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旅路編
257.失敗ですか?
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後始末を終えた雪乃たちは、転移装置に向かう。
「北東国境」
こつりとノムルが杖で床の魔法陣を突けば、眩い光が一行を覆った。光が消えても、部屋の景色は変わらない。
無機質な白く円柱状の部屋のままだ。
「あれ? 失敗ですか?」
ムダイが思わず呟き、ローズマリナやカイも不思議そうに室内を見ているが、ノムルは何も言わずに部屋から出た。
扉の先に広がっているのは、入ったときよりも賑やかな光景だった。
「おおー!」
感嘆の声を上げる一同。雪乃もまた、辺りを見回して声を上げている。
コダイ国との国境や、ドューワ国との国境以上に、賑々しい町だった。さすがは世界最大の帝国、ルモンに近い国境というところか。
「あ、ラトヤの支店がある」
「ラトヤ? もしやカンヨーですか?」
「ラト焼きも美味しいよ?」
「ほほう」
日本人二人は、ついつい和菓子に似た菓子の話題で盛り上がる。
ふとムダイは視線を上げ、ローズマリナを見た。
「ナルツもラトヤのファンなんですよ」
「まあ」
雪乃の様子を見守っていたローズマリナの頬が赤く染まり、柔らかく緩む。楽しそうに話す三人の一方で、ノムルからは笑顔が消えていた。
ノムルは感情を落としてきたかのように、無表情で国境へと進む。カイはそんなノムルを気遣うように、近付いた。
「あまり気にしないほうがいい。雪乃は少し優しすぎるだけだ」
雪乃は人だけでなく、魔物や獣を仕留めることさえ厭う。カイは雪乃と会った最初の夜に、その事実に戸惑った。
「ユキノちゃんのことは、俺が一番知ってる」
視線も向けることなく、ノムルは冷たい声を返して歩を進める。
小さく息を吐いたカイは、雪乃を窺う。ちらちらとノムルを気にしているが、雪乃のほうから声を掛ける気はないようだ。
ムダイとローズマリナも気付いているのだろう。いつも以上に雪乃に話しかけ、彼女まで落ち込まないようにしているようだった。
「しかしなんで僕の魔法は、魔法使いたちに効かなかったんだろう? 完璧だと思ったのに」
先ほどの炎の鳥について、ムダイは首を傾げる。
雪乃も思い出しながら、ふむうっと唸る。
大きく立派な炎の鳥だった。威力も抜群にありそうに見えた。
「ねえムダイ様。火ってどんなイメージをお持ちかしら?」
言い辛そうに、ローズマリナが問いかけた。
「それは、火ですよ。赤くて全てを焼き尽くす」
残念そうに顔を微かに歪めたローズマリナは、一度口を閉じ、それからゆっくりと話し出す。
「高位貴族の令息や令嬢、特に令嬢が火属性と相性の良い魔力を持っていた場合、魔法を発現できるようになるまでに、とても時間が掛かることがあるそうなの。どうしてか分かるかしら?」
とつぜんの出題に、考え込むムダイ。雪乃も一緒に幹を捻る。
「魔法はイメージなのでしょう? 火魔法のイメージなら、充分に僕の頭の中にあります」
あちらの世界で過ごしていた時、ムダイはゲームで好んで使っていたのだ。画面を真っ赤に染め、敵を焼き尽くす火炎魔法を。
何度も繰り返し見たイメージは、脳内にしっかりと焼きついている。
ムダイの思考を読みとった雪乃は、あっと声を上げた。
「ユキノちゃんは気付いたみたいね。でもまだ答えたら駄目よ? ムダイ様の課題なんだから」
「はい」
雪乃は素直に頷く。
ムダイは柳眉を寄せて考え込んでいるが、中々答えに辿り着けないようだ。
話を聞いていたカイは、答え合わせをしたくてうずうずしている雪乃を手招く。ぽてぽてと近付いた雪乃は、屈んだカイの耳元で囁いた。
「おそらく正解だ。俺もそう思う」
と、カイは雪乃の頭を撫でる。雪乃はぱあっと葉を輝かせた。
考え込むムダイと元気の無いノムルを連れて、一行はラジン国を出た。
国境を抜けたところで、ローズマリナが足を止めてわずかに振り返る。
「どうかしたんですか?」
考え込んでいたムダイは、顔を上げて問う。
ゆるりと首を振ったローズマリナは、微かに笑みを浮かべた。
