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旅路編
246.ララクールさんを
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ムダイの隣にはノムルが座り、対面にはぴー助とローズマリナが座っている。
ゆったり設計で、たっぷりの綿が入った布張り椅子という、乗合馬車などに比べれば、ずいぶんと居心地の良いはずの馬車だった。
けれど馬車の中の空気は、葬式帰りのように重く強張っていた。一人を除いて。
邪魔者カイを御者台へと追い出すことに成功したノムルは、雪乃を膝の上に乗せてご機嫌だ。
「ララクールさんを置いてきてしまいました」
雪乃は窓の外を見つめる。
毎度のことながら、ノムルの『思い立ったら即行動』は、周囲を振り回しすぎる。
「気にしないで。ララには次の町に着いたら手紙を送っておくから」
戸惑いながらも、ローズマリナは雪乃に笑顔を向けた。
「それで、どのルートでルモンに向かうんですか?」
ようやく思考の迷宮から抜け出したムダイが、顔を上げて隣に座る魔法使いを見る。
「このままラジンに向かって、ルモンに入る」
どうやら真っ直ぐドューワ国を抜ける道ではなく、ラジン国の転移装置で短縮する道程を選んだようだ。
ノムルの言葉を聞き、ぴくりとムダイが反応した。ゆっくりと目が大きく見開いていく。
そんな挙動不審なムダイには気付かず、雪乃は顔を上げて後ろの魔法使いに問うた。
「ということは、来たときと同じ道順ですか?」
「うーん、ちょっと違うかなー。今度はアトランテ草原は通らないから」
「ではコダイ国は通らないのでしょうか?」
「通るよー。どうかしたの?」
雪乃は葉をきらめかせて、ローズマリナを見つめる。
視線を感じたローズマリナが小首を傾げ、ノムルは、
「落ち着いてください、ノムルさん! おとーさん!」
「大丈夫ですか?! ローズマリナさん!」
「ぴー!」
嫉妬した。
魔王様の威圧に当てられて、ローズマリナは口から泡を吹き、ガクブルと震えている。そんなローズマリナを、ムダイが介抱する。
馬車に繋がれた馬も暴れ出し、カイが必死に制御している声が御者台から聞こえてきた。
「女のくせに、ユキノちゃんを誘惑するとは!」
「違います! 誤解です。双子石を買おうと思っただけです」
誤解を解くため、雪乃は正直に話した。
こっそり買ってプレゼントしようと思っていた雪乃は、ちょっと萎れた。
だがその甲斐も無く、魔王ノムルは再び降臨してしまった。
「俺とは断ったのに、この女と家族になりたいの?」
「違います! どうしてこの状況でそんな思考になるんですか?! ローズマリナさんとナルツさんにプレゼントするんですよ」
雪乃は以前ノムルから聞いた、双子石に魔力を込めて指輪を作ると家族になれるという話を、憶えていたのだ。
愛し合いながらも引き裂かれたナルツとローズマリナ。今度こそちゃんと結ばれるように、贈り物にしようと考えたのだった。
「えー? 放っておけばいいよ。それよりおとーさんと買おうよ?」
「父娘にはなっても、嫁になるつもりはありません」
指輪を作って身につければ家族になれるなど、雪乃の知識からは結婚指輪としか思えない。
そんな物を、ノムルと作って指に嵌める気はない。
「嫁?」
その単語に、またもやノムルが反応した。瞳孔が開き、表情が欠落している。
「雪乃ちゃん、止めて! 馬車が壊れる!」
「おとーさん、落ちついてください! 私は結婚なんてしませんから!」
ぷしゅうーっと音がして、ノムルから魔王が抜けていった。
虚ろな視線が雪乃へと落とされる。
「それはつまり、ユキノちゃんはおとーさんと、ずっと一緒にいてくれるっていうことかな?」
「そうですね。今のところノムルさんと離れる理由は特に無いですから」
「え? ないの? 大有りだと……って、痛っ?!」
余計な呟きをこぼしたムダイの顔に、ノムルの杖の柄がめり込む。
「あー! また杖をそんな風に扱って。丁寧に扱ってくださいって、言ってるじゃないですか」
「ごめんよ、ユキノちゃん。つい」
