王女殿下がおられれば、私が伝えなくてもきちんと伝わるでしょう」
「なるほどね。それでお姫様にランゴを染めるところから、口移しまでさせたわけね」
「もちろんマーク王子殿下との関係も、考えてのことですよ? ご自身の身を削ってまで救おうとした相手ですから、赤ランゴも飲ませるのも、人に任せることはお嫌でしょうから」

 好きな人に、自分以外の人間の血を飲ませたり、口付けを許すなど、平穏な気持ちではいられないだろう。
 地球では輸血も珍しくないが、この世界にはない技術だ。あったとしても、口に入れるとなると、やはり抵抗があるだろう。
 もしも雪乃がリリアンヌ王女以外の人間、医者などに先に伝えていたら、王女にそんなことはさせられないと、彼女の感情を無視して誰か別の人間が実行したはずだ。
 たとえ不服であったとしても、リリアンヌ王女はその身分ゆえに、自分がするとは言い出せず、心を殺してその光景を見ていなければならなかっただろう。

 待ち続けてきた不安、そしてこれからのことを考えると、これ以上、彼女の心に負担をかけたくはなかった。
 けれどその強い想いがあるからこそ、リリアンヌ王女は雪乃が伝えた治療法を、誰よりも深く正しく理解し、記憶したはずだ。
 ノムルの手が、雪乃の頭をぽんぽんと撫でた。

「ユキノちゃんがこれだけ気を回してくれたんだから、きっと上手く行くよ」
「そうですね」

 実際に話してみれば、マーク王子は年齢よりもずっと聡明に見えた。 
 しばらくはギクシャクした空気が漂うかもしれないが、時間が解決するだろう。
 そう思った雪乃は、わずか二時間後に、その考えを撤回した。

「あ、ユキノ様、このたびはありがとうございました。お蔭でマークと無事、結婚できそうですわ」
「うむ。私からも改めて感謝する。春までに目覚めなければ、リリアンヌが他の男に奪われていたかも知れぬと聞き、ぞっとしたぞ。ユキノ殿は私とリリアンヌの恩人だ」

 薬湯を持ってマーク王子の寝室を訪れたユキノの前には、ハートマークが飛び交い、砂糖があふれている、なんとも甘い空間が広がっていた。

「さ、マーク、少しずつよ」
「なんだ、口移しではないのか?」
「それは人前では無理ですわ」
「ふっ、外見は大人になったというのに、リリアンヌは可愛いままだな」
「マークってば」

 雪乃は用意してきた薬湯を挟んでのやり取りに、意識が飛びかけた。見えているし聞こえているが、脳に留めることなく押し出していく。

「後は任せて、部屋に戻ろうか」
「そうしましょう」
「ぴー」

 ノムルの言葉に素直に従い、雪乃は回れ右してマークの部屋を後にした。
 馬に蹴られるのも、砂糖に埋もれるのも、ごめん被る。

 翌日、マーク王子の口に、特性アエロ草をぶち込んだ雪乃とノムルは、春を待たずに下山することにした。
 冬の山よりも、砂糖細工の花に覆われるほうが、辛い。
 もちろん、雪乃たちがドューワ国を通過し終えるまでは、眠り病の治療法に関して、ドューワ国の王家が相手でも口外しないと、誓約してもらった。

 マーク王子にとっては、折角目覚めたのに家族との連絡を絶つことになるため、雪乃には罪悪感もあった。
 しかし本人は眠り続けていたため、家族とは昨日まで普通に暮らしていたという認識だったようで、別に構わないとあっさり了承された。
 というより、リリアンヌ王女と共に過ごせる喜びのほうが、大きいらしい。
 アイス国の従者たちは、やっと戻ってきた王女に歓喜していた。だが春になる前に、砂糖中毒になるのではないかと、少しばかり不安を残しての旅立ちだった。


 アイス国を出たユキノとノムルは、マロン山を下りていく。
 雪乃一人ならば、けっして下山しようなどと思えない雪山だったが、ノムルがいたことで甘く見ていた。
 すでに経験済みだというのに。

「ふにゃあああぁぁぁぁーーーーっっ!!」
「あはははははー」
「ぴーっ!」

 小さな樹人の絶叫が、山に木霊する。
 魔法使いの笑い声と飛竜の歓声も加わって、声を聞いた者がいたならば、何が起こったのかと身震いしたことだろう。

「なぜ私は、下山するなどという意見に、首を縦に振ってしまったのでしょうか?」

 地面に幹と枝を付いて四つん這いになった雪乃は、心の底から昨日の自分へ呪詛を吐いた。

「いやー、ソリは楽しいねー」
「ぴー!」

 はしゃぐおっさん魔法使いと、竜種の子供を、雪乃はジト目で睨む。
 最強の魔法使いと最強の魔物と旅をすることは、ただの樹人には過酷な試練だった。
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