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旅路編
247.たしかラジン国は
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その日の夕食は、ノムルの空間魔法に収納されている食材を使い、ローズマリナが作ってくれることになった。
火や水などをどうするのかと不思議に思っていた雪乃だが、台所には魔法石を使って作られた、IHコンロに似た板状のコンロが設置されていた。
水もノムルが自由に出せるため、問題にはならない。
料理が出来るまでの間、男たちは椅子に座って休んでいる。
手伝おうとした雪乃だが、ローズマリナの料理スキルを前に、却って邪魔をしていることに気付いて、お茶や食器を並べるに止めた。
「ところで、ラジン国を通るって言いませんでした?」
「ああ、その予定だ」
さらりとノムルが返すと、問うたムダイの顔色が悪くなり、頬が引きつりだす。
「たしかラジン国は、非魔法使いは入国できないんですよね?」
何とか余裕そうに見える笑みを浮かべているが、強張っているのは誰の目にも明らかだ。
「いいや? 入国はできるぞ。ただ奴隷落ちする可能性が高いってだけで」
「だからそれはつまり」
言いかけたムダイだが、それ以上は続かなかった。
何度尋ねたところで、答えは同じだと気付いたのだろう。
「ムダイ殿は、魔法を使えないのか?」
「ああ。僕には向いてないみたい。使ってみたかったんだけどね」
カイに尋ねられて、ムダイは残念そうに苦笑を浮かべる。
「至高の魔法使いと名高いノムル殿がいるのだ。教わってみたらどうだ?」
当然の成り行きかもしれないが、ムダイは渋く顔をゆがめた。
なにせ相手はノムルだ。魔法の腕は確かだが、素直に教えるとは思えなかったのだろう。
「やめたほうがいいと思います」
口を挟んだのは雪乃だった。
彼女はノムルに魔法の使い方を教わり、治癒魔法を習得した。しかしその教え方は、不親切にもほどがあり、更には体を張るノムルに精神を削られた。
ムダイやカイとは反対側を向いて言った雪乃の姿に、何かを感じ取ったのだろう。二人はノムルに教わるという案を、即座に却下した。
「俺で良ければ教えようか? ムダイ殿に適した属性の魔法を使えるかは分からないが」
「助かるよ。僕と相性の良い属性は、火らしい」
「それなら問題ない」
カイとムダイの会話を聞いていた雪乃は、ムダイをじっと見上げた。
燃えるような長い赤髪、切れ長の緋色の目、真紅の鎧、朱色のマント。皮膚以外は、全身赤尽くめの男である。
「そうですね。私もムダイさんは火だと思います」
むしろ他に何があるというのか? この外見で水魔法などが得意だと言ったら、外見詐欺だろう。
淡々と述べた雪乃に、ノムルは吹き出し、カイはそっと顔を逸らした。
「否定はしないけど、その反応は傷付くから」
唯一の肌色も赤くして、ムダイはわずかに俯いた。
「念のため、外に出よう」
室内で火を扱うことは危険である。
カイの言葉にムダイは逆らわずに席を立つ。雪乃も二人に付いていった。そしてノムルとぴー助も、雪乃に付いていった。
結局、ローズマリナを残してみんな外に出たわけだ。
空は赤く染まり始め、一番星が控えめに瞬いている。春も終わりに近く、日は長くなっていた。
「まずは初歩的な火を熾そう。魔力を指先に集めて、火をイメージする」
草原に座り込んだカイは、人差し指を立てると小さな火を出した。
ムダイも人差し指を立てて、睨みつける。集中して力んでいるが、火が熾る気配は全くない。
十分ほど続けていたムダイは、諦めたように手を開き太い息を吐き出した。
「そもそも魔力って何? どうやって指先に集めれば良いんだい?」
「は? 魔力は魔力だろ? 何言ってんだ?」
最強魔法使いが呆れたようにツッコミを入れる。
ムダイはちらりと雪乃を見てから、視線だけでノムルを示す。
雪乃が教わった時も、こんな教え方だったのかと聞きたいのだろうと察した雪乃は、こくりと頷いた。
ムダイは目を丸くする。
「よくこれで身に付いたね?」
「大変でした。色々聞き出したり、毎日血塗れを見たり」
雪乃は新たに浮かび上がったお星様を見上げる。
治癒魔法を実践させるために、ノムルは自分の腕を切ったり、腹を刺したりと、体を張って雪乃に魔法を教えたのだった。
