『種族:樹人』を選んでみたら 異世界に放り出されたけれど何とかやってます

しろ卯

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魔王の遺跡編

221.あれは、ない。

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「あれは、ない。強いとか、そういう次元じゃない。無理。近づけない……」

 翌朝になって、合流したムダイは、げっそりとしていた。ムダイに限らず、冒険者ギルドにいる人々は、揃ってげっそりとしていたが。

 昨日、冒険者ギルド本部では、総員上げての魔ムッセリー討伐が決行されたのだった。
 死者はなく、身体的負傷者も大した数にはならず、怪我の程度も軽傷だった。
 しかし心理的負傷者は、歴史に残る数に上ったとかなんとか。

 今日も元気な人は、雪乃と同じ廊下にいて、彼女の指示に従って避難した者たちと、討伐が終わった深夜以降に戻ってきた者たちだ。
 もちろん、雪乃と共に避難したカイは無事である。
 ムダイはデンゴラコン騒動で慌てて戻ってきたところを、魔ムッセリーと遭遇してしまったそうだ。

「ありゃあ、何だ? きちんと説明しろ」

 ぎょろりと、ドインの目がノムルを射る。

「えー? ひどいなー。融筋病の治療薬に必要な魔デンゴラコンと、魔ムッセリー草を作ってあげたんじゃないか。むしろ感謝してよ?」
「あれを使ったのか? 俺の足に?!」

 ドインが目を剥いて身を乗り出した。先ほどまでの死にそうな顔が嘘だったかのように、活力みなぎる表情だ。
 ヒツジーが顔をゆがめ、同情やら憐憫やら悲嘆やら何やらの感情を込めに込めた眼差しを、ドインに向けている。
 おっさん二人のバトルが再び始まろうとしている真っ只中、カイは雪乃に尋ねた。

「なあ、雪乃」
「なんでしょう?」
「つまり、昨日の騒動の元となった植物を、あのデンゴラコン漬けに使ったのか?」
「そうですね」

 ぎぎぎっと音を立てそうなほど、ゆっくりと錆びたネジのように、ムダイが雪乃へと首を回した。見開かれた目が飛び出しかけていて怖い。

「あ、え? あれ、を? 僕、食った、よな?」

 電波の悪いトランシーバーのような、片言以上にひどい途切れ途切れの声が、ムダイの口からこぼれ出る。

「大丈夫ですよ? 食べたのは普通のデンゴラコンとムッセリー草を使って漬けたものですから」

 魔植物化したムッセリー草はとんでもない外見だが、通常のムッセリー草は清涼感あふれる爽やかな香りの、セリに似た植物だ。
 高級な香草として、料理にも使われている。

「いや、でも、あれに進化するんだよな? あれの幼生? ……うっ」

 してはいけない想像をしたようで、ムダイはどこかに走っていった。

「ムッセリー草は我が国でも人気の香草だ。しかし栽培方法を誤ると、とんでもないことになるようだな。後で連絡をしておこう」

 ムダイを横目で見送ったカイは、冷静に呟く。
 雪乃はふと気になって、カイに尋ねる。

「ムッセリー草は、ムツゴロー湿原独自の植物だと認識していたのですが?」

 薬草図鑑には、自生地としてムツゴロー湿原しか掲載されていなかったはずだ。

「原種はムツゴロー湿原にしか生えていないと聞いたな。我が国では、かつて採取してきたムッセリー草を、植物に詳しい者の力を借りて栽培している」
「なるほど」

 雪乃は納得して頷く。
 ランゴもドューワ国中で栽培されていたが、地図にはグレーム森林にしか標示されなかった。
 樹人の薬草図鑑に掲載されている繁殖地には、人の手によって移植された場所は含まれないのかもしれない。
 そんな話をしている間にも、おっさん二人の戦いは火蓋が切って落とされ、熾烈を極めていった。
 
「冒険者ギルド本部まで、破壊されそうです」

 戦いに目を向けた雪乃は、冷静に呟いた。




「まったく、お前がいると碌なことがないな。せっかくこれだけの面子が揃ってるんだ、ちょっと調査に行って来い」

 という、ドイン副会長の鶴の一声により、雪乃とノムル、カイ、ムダイの四人は、最高難易度の調査に向かわされることになった。

 そんなわけで雪乃たちは現在、冒険者ギルドから貸し出された飛竜に乗って、移動している。
 雪乃が他の飛竜に乗る姿を見たぴー助が、捨てられると勘違いして一悶着あったのだが、何とか宥めすかして留守番をさせることに成功した。
 身代わり君として、雪乃が着ていた深緑色のローブを、ぴー助に貸し与えている。
 もちろん最初にカイたちに買ってもらったローブではなく、旅の途中で購入した替えのローブだ。
 破かれないように、しっかりとノムルに強化魔法も施してもらっておいた。
 そして今日の雪乃は、狼さんローブだ。

「くっ! どうしておとーさんとペアルックの、にゃんこローブじゃないんだ!」

 おっさん魔法使いが何か喚いているが、全員華麗にスルーを決め込んでいる。
 かく言うノムルも、にゃんこローブは着ていない。いつものくたびれた草色ローブに戻っていた。

「魔王の遺跡ねえ」

 勇者候補であるムダイは、複雑な表情だ。
 しかし彼以上に、魔王候補の雪乃はびくびくしていた。心の内を悟られないように、細心の注意を払っている。
 もし遺跡でカードが出てきたらと思うと、雪乃はふるふるせざるを得ない。なにせ今回は、ムダイがいる。
 カードを見られてしまったら、内容を誤魔化すことは不可能だ。

「大丈夫か? 雪乃。やはりお前は、留守番していたほうが良かったのではないか?」

 前に座るカイが、雪乃の震えに気付いて振り向いた。

「前向いてろよ! ユキノちゃんにはおとーさんが付いてるんだから、危険なんてないの!」

 後ろに座る魔法使いが、ギャーギャー喚く。
 ちなみに前からムダイ、カイ、雪乃、ノムルの順番で座っている。特に殿(しんがり)とか考えてのことでは無い。
 単純にノムルがユキノの後ろに座りたがり、更に背後に人がいるのは嫌だと駄々をこねたからだ。
 雪乃ははふうっと息を吐く。

「ところでムダイさん、ローズマリナさんのほうはよろしかったのでしょうか?」

 気持ちを切り替えるように、雪乃はムダイに声をかけた。
 ルモン大帝国までの護衛を、ムダイは引き受けたはずだ。

「ああ、そのままナルツと暮らすことになるだろうから、店の後始末に時間が掛かるみたい。人気店だから、閉店ではなく代理店か支店を置くことになるかもしれないって、忙しそうにしてたよ」

 無骨な冒険者の町にあって、ローズマリナの店で扱う商品はどれも可愛らしい。それでいて機能も充分というのだから、ファンができていて当然か。

「僕らみたいな人間でも、大変な道程だ。普通の人には気軽に往復するなんて、無理に等しいからね」

 この世界には飛行機も新幹線も無い。
 国によっては機関車が走っていたり、転移装置が設置されているが、国を超えて移動する場合は、馬車や徒歩が基本になる。
 ゴリン国からルモンまでは、馬車を使っても二ヶ月半は掛かる。
 道中には賊徒や魔物も出没するため、長旅は命懸けの移動なのだ。
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