『種族:樹人』を選んでみたら 異世界に放り出されたけれど何とかやってます

しろ卯

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旅路編

249.諦めていたものが

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 温かい、手作りの料理に憧れていた。自分には与えられないものだと諦めていたものが、目の前にある。
 それなのに、雪乃は食べることができない。それどころか、自分が食べれないことで、せっかく用意してくれた人を傷付けてしまう。
 ほろほろと、涙がこぼれそうだった。

 気付けば雪乃は、ローズマリナのスカートを握っていた。
 台所に行きかけていたローズマリナは足を止め、振り返る。それから膝を曲げ、雪乃が話しやすいように、目線を下げてくれた。
 彼女の優しい微笑を見つめていた雪乃は、ぎゅっと視界を閉じると、意を決して口を開く。

「ローズマリナさん、隠していてごめんなさい。私、人間じゃないんです」

 ぎゅっと拳を握り締める。

「そう。教えてくれてありがとう」

 穏やかな、いつもどおりの声に、雪乃は驚いて顔を上げた。  
 ローズマリナはふふっと笑う。

「ローブで全身をすっぽり隠しているのだもの。一緒にいるのは獣人のカイ君と、至高にして孤高の魔法使い。さらには竜殺しまで。普通の子供じゃないって、すぐに分かるわ」

 雪乃の視界が、ぐにゃりとゆがんだ。
 ふるりと涙を振り払うように頭をふると、雪乃はフードを取った。
 ローズマリナの目が、大きく見開く。さすがに予想を超えていたのだろう。
 それでも彼女はすぐに柔らかく目を細めて、目尻を下げた。

「大変だったでしょう? よく頑張ったわね」

 きゅっと抱きしめられて、雪乃の中で何かが決壊した。
 ほろほろと、こぼれないはずの涙が心の内でこぼれ続ける。

「おかーさん……」

 無意識に漏れ出た声に気付くことなく、雪乃はローズマリナにひしと抱き付いていた。
 わずかに驚いた様子のローズマリナだったが、優しく雪乃の頭や背中を撫でてやる。

「あらあら。甘えん坊さんね」

 ふふっと笑うローズマリナは、聖母のようだと、カイは思った。
 雪乃が落ち着くまで、ローズマリナは優しく雪乃を抱きしめてくれていた。カイも二人を見守る。
 そんな優しい空気に包まれた時間が崩壊する音に、真っ先に気付いたのは、当然ながら狼獣人のカイだった。

 耳をぴくりと動かし、眠っていた草原の方向へ、かすかにしかめた顔を向ける。
 すぐに雪乃とローズマリナの耳にも届き、優しい空気は、気まずい空気へと変わっていった。
 外から重い何かが叩きつけられる音や、爆発音や、怒声や、なんやかんやが聞こえてくる。ついでに地響きがして家も揺れる。

「スープが冷めちゃうわね。カイくんは食べるでしょう?」
「頂こう」

 ぎこちなくも、三人は動き出した。
 様子を見に外に出るという選択肢は、彼らにはないようだ。むしろ関わってはいけないと、これまでの経験が強く注意喚起してくる。


 カイとローズマリナの朝食が終わり、片付けも済ませると、バスケットに残りのサンドイッチを詰め込んでいく。
 雪乃も椅子の上に立ち、一緒に詰めていった。

「ふふ。本当なら私にも、雪乃ちゃんくらいの娘がいてもおかしくないのよね。一緒にいられる間は、雪乃ちゃんのお母様になっちゃおうかしら」

 ぱあっと、雪乃の葉がきらめく。フードを取ってしまっているので、ローズマリナとカイにも、葉のきらめきがよく見えた。
 二人は微笑ましく雪乃を愛でる。
 徐々に雪乃の葉が紅葉していった。

「えっと、良いのでしょうか?」

 顔を俯けた雪乃は恥ずかしそうに、合わせた両枝先の小枝を、もじもじと動かす。
 その姿を見たローズマリナが、ぎゅっと抱きついてきた。

「かわいいわぁー。本当に娘が欲しくなってきちゃった」

 ぽふんっと、雪乃はそれは見事に紅葉した。

「何してんだ?! ユキノちゃんは俺の」

 そこへ飛び込んできた親ばか魔法使いは、家の中の光景を見て固まった。
 首を斜め下へと逸らし、ゆっくり五秒ほど数えてから、再び正面へ戻す。

「ユキノちゃん?! なんでフード取ってるの? この女に何かされたの?」

 ぎんっとローズマリナを睨みつけようとしたノムルだったが、

「ノムルさん! ローズマリナさんを威圧したら駄目です!」

 と、ローズマリナを庇うように両枝を広げて間に立った、雪乃に止められた。
 いつもと違う、怒気を含んだ厳しい雪乃の声に、ノムルの怒りが吹き飛ぶ。

「え? ユキノちゃん? どうしたの? ユキノちゃんのおとーさんは、俺だよね?」

 困惑と恐怖がノムルを襲い、思考を停止させる。
 雪乃はノムルの前まで進み出て、正面から彼を見上げた。

「勝手なことをしてごめんなさい。ローズマリナさんに、私が樹人だと明かしました。でもローズマリナさんは、魔物の私を受け入れてくれました」
「ユキノちゃん……」

 ノムルは絶句している。
 瞳孔が広がり、視線が彷徨い落ち着かない。

「そんな……。ユキノちゃんのおとーさんは、俺だけなのに」

 よろめいて壁に背をぶつけるノムルには、生気がない。

「一応言っておくけれど、私、お父様にはなれないわよ?」
「うん?」

 躊躇いがちに口にしたローズマリナの言葉に、虚ろなノムルの目が動く。

「私、こう見えても正真正銘、女だもの。お母様にはなれても、お父様にはなれないの」

 当たり前のことを伝えられただけなのに、なぜだか沈黙が落ちた。
 しかし単純な親ばか魔王様は、復活した。

「そっかそっかー。お前はおとーさんにはなれないのかー。可愛そうだなあ。おとーさんは最高なのに」

 ノムルが何かを盛大に勘違いしている気がする雪乃たちだが、下手に指摘して魔王を復活させても困るので、そのまま勘違いさせておくことにした。

「とりあえずこれで、ローズマリナさんの安全は確保できた……のでしょうか?」

 ぽてりと幹を傾げながら、何か起こりかけたらすぐに護ろうと、心に決めた雪乃であった。


 サンドイッチを詰めたバスケットと、瓶に移したスープ。ついでに朝一番の喧嘩という名のじゃれあいで、ぼろぼろになっている赤い人を詰め込んで、馬車は進む。
 雪乃印の疲労回復薬を混ぜた餌を与えたためか、馬は疲れも見せず駆け続ける。
 ノムルは身体強化の魔法も掛けようとしていたのだが、馬への負担が大きいと聞き、雪乃が却下した。

 馬車の中では、ノムルがバスケットを抱えてサンドイッチを頬張っていた。
 ムダイも雪乃の治癒魔法によって復活し、ノムルとサンドイッチ争奪戦を繰り広げている。

「おい、それは俺のだ」
「まだあるんだから良いじゃないですか?」
「お前はこっちの葉っぱだけのヤツを食っとけ」
「なんでそう横暴なんですか?」

 復活するなり騒々しい二人である。
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