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ゴリン国編
204.く、く、く、く、く、く……
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「それで、ナルツ先輩の話を聞きたいのだが」
コホンっと咳払いをしてから、ララクールが話を切り出した。
ローズマリナは机の下で拳を握り締め、俯いている。ナルツの近況は気になるが、不安でたまらないといった様子だ。
雪乃はそんなローズマリナの気持ちを察して、当たり障りの無い話からする。
「私がナルツさんとお会いしたのは、昨年の秋ごろですが、お元気でしたよ」
ほうっと、ローズマリナから安堵の息が漏れる。
けれど雪乃はこの先を、どう話そうか迷っていた。
ナルツが結婚しているのか、独身なのか、雪乃は聞いていない。おそらくノムルも聞いていない。
独身のように見えたが、間違っていた場合、ローズマリナを傷付けてしまうだろう。仮に雪乃の読みが当たっていたとしても、恋人の有無までは分からない。
雪乃が言葉を切ったことで不安になったのか、ローズマリナはちらちらと雪乃を窺うように見ている。それから意を決したように、
「あ、あの、先ほどの、その、く、く、く、く、く、く……」
と言葉を絞り出そうとしているが、そこから先は出てこない。
ずいぶんと純粋な女性のようだ。
ナルツが言ったという、「ローズ様ほど愛らしい女性を知りません」の意味を、雪乃とカイは理解して、表情を綻ばせる。
「それに関しては、誤解があります。まず私たちとナルツさんが出会ったときの状況なのですが……」
と、雪乃はルモン大帝国での、飛竜騒動を語りだした。
人間が行き交う街道近くで巣作りをしてしまった飛竜。その討伐依頼を受けたナルツたちだったが、地元の冒険者たちが遂行した謀略に巻き込まれ、深手を負ってしまう。
特にナルツが親友と呼んでいたフレックは、雪乃が駆けつけたときは心肺停止状態に陥っていたのだ。
そこで雪乃は、即座に心臓マッサージを指示し、次いで人工呼吸も行ってもらった。
ナルツの懸命な救命活動により、フレックは奇跡的にも蘇生に成功したのだった。
「というわけで、親友を助けるために行った救命措置であり、他意はありません」
人工呼吸の役目と必要性も説明したところ、三人は納得したようだった。
けれど揃って顔色が悪い。命を落としかねない状況に遭遇していたと聞いたのだから、仕方ないだろう。
騎士であるララクールは、唇を噛みしめて感情を制御しようとしていたが、ローズマリナはかたかたと震えている。
「飛竜、ですか」
落ち着いたのか、ぽつりとララクールが呟いた。
竜種は人間にとって、危険な魔物だ。軍を派遣しても、必ずしも討伐できるとは限らない。
ローズマリナもララクールも、その名が出たとたんに驚き、目を瞠っていた。
「飛竜の討伐依頼を受けるとは。ナルツ先輩は、やはり凄いな」
ララクールは憧れの先輩の活躍に、強張っていた表情を緩め、微笑をこぼした。
「そんな危険なことを……。ナルツ様に、お怪我はなかったのですか?」
ローズマリナの顔色は、真っ青になっている。
「ナルツさんも怪我はありましたが、すぐに治療して完治しましたから、心配はありません」
「よかった。……いえ、喜んではいけませんね。お友達が怪我をなされたのですから、きっと御心を痛めておられるはずですもの」
飛竜騒動の後、ノムルに同行したことでナルツは心に深手を負ったのだが、雪乃もノムルも気付いてはいなかった。
空を飛ばされたり、スプラッタ劇場を見せられたり、冒険者ギルド崩壊(物理的)を二度も見せられたりと、彼らの心に刻まれた魔王ノムルの所業は、常軌を逸していた。
「でも、お元気そうで良かったわ」
つーっと、一筋の涙が、ローズマリナの頬を濡らす。
行方知れずだった恋人の情報が、思いがけず手に入ったのだ。気持ちが緩んだのだろう。
「あら、嫌だわ。私ったら。ごめんなさいね」
「いえ、当然のことだと思いますから」
雪乃が言葉を返すと、ローズマリナはわずかに目を丸くしてから、優しく微笑んだ。それからティーカップを両手で包むように持つ。その手はわずかに震えていた。
「その、ナルツ様は、もう、奥様は……」
途切れ途切れの小さな声に、はっとララクールが息を飲む。
緊張を高める雪乃を、カイは優しく撫でる。力を抜いた雪乃は、静かに息を吐き出すと、正直に伝える。