治さなければノムルが苦しみ続けると、雪乃は必死に治癒魔法を会得したのだった。
「過酷でした」
虚ろな声を出した雪乃の姿に、カイとムダイは何があったのかは具体的には分からずとも、碌でもないことがあったのだろうと、小さな樹人に憐憫の眼差しを向ける。
それはともかく、ムダイだ。
カイは炎を出して形を変えたり、動かしたりしている。どうやら魔力の感じ方を探っているようだ。
「獣人は、子供の頃に遊びながら魔法を身につける。当たり前に使っていたから、改めて感じるとなると難しいな」
眉根を寄せるカイから、ムダイは雪乃に顔を向ける。
「雪乃ちゃんはどうやって魔力をコントロールしてるんだい?」
ムダイと同じく、魔法の無い世界からやってきた雪乃だ。
使う魔法は違っても、魔力に関しては雪乃が最も参考になるだろう。
「普通に気を集中させてますけど? 治癒魔法を使うときは、温かく柔らかいイメージを加えます」
額に手を添えて、ムダイは沈黙する。肩の辺りがぷるぷる震えていた。
「え? 雪乃ちゃんって、僕と同郷だよね? もしかして平行世界の違う日本だったの?」
ぶつぶつと呟きだしたムダイを、雪乃は呆れたように見る。自分の世界に入ったムダイは、中々帰ってこなくなる。
太陽はすでに地平線に沈もうとしている。雪乃が動ける時間は、あとわずかだ。
「とりあえず、座禅でもしてみては如何ですか? 丹田に集めている気を全身に回すときに、指先に集中して回せばいいですよ」
男たちの視線が雪乃に集まる。
「ザゼン? なにそれ?」
座禅を知らないノムルとカイは、首を傾げている。一方のムダイは、なぜか悶絶していた。
「座禅って。雪乃ちゃん、本当は君、僕より年上でしょう?」
雪乃はぽてりと幹を傾げる。
「ムダイさんのお年を知らないので何とも言えませんが、遠足で行ったお寺で教えてもらいました。毎日十五分、続けるように言われたので、続けています。根では組めないですけど」
両足を腿の上に出して胡坐を組む、結跏趺坐(けっかふざ)の姿勢で行うことが基本だが、呼吸や精神の統一などを目的とするのならば、座り方にこだわる必要は無い。
ただ結跏趺坐の姿勢のほうが、集中できるとされている。
樹人の雪乃は当然、結跏趺坐など組めないので、根を張った状態で座禅と同じ呼吸や精神統一をしていた。
火や水などをどうするのかと不思議に思っていた雪乃だが、台所には魔法石を使って作られた、IHコンロに似た板状のコンロが設置されていた。
水もノムルが自由に出せるため、問題にはならない。
料理が出来るまでの間、男たちは椅子に座って休んでいる。
手伝おうとした雪乃だが、ローズマリナの料理スキルを前に、却って邪魔をしていることに気付いて、お茶や食器を並べるに止めた。
「ところで、ラジン国を通るって言いませんでした?」
「ああ、その予定だ」
さらりとノムルが返すと、問うたムダイの顔色が悪くなり、頬が引きつりだす。
「たしかラジン国は、非魔法使いは入国できないんですよね?」
何とか余裕そうに見える笑みを浮かべているが、強張っているのは誰の目にも明らかだ。
「いいや? 入国はできるぞ。ただ奴隷落ちする可能性が高いってだけで」
「だからそれはつまり」
言いかけたムダイだが、それ以上は続かなかった。
何度尋ねたところで、答えは同じだと気付いたのだろう。
「ムダイ殿は、魔法を使えないのか?」
「ああ。僕には向いてないみたい。使ってみたかったんだけどね」
カイに尋ねられて、ムダイは残念そうに苦笑を浮かべる。
「至高の魔法使いと名高いノムル殿がいるのだ。教わってみたらどうだ?」
当然の成り行きかもしれないが、ムダイは渋く顔をゆがめた。
なにせ相手はノムルだ。魔法の腕は確かだが、素直に教えるとは思えなかったのだろう。
「やめたほうがいいと思います」
口を挟んだのは雪乃だった。
彼女はノムルに魔法の使い方を教わり、治癒魔法を習得した。しかしその教え方は、不親切にもほどがあり、更には体を張るノムルに精神を削られた。
ムダイやカイとは反対側を向いて言った雪乃の姿に、何かを感じ取ったのだろう。二人はノムルに教わるという案を、即座に却下した。
「俺で良ければ教えようか? ムダイ殿に適した属性の魔法を使えるかは分からないが」
「助かるよ。僕と相性の良い属性は、火らしい」