「なんでもないの。ただ、ラジン国が建国される切欠となった革命の日に、私は生まれたらしくて。父は私が生まれた翌日から公務に呼び出されて、数ヶ月顔を見ることさえできなかったって、よく聞かされていたから」
「へえ」
ラジン国の建国について、何も知らないムダイは、然して気にする風もなく相槌を打つ。
「やはりご両親のことが気になりますか?」
ローズマリナは苦く笑んだ。
家を出奔したローズマリナは、結婚の許しを得ることも出来ず、ナルツの元へと向かっている。
「自分で決めたことですから。それに父や家の事は、風の噂で知ることができますわ」
公爵家という、貴族の中でも筆頭の家柄だ。何かあればすぐに、民の間にも噂は広がる。
他国に行けば噂を聞く機会は激減するだろうが、何も耳に入らなければ健勝である証拠とも言えるだろう。
「ムダイ様のご家族は?」
話題を振られて、今度はムダイのほうが苦く笑んだ。
「遠い国です。もう会うことはないでしょうね。けど、たぶん元気にやってますよ。父は僕より強かったですし、母一筋でしたから」
遠くの空を、ムダイは仰ぎ見る。その目は死んだ魚のように虚ろだったが、ローズマリナには、会えない家族を懐かしんでいるように見えたのだった。
「今夜はここで宿を取りませんか?」
ルモンに入ったところで、ムダイが提案した。
まだ機関車の最終便は残っているだろうが、その提案には揃って頷いた。
主都ネーデルには、肥沃な土はない。雪乃はカイに少し離れた森に連れて行ってもらうと、早めに根を張って休むことにした。
ぴー助もカイに抱き上げられた雪乃に付いていく。
残った大人三人は、ローズマリナの誘いで小洒落た店に入った。
カクテルのような色合いの、綺麗な酒を注文する。
「さ、まずはノムル様からね。聞かせてくださるかしら?」
わずかにグラスを持つ手を震えさせたノムルだが、話す気は無いようだ。黙したままカクテルをあおる。
「ノムル様は、ユキノちゃんのお父様でしょう? 今のままでは、お父様失格よ?」
じろりとノムルに睨まれたローズマリナだが、魔力は込められてなかったからか、慣れたのか、動じることもなく、ふふっと軽く笑み返した。
─────────────────
ルモン大帝国を舞台にしたナルツたちの過去編『婚約破棄に巻き込まれた騎士はヒロインにドン引きする』始めました。
「北東国境」
こつりとノムルが杖で床の魔法陣を突けば、眩い光が一行を覆った。光が消えても、部屋の景色は変わらない。
無機質な白く円柱状の部屋のままだ。
「あれ? 失敗ですか?」
ムダイが思わず呟き、ローズマリナやカイも不思議そうに室内を見ているが、ノムルは何も言わずに部屋から出た。
扉の先に広がっているのは、入ったときよりも賑やかな光景だった。
「おおー!」
感嘆の声を上げる一同。雪乃もまた、辺りを見回して声を上げている。
コダイ国との国境や、ドューワ国との国境以上に、賑々しい町だった。さすがは世界最大の帝国、ルモンに近い国境というところか。
「あ、ラトヤの支店がある」
「ラトヤ? もしやカンヨーですか?」
「ラト焼きも美味しいよ?」
「ほほう」
日本人二人は、ついつい和菓子に似た菓子の話題で盛り上がる。
ふとムダイは視線を上げ、ローズマリナを見た。
「ナルツもラトヤのファンなんですよ」
「まあ」
雪乃の様子を見守っていたローズマリナの頬が赤く染まり、柔らかく緩む。楽しそうに話す三人の一方で、ノムルからは笑顔が消えていた。
ノムルは感情を落としてきたかのように、無表情で国境へと進む。カイはそんなノムルを気遣うように、近付いた。
「あまり気にしないほうがいい。雪乃は少し優しすぎるだけだ」
雪乃は人だけでなく、魔物や獣を仕留めることさえ厭う。カイは雪乃と会った最初の夜に、その事実に戸惑った。
「ユキノちゃんのことは、俺が一番知ってる」
視線も向けることなく、ノムルは冷たい声を返して歩を進める。
小さく息を吐いたカイは、雪乃を窺う。ちらちらとノムルを気にしているが、雪乃のほうから声を掛ける気はないようだ。
ムダイとローズマリナも気付いているのだろう。いつも以上に雪乃に話しかけ、彼女まで落ち込まないようにしているようだった。
「しかしなんで僕の魔法は、魔法使いたちに効かなかったんだろう? 完璧だと思ったのに」