と黒カカの杖を心配する雪乃に、しょんぼりと項垂れるおっさん魔法使い。そこへ、
「ふっふっふっ。いいですよ、ノムルさん。今日こそ」
戦闘狂が目を覚ます。
「落ち着いてください! ムダイさんまで暴走しないでくださいっ!」
馬車の中は混沌としていた。
油断すればノムルに魔王が降臨し、勇者ムダイは戦闘狂の血がたぎり、二人に抗体の無いローズマリナが失神するという、さすがの雪乃もどこから手を付ければ良いのか、さっぱり分からなかった。
「わ、私ののんびり旅はどこに行ったのでしょう? 悪化するばかりです」
雪乃は馬車の窓から遠くのお空を見上げる。
そんな騒動の中、かちゃりと音がして、馬車の扉が開く。いつの間にか馬車は停まっていた。
「もう少し落ち着いて乗っていてくれないか?」
眉間に皺を寄せたカイが、顔を出して注意する。
魔王や勇者の威圧に驚いた馬が何度も暴走しかけ、その度にカイが必死になって宥めていたのだ。
「お前に言われる筋合いは無い!」
「いえ、カイさんには言う権利があると思います」
指を突きつけ言い放ったノムルを、雪乃は半目で見つめる。
「ユキノちゃん? おとーさんよりこんな男が良いの?」
そういう問題ではないと、雪乃はがくりと項垂れた。
この親ばか魔王を納得させるには、どんな言葉を選べば良いのか。雪乃にはもう分からなかった。
そんなこんなの騒動を繰り返しながらも、馬車は何とか壊れることも馬が逃げることもなく、街道を進んでいく。
日が暮れ始めると、カイは適当な森や草原の近くを選び、馬車を停めた。
本来ならば町で宿を取るべきなのだが、このメンバーには雪乃がいる。
町でも小さな木立や植木鉢で眠れなくもないのだが、森や草原のほうが、ゆっくりと休めた。
とはいえ、野宿に慣れないローズマリナもいる。
彼女の体調を心配していた雪乃だが、ノムルがゴリン国から持ってきた店舗兼家を空間魔法から出現させたため、慣れた家で宿よりもゆっくり休めているようだ。
その間、道を占拠しているのだが、転移用の魔法陣を馬車と家を挟んで設置しているため、道行く人たちは雪乃たちがいる地点を気付かぬうちに越えていて、邪魔にはなっていない。
お蔭で人が通る心配も無くなり、雪乃も安心して眠れる。
ゆったり設計で、たっぷりの綿が入った布張り椅子という、乗合馬車などに比べれば、ずいぶんと居心地の良いはずの馬車だった。
けれど馬車の中の空気は、葬式帰りのように重く強張っていた。一人を除いて。
邪魔者カイを御者台へと追い出すことに成功したノムルは、雪乃を膝の上に乗せてご機嫌だ。
「ララクールさんを置いてきてしまいました」
雪乃は窓の外を見つめる。
毎度のことながら、ノムルの『思い立ったら即行動』は、周囲を振り回しすぎる。
「気にしないで。ララには次の町に着いたら手紙を送っておくから」
戸惑いながらも、ローズマリナは雪乃に笑顔を向けた。
「それで、どのルートでルモンに向かうんですか?」
ようやく思考の迷宮から抜け出したムダイが、顔を上げて隣に座る魔法使いを見る。
「このままラジンに向かって、ルモンに入る」
どうやら真っ直ぐドューワ国を抜ける道ではなく、ラジン国の転移装置で短縮する道程を選んだようだ。
ノムルの言葉を聞き、ぴくりとムダイが反応した。ゆっくりと目が大きく見開いていく。
そんな挙動不審なムダイには気付かず、雪乃は顔を上げて後ろの魔法使いに問うた。
「ということは、来たときと同じ道順ですか?」
「うーん、ちょっと違うかなー。今度はアトランテ草原は通らないから」
「ではコダイ国は通らないのでしょうか?」
「通るよー。どうかしたの?」
雪乃は葉をきらめかせて、ローズマリナを見つめる。
視線を感じたローズマリナが小首を傾げ、ノムルは、
「落ち着いてください、ノムルさん! おとーさん!」
「大丈夫ですか?! ローズマリナさん!」
「ぴー!」
嫉妬した。
魔王様の威圧に当てられて、ローズマリナは口から泡を吹き、ガクブルと震えている。そんなローズマリナを、ムダイが介抱する。
馬車に繋がれた馬も暴れ出し、カイが必死に制御している声が御者台から聞こえてきた。
「女のくせに、ユキノちゃんを誘惑するとは!」