「それなら問題ない」
カイとムダイの会話を聞いていた雪乃は、ムダイをじっと見上げた。
燃えるような長い赤髪、切れ長の緋色の目、真紅の鎧、朱色のマント。皮膚以外は、全身赤尽くめの男である。
「そうですね。私もムダイさんは火だと思います」
むしろ他に何があるというのか? この外見で水魔法などが得意だと言ったら、外見詐欺だろう。
淡々と述べた雪乃に、ノムルは吹き出し、カイはそっと顔を逸らした。
「否定はしないけど、その反応は傷付くから」
唯一の肌色も赤くして、ムダイはわずかに俯いた。
「念のため、外に出よう」
室内で火を扱うことは危険である。
カイの言葉にムダイは逆らわずに席を立つ。雪乃も二人に付いていった。そしてノムルとぴー助も、雪乃に付いていった。
結局、ローズマリナを残してみんな外に出たわけだ。
空は赤く染まり始め、一番星が控えめに瞬いている。春も終わりに近く、日は長くなっていた。
「まずは初歩的な火を熾そう。魔力を指先に集めて、火をイメージする」
草原に座り込んだカイは、人差し指を立てると小さな火を出した。
ムダイも人差し指を立てて、睨みつける。集中して力んでいるが、火が熾る気配は全くない。
十分ほど続けていたムダイは、諦めたように手を開き太い息を吐き出した。
「そもそも魔力って何? どうやって指先に集めれば良いんだい?」
「は? 魔力は魔力だろ? 何言ってんだ?」
最強魔法使いが呆れたようにツッコミを入れる。
ムダイはちらりと雪乃を見てから、視線だけでノムルを示す。
雪乃が教わった時も、こんな教え方だったのかと聞きたいのだろうと察した雪乃は、こくりと頷いた。
ムダイは目を丸くする。
「よくこれで身に付いたね?」
「大変でした。色々聞き出したり、毎日血塗れを見たり」
雪乃は新たに浮かび上がったお星様を見上げる。
治癒魔法を実践させるために、ノムルは自分の腕を切ったり、腹を刺したりと、体を張って雪乃に魔法を教えたのだった。
治さなければノムルが苦しみ続けると、雪乃は必死に治癒魔法を会得したのだった。
「過酷でした」
虚ろな声を出した雪乃の姿に、カイとムダイは何があったのかは具体的には分からずとも、碌でもないことがあったのだろうと、小さな樹人に憐憫の眼差しを向ける。
それはともかく、ムダイだ。
カイは炎を出して形を変えたり、動かしたりしている。どうやら魔力の感じ方を探っているようだ。
「獣人は、子供の頃に遊びながら魔法を身につける。当たり前に使っていたから、改めて感じるとなると難しいな」
眉根を寄せるカイから、ムダイは雪乃に顔を向ける。
「雪乃ちゃんはどうやって魔力をコントロールしてるんだい?」
ムダイと同じく、魔法の無い世界からやってきた雪乃だ。
使う魔法は違っても、魔力に関しては雪乃が最も参考になるだろう。
「普通に気を集中させてますけど? 治癒魔法を使うときは、温かく柔らかいイメージを加えます」
額に手を添えて、ムダイは沈黙する。肩の辺りがぷるぷる震えていた。
「え? 雪乃ちゃんって、僕と同郷だよね? もしかして平行世界の違う日本だったの?」
ぶつぶつと呟きだしたムダイを、雪乃は呆れたように見る。自分の世界に入ったムダイは、中々帰ってこなくなる。
太陽はすでに地平線に沈もうとしている。雪乃が動ける時間は、あとわずかだ。
「とりあえず、座禅でもしてみては如何ですか? 丹田に集めている気を全身に回すときに、指先に集中して回せばいいですよ」
男たちの視線が雪乃に集まる。
「ザゼン? なにそれ?」
座禅を知らないノムルとカイは、首を傾げている。一方のムダイは、なぜか悶絶していた。
「座禅って。雪乃ちゃん、本当は君、僕より年上でしょう?」
雪乃はぽてりと幹を傾げる。
「ムダイさんのお年を知らないので何とも言えませんが、遠足で行ったお寺で教えてもらいました。毎日十五分、続けるように言われたので、続けています。根では組めないですけど」
両足を腿の上に出して胡坐を組む、結跏趺坐(けっかふざ)の姿勢で行うことが基本だが、呼吸や精神の統一などを目的とするのならば、座り方にこだわる必要は無い。
ただ結跏趺坐の姿勢のほうが、集中できるとされている。
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