「分かりません。そこまで親しくなったわけではないので。ご結婚なさっているのか、恋人がいらっしゃるのかは」
「そう。いいのよ、ユキノちゃん。気にしないで。お元気だと分かっただけで、私は充分だから」
にっこりと口元に弧を描くローズマリナだが、その表情は、今にも泣き出しそうだ。
雪乃の胸が、つきりと痛む。
「あ、あの、所属している冒険者ギルドは」
と、言い掛けた雪乃を、ローズマリナは首を横に振って制した。
「いいの。今頃になって私が現れても、困らせるだけだもの。私はあの方から多くを奪ったわ。許されるなんて、初めから思っていないの」
「ローズマリナ様……」
痛ましげに、ララクールはローズマリナを見つめる。
雪乃は胸を締め付けられるような、切ない気持ちになって俯いた。
「ところで気になったんだけどさー」
空気を読まない魔法使いの登場に、四人はふるふると震える。
今度は何を言いだす気だ? と、自然と構えてしまう。
「あの騎士、ルモン大帝国の城に勤めてたんじゃなかったっけ? ゴリンの騎士じゃないだろう?」
ここに来て、まさかの人違い説浮上である。
全員がノムルに顔を向け、固まった。
「だってさー、俺がルモンの城が見たいって言ったら、元騎士だから、庭なら案内できるって言ってなかった?」
「そういえば……」
雪乃は記憶を漁り、引っ張り出し、確認する。言ったのはフレックだった気もしなくもないが、ナルツもルモンの騎士だろう。
なんとも気まずい空気が、部屋の中を支配した。
「えーと、えーっと……。ごめんなさい」
雪乃は真っ赤に紅葉して、土下座した。
なぐさめる言葉も見つからず、カイは雪乃の頭をひたすら撫でる。
「気にしないで。同じ名前の人もいるものね。話してくれてありがとう、ユキノちゃん」
ローズマリナはどこまでも優しい令嬢だった。
仕立ててもらったローブを受け取り、勘定を払ってから、雪乃たちはローズマリナの店を出た。
カイも雪乃とお揃いの耳付きローブの他に、耳をカバーできるローブを二着、購入していた。
ちなみに現在は、三人とも耳付きローブに着替えたままの姿である。
カイは店を出る前に着替え直そうとしたのだが、雪乃とノムルが耳付きなのに、一人黒ローブは返って目立つとローズマリナに指摘され、わずかに顔を赤らめながらも着続けている。
コホンっと咳払いをしてから、ララクールが話を切り出した。
ローズマリナは机の下で拳を握り締め、俯いている。ナルツの近況は気になるが、不安でたまらないといった様子だ。
雪乃はそんなローズマリナの気持ちを察して、当たり障りの無い話からする。
「私がナルツさんとお会いしたのは、昨年の秋ごろですが、お元気でしたよ」
ほうっと、ローズマリナから安堵の息が漏れる。
けれど雪乃はこの先を、どう話そうか迷っていた。
ナルツが結婚しているのか、独身なのか、雪乃は聞いていない。おそらくノムルも聞いていない。
独身のように見えたが、間違っていた場合、ローズマリナを傷付けてしまうだろう。仮に雪乃の読みが当たっていたとしても、恋人の有無までは分からない。
雪乃が言葉を切ったことで不安になったのか、ローズマリナはちらちらと雪乃を窺うように見ている。それから意を決したように、
「あ、あの、先ほどの、その、く、く、く、く、く、く……」
と言葉を絞り出そうとしているが、そこから先は出てこない。
ずいぶんと純粋な女性のようだ。
ナルツが言ったという、「ローズ様ほど愛らしい女性を知りません」の意味を、雪乃とカイは理解して、表情を綻ばせる。
「それに関しては、誤解があります。まず私たちとナルツさんが出会ったときの状況なのですが……」
と、雪乃はルモン大帝国での、飛竜騒動を語りだした。
人間が行き交う街道近くで巣作りをしてしまった飛竜。その討伐依頼を受けたナルツたちだったが、地元の冒険者たちが遂行した謀略に巻き込まれ、深手を負ってしまう。
特にナルツが親友と呼んでいたフレックは、雪乃が駆けつけたときは心肺停止状態に陥っていたのだ。
そこで雪乃は、即座に心臓マッサージを指示し、次いで人工呼吸も行ってもらった。
ナルツの懸命な救命活動により、フレックは奇跡的にも蘇生に成功したのだった。
「というわけで、親友を助けるために行った救命措置であり、他意はありません」
人工呼吸の役目と必要性も説明したところ、三人は納得したようだった。
けれど揃って顔色が悪い。命を落としかねない状況に遭遇していたと聞いたのだから、仕方ないだろう。
