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ゴリン国編2

234.来てみないか?

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 ぐっと小枝を握り締める雪乃の頭を、カイの手がぽんぽんと優しく撫でた。

「雪乃が気にすることはない」

 柔らかな笑みをこぼすカイに、雪乃は泣きそうになった。その小さく頼りない体を、カイは抱きしめる。
 雪乃が落ち着くと体を離し、視線を合わせるようにして話を続けた。

「実はヒイヅルに帰って我が君に雪乃の話をしたら、興味をお持ちになられてな。ぜひ連れて来いと仰られたのだ」

 とつぜんの話に、雪乃は驚きながらカイを見上げる。

「冒険者ギルドの本部に来たのも、雪乃の情報を仕入れるためだった。その前に見つけたが」

 ぽんぽんと撫でられた頭を抑えながら、雪乃はぽてりと幹を傾げた。
 冒険者ギルドの本部に着いてから、それなりの日が経っている。ノムルの妨害を警戒したとしても、雪乃と二人きりになる時間もあった。
 なぜ今言うのだろうかと、疑問を抱きながらカイを見れば、その疑問に気付いたのか、困ったように笑んだ。

「ノムル殿がいたからな。下手に刺激して、我が国を滅ぼされるわけにはいかない。しばらく様子を見させてもらった。雪乃だけを連れ帰ることは難しそうだと本国に連絡したところ、ノムル殿の同伴も許可すると、ようやく返信があった」

 いつのまにやら、カイは故郷と手紙のやり取りをしていたようだ。
 理由を聞いて、雪乃も納得して頷く。

「雪乃の地図には載っていなかったが、我が国に隣接するエルフ領には、世界中から集めた薬草が生えているそうだ。どうだ? 来てみないか?」

 興味を抱いて葉をきらめかせた雪乃だが、すぐには答えられなかった。
 カイの故郷に行ってみたい気持ちはある。シナノやヒュウガにも、会いたい。獣人や竜人、人魚やエルフといった種族も気になる。
 心は惹かれるが、懸念材料があった。

「ヒイヅルに入国ると、出国できなくなると仰っていた気がするのですが?」

 それが理由で、カイたちは雪乃を故国へ連れ帰ることを諦めたのだ。

「本来はそうだ。だが我が君が許可をくださり、雪乃には出入国の自由を与えてくださることになった。もちろんノムル殿にも」

 ほっと、雪乃は胸を撫で下ろす。
 これでヒイヅルに行けそうだ。不安が無いわけではないが、楽しみのほうが大きかった。
 葉をきらめかせている雪乃に、カイも嬉しそうに尾を振る。

「そういえば、薬草集めは順調なのか?」

 思い出したように、カイが問いかけた。

「はい。後はパール湖に行けば、地域限定の薬草は集まります」
「地域限定の薬草?」

 雪乃の言葉を拾い、カイは訝しげに見た。

「ほとんどの薬草は、何箇所かに分布しているのですが、一ヶ所にしか生息していない薬草があるのですよ。なのでまずはその薬草を採取して、それから他の薬草を採取していく予定です」

 にこにことして説明する雪乃だが、カイの眉間の皺は困惑気味に深くなる。

「雪乃、地域限定以外の薬草が、あとどのくらい残っていて、どこに生えているのか、聞いてもいいか?」
「もちろんですよ」

 と、雪乃は地図を開いた。薬草図鑑とリンクさせ、未採集の薬草を地図上に表示させる。

「この赤いのが、一ヶ所にしか生えていない薬草です」

 雪乃はパール湖の上に残る、赤い点を小枝で指した。それからパール湖に生息している薬草を、地図上から消す。

「後はたくさん薬草があるところから採取していけば、コンプリートできるはずです」

 自分の立てた採集計画を、雪乃は意気揚々と告げた。
 地図を見つめていたカイは、困惑や憐憫をない混ぜにした、なんとも複雑な眼差しを雪乃へと上げた。

「なあ、雪乃」
「なんでしょう?」

 ためらいがちに声を掛けられて、雪乃はぽてりと幹を傾げる。

「ムツゴロー湿原からルモン大帝国に抜け、機関車を使ってドューワ国に、それからラジン国を回ってゴリン国に来たんだったな?」

 冒険者ギルド本部にいる間に、旅の話は色々としていた。カイは雪乃が通ったルートを確認する。

「はい。そうですが?」

 雪乃は彼が何を言いたいのか分からず、不思議そうにカイを見つめる。
 困ったように笑うカイの指が、地図上を示した。

「どうしてこの辺りには、寄らなかったんだ?」
「あ。」

 情けない声をこぼした雪乃は、沈黙した。
 指差されたのは、通ってきた道すがらにある地域だった。最初に決めた場所にだけ向かい、他の自生地をスルーしてしまっていたのだ。

「な、なんということでしょう」

 雪乃は枝を地面に付き、項垂れる。
 カイの手がぽんぽんとなぐさめるように、雪乃の頭を撫でた。

「し、しかし、多くの薬草が自生している地域に向かえば、行き先は減るはずです」

 地図に指示を出し、薬草が集中する地域に自生する薬草と、同じ薬草を地図上から消す。地図から印が一気に消えた。
 だがしかし、

「確かに点の数は減ったが、行かなければならない地域は減っていないな」
「あ。」

 ある森に四つ示されていた薬草が、三つに減るというような現象が起きただけで、行くべき場所はほとんど減らなかった。
 雪乃は自身が立てた計画の甘さに、気付いてしまった。
 落ち込む雪乃の頭を、苦笑しながらカイが優しくなでる。

「俺もこういう計画は苦手だが、ちょうどここは、冒険者ギルドの本部だ。こういうことを得意としている人間に、協力してもらったらどうだ?」
「そうですね」

 カイの助言を受けて、雪乃はギルドの建物に戻ることにした。
 大きなデンゴラコンのせいで回り道をしなければならないため、少し時間が掛かったが。

 みんなの集まっている部屋の様子をカイが確認し、大丈夫そうだと確認してから、雪乃もそうっと覗いた。
 親ばか魔王は隅っこで、じめじめおじさんと化していた。
 あれならば大丈夫だろうと、雪乃は部屋に入る。
 ドインやムダイは雪乃を見て、眉を上げた。

「もう大丈夫なのか?」
「ご心配をお掛けました。何とか復活しました」

 ぺこりと頭を下げる雪乃に、ムダイもドインもほっと胸を撫で下ろす。

「ゆ、ユキノちゃん、おとーさんはユキノちゃんのことを」

 と、瀕死のじめじめおじさんが手を伸ばしてきたが、雪乃は一瞥しただけでスルーする。再び取り憑かれてはたまらない。

「あ……、ゆ、ユキノちゃん……」

 じめじめおじさんは、草色のスライムへと退化した。
 男たちは自業自得だと思いつつも、気の毒なような、しかしやはりアレはいただけないと、微妙な眼差しをスライムに向ける。
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