『種族:樹人』を選んでみたら 異世界に放り出されたけれど何とかやってます

しろ卯

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ゴリン国編

220.地震ですか?

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「地震ですか?」

 雪乃は倒れそうなものが周囲に無いことを、素早く確認する。花を活けた花瓶や、棚などが壁際にあるが、倒れても雪乃にぶつかる距離ではない。
 他のメンバーも、簡単に負傷するような常人ではないので、気にしなくていいだろう。
 ただ、

「この建物の耐震性は、どのくらいなのでしょう?」

 という一点だけが気になった。
 国によってはマグニチュード五程の地震が起こると、建物の多くが被害を受けることもある。

 わずかに身の危険を感じた雪乃は、カイのローブにぎゅっとしがみ付く。
 不安がる雪乃を宥めるように、カイは優しく撫でる。その間も、注意深く外の気配を窺うように視線を動かしていた。

「いや、この辺りでは、地震は起こらない。つまり」
 
 途切れたドインの言葉の先を読み、雪乃は窓の外へと視線を動かす。
 つまり、地面が揺れるだけの、『何か』が起きたということだ。巨大な魔物の襲撃とか、爆発とか。
 地震はその副産物でしかない。
 そう考えると、本来の被害は、地震よりも大きいと予想される。
 雪乃はふるふると震えた。

「おいっ! アレはなんだ?!」

 声は廊下のほうから響いてきた。
 ドインは瞬時に車椅子を動かし、扉を開けて廊下へと飛び出る。それにヒツジーが続き、雪乃を抱き上げたままのカイも廊下へと出た。
 一人残され、恐怖に顔をゆがめるナイオネルのことは、みんなすっかり忘れていた。

 廊下の窓から見えた光景に、誰もが口を開け、目を瞠っていた。言葉を発することも、動くことも忘れたように、立ち尽くしている。
 その中で雪乃だけは、額を押さえて俯いた。

「ノムルさん……」

 窓の外には高層ビルに匹敵する、魔デンゴラコンがそびえ立っている。
 ノムルが本気を出せば、スカイツリーも吃驚な大きさになりそうだと予想していた雪乃は、これでも加減してくれたのだろうと、前向きに考えることにした。
 廊下の窓からは、デンゴラコンの白く滑らかな肌しか見えない。窓から首を出した冒険者が、上を見上げて全容を確かめようとしているようだが、白い壁しか見えないようだ。
 外からは悲鳴やら叫び声やら爆発音が聞こえてくる。

「雪乃? あれはノムル殿の仕業なのか? いったいあれはなんだ?」

 雪乃の口から漏れ出た名前を拾ったカイは、デンゴラコンを警戒しながら雪乃に問うた。
 カイの言葉を聞き取った周囲の視線も、雪乃へと集まっていく。
 頭痛を覚えながらも大きく息を吐き出した雪乃は、責任を持って説明しようと意を決した。

「あれは、魔デンゴラコンです」

 廊下に沈黙が落ちる。
 融筋病の治療に立ち会った面々の眼は、無意識にドインの足へと向かった。
 全員が、理解できずに思考が停止している。

「デンゴラコンは確かに大きいが、あれは……」

 解凍されたドインが、外へと視線を戻した。
 そんな中、

「干すのに何ヶ月掛かるんだ? 薄く切って……あれ一本で国中が冬を越せるのでは?」

 神経が図太いのか、漬物への欲求が深いのか、カイは魔デンゴラコンをどう漬けるかに思考を移したようだ。

「あれを食う気かよ?」

 誰かがぽつりと呟いたが、誰もがそのツッコミに賛同した。

「つまり何か? 俺の足に、あれを貼ったのか?」

 窓の外を指差しながら、困惑に彩られたドインの顔が雪乃に向かう。
 雪乃は大きく頷いた。ドインのあごが情けなく下がり、眉根を寄せて再び外を見つめる。

「一本あれば全患者分が作れそうだな。いや、むしろ余りすぎだろう。素材の価格が下がるから、患者にとっては朗報か? あれはそう簡単に栽培はできない……」

 ドインは融筋病の治療薬について、考察を始めたようだ。
 しかし魔デンゴラコンに意識を奪われていた彼らは、失念していた。これを仕出かした犯人が、ノムル・クラウであるということを。
 そう、あの男が、ただでかいだけの魔デンゴラコンを発生させ、それだけで終わるはずがないのだ。

 階下から、人間のものとは思えない悲鳴が聞こえてくる。その中に、「ギョギョ」という妙な鳴き声も混じっていた。
 ここにいるのは全員、魔物に立ち向かうことさえ恐れない冒険者と、その関係者だ。
 一斉に、階段へと向きを変え、いつでも敵を倒せるよう体勢を整える。
 ただ一人、次に起こるであろう事態を予測した雪乃の全身からは、さっと血の気が引いた。血は流れていないが。

「すぐに部屋に戻ってください! そして扉をしっかり閉めて侵入を防いでください!」

 小さな少女の声に、全員が怪訝な様子で眉をひそめる。
 その中で、カイは速やかに雪乃の願いを聞き届けた。
 先ほどまでいた部屋に戻ると、他に入ってくる人がいないと確認してから、扉を閉める。
 廊下にいた冒険者や職員の何人かも、雪乃の声を聞いて近くの部屋へと飛び込んだ。
 しかし多くの者達は、廊下に残ることを選択してしまった。

 小さな子供が異常事態を恐れて、部屋に閉じこもることを望むのは、当然であろう。
 そしてその保護者が、少女を連れて部屋にこもるという選択をすることも、理解できる。
 だが彼らは、勇敢なる冒険者たちである。
 たとえ相手がどんな魔物であろうとも、敵の姿も確認せずに、仲間を置いて逃げるという選択肢は持っていなかった。

「さて、俺の家を荒らすやつには、お仕置きをしてやらないとな。せっかく動くようになったんだ。楽しませてもらおう」

 ドインは指を鳴らし、嬉々として迎撃態勢に入る。
 廊下には緊張が高まっていった。そして――。




「うぎやああぁぁああっ?! あああー!」
「いやああー! ちょおおーっ!」
「だあああーっ! たすうぎゃあーっ!」

 阿鼻叫喚の地獄絵図が訪れた。

「……。血の匂いはしないようだが、いったい? あれだけの実力者がいるのに、倒せないのか?」

 雪乃を抱きかかえたまま、扉に身を貼り付けて警戒していたカイは、眉根を寄せて首を傾げた。

「あー……。戦闘力は、そこまで高くはないそうです。ただ……」

 がくりと肩を落とした雪乃を、不思議そうにカイは見つめている。

「ただ?」

 先を促がされて、雪乃は力なく答える。

「外見が、とてつもなくおぞましいと言いますか、二度と見たくないと言いますか、脳にこびりついて……うう……」

 思い出しかけた雪乃は、呻き声を上げてぽてりと脱力した。
 そんな雪乃を、カイは優しくなでてやる。

「すまん、もう思い出さなくていいからな」
「はい」

 騒動が落ち着いてから、カイと雪乃は、そうっと廊下に出た。そこには逃げ遅れて横たわったまま、うわ言を呟き続ける人々の姿があった。
 思わず手を合わせて祈りを捧げた、雪乃とカイだった。
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