『種族:樹人』を選んでみたら 異世界に放り出されたけれど何とかやってます

しろ卯

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ゴリン国編

219.魔デンゴラコン漬けを

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 そうこうしているうちに時間も経ち、魔デンゴラコン漬けを使った治療が始まった。
 摩り下ろしたマンジュ草の根を塗った、薄切りの魔デンゴラコン漬けで、ドインの足の裏を包み込む。
 作業するヒツジーも、患者であるドインも、息を殺してじっとドインの太くごつい足に注目している。

「おっさんの足を皆で見つめるって、なんかの苦行かよ」
「ノムルさん」

 言ってはいけない。思っても言ってはいけない。
 口にすると今現在の室内のように、微妙な空気が充満してしまう。

 魔デンゴラコン漬けの靴を履き終えたドインは、沈黙していた。
 どれほどの効果が出るか分からない。異常が出たらすぐに気付けるよう、ドインは薄く目を閉じ、足の裏を中心に自分の肉体に神経を集中する。
 しかし目を閉じていたのは、わずか数秒のことだった。

 異変に気付いたドインは目を見開く。足の裏から沁み込んでくる刺激が、足首を抜け、脹脛、太腿へと上ってくる。
 微かにぴりりとした感覚にも思えるが、もっと静かだ。それは確かに体の中を這い上がってくるではないか。

 ドインの異変に気付いた面々は、彼が発する言葉を待つ。
 緊張が空気を重くし、雪乃は息苦しささえ感じた。

「恐ろしいな」

 ドインの目は、自分の足から雪乃へと移る。
 雪乃はドインの顔を観察し、彼の表情に苦痛が浮かんでいないことに安堵する。そして、続く言葉を待った。
 だが彼はそれ以上、何も言わなかった。
 ただ静かに車椅子の背もたれに身を預けたまま、まぶたを落とした。

「死んだ?」
「死ぬか!」

 ノムルの言葉に、目を開けて怒鳴り返す。

「え?」

 驚きに小さな声を発したのは、ヒツジーだった。誰も気付いていないが、ナイオネルも眉を跳ね上げ目を剥いていた。
 剥かれ続けた目は、乾燥して充血している。
 動かなくなっていたはずのドインの手が、ノムルへの怒りを発するために、無意識に動いたのだ。

「説明どおり、薬効が強すぎる。効いてるのが実感できるほどだ。だがそれだけに、外すタイミングを見極める必要がある。お前は黙ってろ!」

 それだけ叫ぶと、ドインは再び目を閉じ呼吸を整え始めた。
 魔デンゴラコン漬けを湿布してから五分後。

「外してくれ」

 とのドインの指示を受けて、ヒツジーは速やかに魔デンゴラコン漬けをドインの足から外し、用意していた濡れ布巾で丁寧に足の裏を拭う。
 足の裏から魔デンゴラコン漬けとマンジュ草の成分が取り除かれると、ドインは右手を動かし始めた。
 ゆっくりと、ぎこちなく、太く毛深い右腕が、車椅子から離れていく。

 ヒツジーは感動に打ち震えるが、涙をこぼさぬようにまぶたを伏せて感情を整える。
 ナイオネルは拘束されたまま目を剥いて、必死に動こうともがき、顔やら体やらが伸びきって変なことになっている。
 カイも驚いたように目を見張るが、緊張が解けて体の力が抜けた雪乃を支えた。
 雪乃はカイを見上げ、微笑む。それから、幹を動かしノムルへと顔を向ける。

「良かったですね、ノムル、さん?」

 ノムルがいたはずの場所に、彼の姿はなかった。
 雪乃はきょろきょろと部屋の中を見回すが、その姿は見当たらない。ソファの陰ででも眠っているのだろうかと考えて、動き出した雪乃を、カイが抱え直す。
 不思議そうにカイを見上げると、カイは雪乃の頭を撫で、ささやく。

「今はそっとしておいてあげろ」
 
 幹を傾げた雪乃だが、ヤナの町を出るときに見た、ノムルの取り乱した言動を思い出し、こくりと頷いた。
 きっと、一人で泣いているのだろう。意地っ張りな魔法使いは――。


 部屋の中の空気が落ち着いてから、改めてドインの回復具合を確かめる。
 足はまだ動かすことができず、完治には至らない。それでもずいぶんと回復した。
 腕を動かせるようになっただけでも僥倖と、ドインもヒツジーも喜色を顕わに、宴会の準備を始める。
 その前に、雪乃には謝罪と感謝の言葉が述べられた。

「気にしていませんから。良くなって良かったです。次は完治ですね」

 にっこりと葉をきらめかせる雪乃だが、もちろん、誰からも見えてはいない。
 しかし声色で気持ちを読み取ったのだろう。ドインもヒツジーも笑みをこぼし、カイは尾を振りながら雪乃の頭を撫で続けた。

 喜びに包まれた部屋の中で、雪乃の心には引っかかるものがあった。
 ノムルはまだ戻ってきていない。そしてそれは当然、一人の医者の言動が封じられたままであることを意味した。

「……ナイオネルさん、大丈夫でしょうか?」

 未だに口が動き続け、目が血走り、びったんびったん跳ねている医者は、微妙に怖い。よく体力が持つものだ。

「さすがは冒険者ギルドです。お医者さんもしっかりと鍛えられているようですね」

 雪乃は妙なところに感心していた。
 それはさておき、そろそろ戻ってきてもいいはずのノムルが、まだ戻ってこないことに、雪乃は少しずつ不安を募らせていく。
 そわそわしている雪乃を、カイは優しく撫で続ける。
 そんな二人を見つめる一人の人物。

「ノムルのやつは、ちゃんと世話してるか?」

 自分に向けられた声に気付き、雪乃は幹を回す。
 ドインがじっと雪乃を見ていた。真剣な眼差しだが、優しさがにじみ出ている。
 うーんっと幹を捻って考えた雪乃は、

「どうでしょう? お世話にはなっていますが、それ以上に暴走に巻き込まれています」

 と、正直に答えた。

「あー……。まあ、あいつだからな」

 何かを納得したように、ドインは天井を見上げる。彼もまた、ノムルに振り回されてきたのだろう。
 互いの苦労を感じ取り、仲間意識が芽生えてくる。
 
「だが本当に変わった。嬢ちゃんのおかげだな、ありがとう」

 と、ドインは目元を緩めた。動くようになったばかりの太い手が、雪乃の頭上に伸びてきた。
 だがしかし、さっとカイによってかわされた。
 行き場を失った手を見つめたまま、ドインは固まる。動けるようになってから、まだ僅かな時間だというのに、彼は再び筋肉を稼動できなくなってしまったようだ。

「ノムルはともかく、なんでお前まで?」

 顔をしかめて訝しそうにカイを見る。

「申し訳ないが、雪乃に触れることは承諾しかねます」
「だから何でだ?」
「答える義務はありません。黙秘させてもらいます」

 雪乃を挟んで見つめ合う二人。特に頬を染めたりはしない。

「はあ。まあ、いい」

 動くようになった右手で、乱雑に自分の頭を掻くドイン。その表情は、なんだか嬉しそうだ。
 雪乃も達成感に、ほんわか心が温まる。と和んだのも一瞬だった。
 地鳴りが響き、床や壁が揺れる。
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