先ほどの炎の鳥について、ムダイは首を傾げる。
雪乃も思い出しながら、ふむうっと唸る。
大きく立派な炎の鳥だった。威力も抜群にありそうに見えた。
「ねえムダイ様。火ってどんなイメージをお持ちかしら?」
言い辛そうに、ローズマリナが問いかけた。
「それは、火ですよ。赤くて全てを焼き尽くす」
残念そうに顔を微かに歪めたローズマリナは、一度口を閉じ、それからゆっくりと話し出す。
「高位貴族の令息や令嬢、特に令嬢が火属性と相性の良い魔力を持っていた場合、魔法を発現できるようになるまでに、とても時間が掛かることがあるそうなの。どうしてか分かるかしら?」
とつぜんの出題に、考え込むムダイ。雪乃も一緒に幹を捻る。
「魔法はイメージなのでしょう? 火魔法のイメージなら、充分に僕の頭の中にあります」
あちらの世界で過ごしていた時、ムダイはゲームで好んで使っていたのだ。画面を真っ赤に染め、敵を焼き尽くす火炎魔法を。
何度も繰り返し見たイメージは、脳内にしっかりと焼きついている。
ムダイの思考を読みとった雪乃は、あっと声を上げた。
「ユキノちゃんは気付いたみたいね。でもまだ答えたら駄目よ? ムダイ様の課題なんだから」
「はい」
雪乃は素直に頷く。
ムダイは柳眉を寄せて考え込んでいるが、中々答えに辿り着けないようだ。
話を聞いていたカイは、答え合わせをしたくてうずうずしている雪乃を手招く。ぽてぽてと近付いた雪乃は、屈んだカイの耳元で囁いた。
「おそらく正解だ。俺もそう思う」
と、カイは雪乃の頭を撫でる。雪乃はぱあっと葉を輝かせた。
考え込むムダイと元気の無いノムルを連れて、一行はラジン国を出た。
国境を抜けたところで、ローズマリナが足を止めてわずかに振り返る。
「どうかしたんですか?」
考え込んでいたムダイは、顔を上げて問う。
ゆるりと首を振ったローズマリナは、微かに笑みを浮かべた。
「なんでもないの。ただ、ラジン国が建国される切欠となった革命の日に、私は生まれたらしくて。父は私が生まれた翌日から公務に呼び出されて、数ヶ月顔を見ることさえできなかったって、よく聞かされていたから」
「へえ」
ラジン国の建国について、何も知らないムダイは、然して気にする風もなく相槌を打つ。
「やはりご両親のことが気になりますか?」
ローズマリナは苦く笑んだ。
家を出奔したローズマリナは、結婚の許しを得ることも出来ず、ナルツの元へと向かっている。
「自分で決めたことですから。それに父や家の事は、風の噂で知ることができますわ」
公爵家という、貴族の中でも筆頭の家柄だ。何かあればすぐに、民の間にも噂は広がる。
他国に行けば噂を聞く機会は激減するだろうが、何も耳に入らなければ健勝である証拠とも言えるだろう。
「ムダイ様のご家族は?」
話題を振られて、今度はムダイのほうが苦く笑んだ。
「遠い国です。もう会うことはないでしょうね。けど、たぶん元気にやってますよ。父は僕より強かったですし、母一筋でしたから」
遠くの空を、ムダイは仰ぎ見る。その目は死んだ魚のように虚ろだったが、ローズマリナには、会えない家族を懐かしんでいるように見えたのだった。
「今夜はここで宿を取りませんか?」
ルモンに入ったところで、ムダイが提案した。
まだ機関車の最終便は残っているだろうが、その提案には揃って頷いた。
主都ネーデルには、肥沃な土はない。雪乃はカイに少し離れた森に連れて行ってもらうと、早めに根を張って休むことにした。
ぴー助もカイに抱き上げられた雪乃に付いていく。
残った大人三人は、ローズマリナの誘いで小洒落た店に入った。
カクテルのような色合いの、綺麗な酒を注文する。
「さ、まずはノムル様からね。聞かせてくださるかしら?」
わずかにグラスを持つ手を震えさせたノムルだが、話す気は無いようだ。黙したままカクテルをあおる。
「ノムル様は、ユキノちゃんのお父様でしょう? 今のままでは、お父様失格よ?」
じろりとノムルに睨まれたローズマリナだが、魔力は込められてなかったからか、慣れたのか、動じることもなく、ふふっと軽く笑み返した。
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