騎士であるララクールは、唇を噛みしめて感情を制御しようとしていたが、ローズマリナはかたかたと震えている。
「飛竜、ですか」
落ち着いたのか、ぽつりとララクールが呟いた。
竜種は人間にとって、危険な魔物だ。軍を派遣しても、必ずしも討伐できるとは限らない。
ローズマリナもララクールも、その名が出たとたんに驚き、目を瞠っていた。
「飛竜の討伐依頼を受けるとは。ナルツ先輩は、やはり凄いな」
ララクールは憧れの先輩の活躍に、強張っていた表情を緩め、微笑をこぼした。
「そんな危険なことを……。ナルツ様に、お怪我はなかったのですか?」
ローズマリナの顔色は、真っ青になっている。
「ナルツさんも怪我はありましたが、すぐに治療して完治しましたから、心配はありません」
「よかった。……いえ、喜んではいけませんね。お友達が怪我をなされたのですから、きっと御心を痛めておられるはずですもの」
飛竜騒動の後、ノムルに同行したことでナルツは心に深手を負ったのだが、雪乃もノムルも気付いてはいなかった。
空を飛ばされたり、スプラッタ劇場を見せられたり、冒険者ギルド崩壊(物理的)を二度も見せられたりと、彼らの心に刻まれた魔王ノムルの所業は、常軌を逸していた。
「でも、お元気そうで良かったわ」
つーっと、一筋の涙が、ローズマリナの頬を濡らす。
行方知れずだった恋人の情報が、思いがけず手に入ったのだ。気持ちが緩んだのだろう。
「あら、嫌だわ。私ったら。ごめんなさいね」
「いえ、当然のことだと思いますから」
雪乃が言葉を返すと、ローズマリナはわずかに目を丸くしてから、優しく微笑んだ。それからティーカップを両手で包むように持つ。その手はわずかに震えていた。
「その、ナルツ様は、もう、奥様は……」
途切れ途切れの小さな声に、はっとララクールが息を飲む。
緊張を高める雪乃を、カイは優しく撫でる。力を抜いた雪乃は、静かに息を吐き出すと、正直に伝える。
「分かりません。そこまで親しくなったわけではないので。ご結婚なさっているのか、恋人がいらっしゃるのかは」
「そう。いいのよ、ユキノちゃん。気にしないで。お元気だと分かっただけで、私は充分だから」
にっこりと口元に弧を描くローズマリナだが、その表情は、今にも泣き出しそうだ。
雪乃の胸が、つきりと痛む。
「あ、あの、所属している冒険者ギルドは」
と、言い掛けた雪乃を、ローズマリナは首を横に振って制した。
「いいの。今頃になって私が現れても、困らせるだけだもの。私はあの方から多くを奪ったわ。許されるなんて、初めから思っていないの」
「ローズマリナ様……」
痛ましげに、ララクールはローズマリナを見つめる。
雪乃は胸を締め付けられるような、切ない気持ちになって俯いた。
「ところで気になったんだけどさー」
空気を読まない魔法使いの登場に、四人はふるふると震える。
今度は何を言いだす気だ? と、自然と構えてしまう。
「あの騎士、ルモン大帝国の城に勤めてたんじゃなかったっけ? ゴリンの騎士じゃないだろう?」
ここに来て、まさかの人違い説浮上である。
全員がノムルに顔を向け、固まった。
「だってさー、俺がルモンの城が見たいって言ったら、元騎士だから、庭なら案内できるって言ってなかった?」
「そういえば……」
雪乃は記憶を漁り、引っ張り出し、確認する。言ったのはフレックだった気もしなくもないが、ナルツもルモンの騎士だろう。
なんとも気まずい空気が、部屋の中を支配した。
「えーと、えーっと……。ごめんなさい」
雪乃は真っ赤に紅葉して、土下座した。
なぐさめる言葉も見つからず、カイは雪乃の頭をひたすら撫でる。
「気にしないで。同じ名前の人もいるものね。話してくれてありがとう、ユキノちゃん」
ローズマリナはどこまでも優しい令嬢だった。
仕立ててもらったローブを受け取り、勘定を払ってから、雪乃たちはローズマリナの店を出た。
カイも雪乃とお揃いの耳付きローブの他に、耳をカバーできるローブを二着、購入していた。
ちなみに現在は、三人とも耳付きローブに着替えたままの姿である。
カイは店を出る前に着替え直そうとしたのだが、雪乃とノムルが耳付きなのに、一人黒ローブは返って目立つとローズマリナに指摘され、わずかに顔を赤らめながらも着続けている。
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