「違います! 誤解です。双子石を買おうと思っただけです」
誤解を解くため、雪乃は正直に話した。
こっそり買ってプレゼントしようと思っていた雪乃は、ちょっと萎れた。
だがその甲斐も無く、魔王ノムルは再び降臨してしまった。
「俺とは断ったのに、この女と家族になりたいの?」
「違います! どうしてこの状況でそんな思考になるんですか?! ローズマリナさんとナルツさんにプレゼントするんですよ」
雪乃は以前ノムルから聞いた、双子石に魔力を込めて指輪を作ると家族になれるという話を、憶えていたのだ。
愛し合いながらも引き裂かれたナルツとローズマリナ。今度こそちゃんと結ばれるように、贈り物にしようと考えたのだった。
「えー? 放っておけばいいよ。それよりおとーさんと買おうよ?」
「父娘にはなっても、嫁になるつもりはありません」
指輪を作って身につければ家族になれるなど、雪乃の知識からは結婚指輪としか思えない。
そんな物を、ノムルと作って指に嵌める気はない。
「嫁?」
その単語に、またもやノムルが反応した。瞳孔が開き、表情が欠落している。
「雪乃ちゃん、止めて! 馬車が壊れる!」
「おとーさん、落ちついてください! 私は結婚なんてしませんから!」
ぷしゅうーっと音がして、ノムルから魔王が抜けていった。
虚ろな視線が雪乃へと落とされる。
「それはつまり、ユキノちゃんはおとーさんと、ずっと一緒にいてくれるっていうことかな?」
「そうですね。今のところノムルさんと離れる理由は特に無いですから」
「え? ないの? 大有りだと……って、痛っ?!」
余計な呟きをこぼしたムダイの顔に、ノムルの杖の柄がめり込む。
「あー! また杖をそんな風に扱って。丁寧に扱ってくださいって、言ってるじゃないですか」
「ごめんよ、ユキノちゃん。つい」
と黒カカの杖を心配する雪乃に、しょんぼりと項垂れるおっさん魔法使い。そこへ、
「ふっふっふっ。いいですよ、ノムルさん。今日こそ」
戦闘狂が目を覚ます。
「落ち着いてください! ムダイさんまで暴走しないでくださいっ!」
馬車の中は混沌としていた。
油断すればノムルに魔王が降臨し、勇者ムダイは戦闘狂の血がたぎり、二人に抗体の無いローズマリナが失神するという、さすがの雪乃もどこから手を付ければ良いのか、さっぱり分からなかった。
「わ、私ののんびり旅はどこに行ったのでしょう? 悪化するばかりです」
雪乃は馬車の窓から遠くのお空を見上げる。
そんな騒動の中、かちゃりと音がして、馬車の扉が開く。いつの間にか馬車は停まっていた。
「もう少し落ち着いて乗っていてくれないか?」
眉間に皺を寄せたカイが、顔を出して注意する。
魔王や勇者の威圧に驚いた馬が何度も暴走しかけ、その度にカイが必死になって宥めていたのだ。
「お前に言われる筋合いは無い!」
「いえ、カイさんには言う権利があると思います」
指を突きつけ言い放ったノムルを、雪乃は半目で見つめる。
「ユキノちゃん? おとーさんよりこんな男が良いの?」
そういう問題ではないと、雪乃はがくりと項垂れた。
この親ばか魔王を納得させるには、どんな言葉を選べば良いのか。雪乃にはもう分からなかった。
そんなこんなの騒動を繰り返しながらも、馬車は何とか壊れることも馬が逃げることもなく、街道を進んでいく。
日が暮れ始めると、カイは適当な森や草原の近くを選び、馬車を停めた。
本来ならば町で宿を取るべきなのだが、このメンバーには雪乃がいる。
町でも小さな木立や植木鉢で眠れなくもないのだが、森や草原のほうが、ゆっくりと休めた。
とはいえ、野宿に慣れないローズマリナもいる。
彼女の体調を心配していた雪乃だが、ノムルがゴリン国から持ってきた店舗兼家を空間魔法から出現させたため、慣れた家で宿よりもゆっくり休めているようだ。
その間、道を占拠しているのだが、転移用の魔法陣を馬車と家を挟んで設置しているため、道行く人たちは雪乃たちがいる地点を気付かぬうちに越えていて、邪魔にはなっていない。
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