『種族:樹人』を選んでみたら 異世界に放り出されたけれど何とかやってます

しろ卯

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旅路編

258.なんでユキノちゃんは

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「ユキノちゃんは女の子よ? 男親には理解が難しい悩みもあるわ。今なら女の私が相談に乗れる。さ、話してちょうだい。仲直りしなきゃ」

 見つめ続けるノムルの視線の先で、ローズマリナはグラスに口を付け、わずかに唇を湿らせた。

「なんでユキノちゃんは、他人が傷付くと怒るんだ? ユキノちゃんには掠り傷一つ負わしてないのに」

 ローズマリナはグラスから視線を離し、ノムルを見る。それから揺れる青色の液体を見つめた。

「そうね。殿方は戦いを好むところがあるわね。女性の中にもいるけれど、騎士にしても冒険者にしても、男性のほうが多いわ」

 軽く揺らしていたカクテルを、テーブルに置く。

「女は……いえ、私やユキノちゃんは、傷付いた相手を見ると、自分が傷付くのと同様に、痛くて辛いと感じてしまうの」

 理解できないとばかりに、ノムルは眉をひそめた。

「ノムル様だって、分かるはずよ? ユキノちゃんが傷付いたら、お辛いでしょう?」
「それはユキノちゃんだからだ」

 すねるように、ノムルは口を尖らせる。

「そうね。親しい人には、特に強く感じるわ。でも特に親しくなくても、ユキノちゃんは同じような感情を抱いてしまうの。目の前の人を守りたい、救いたいって」
「俺はユキノちゃんが無事ならいい。ユキノちゃんだって、世界が滅びて俺と二人きりになっても良いって言ってくれた」

 ノムルはテーブルに顎を乗せて不満そうだ。
 不穏な台詞が混じっていた気がして、ローズマリナとムダイは目眩を覚えて俯いた。
 それでもムダイは、何かの聞き間違いだと自分に言い聞かせて、果敢に参戦する。手に持つグラスは、ぷるぷると震えていた。

「雪乃ちゃんが暴力を苦手にするのは、仕方ないですよ」

 赤いカクテルに揺れる自分の顔は、かすかに寂しげに見える。断ち切るように、瞼を落として消した。
 ぶすりと、ノムルの表情が更に歪む。

「なんでだよ?」

 不機嫌な声と共に、ノムルの顔がムダイを睨みあげる。
 テーブルには顎に代わり、頬がべっとり乗っかっていた。

「僕と雪乃ちゃんが生まれた国って、暴力イコール悪って考え方が基本なんですよね。喧嘩を売られても、殴ったらアウトです」
「は? 喧嘩売ってきたほうが悪いだろ?」

 訳が分からないとばかりに、ノムルが顔を上げた。ローズマリナまでが、驚いたように目を丸くしている。

「このせか、――いえ、多くの国ではそうですよね。でも僕たちの暮らしていた国では、そうなんです。雪乃ちゃんはなぜか怪我人を見ることに慣れているようでしたけど、僕は国を出るまで、転んですりむいた程度の出血しか、見たことはありませんでした」

 ノムルとローズマリナのムダイを見る目が、ぎょっと見開かれた。
 魔物が徘徊し、騎士や冒険者といった、武器を手に持つ者が多くいるこの世界では、信じられない状況なのかもしれない。
 それとも、そんな平穏な環境で育ちながら、冒険者のトップに君臨しているムダイの異常さに、驚いたのだろうか。

「お前、もしかして高位貴族の箱入り息子か?」
「平民ですよ? 一応」
「ありえねえ」

 さらりと否定するノムルに、ローズマリナもこくこくと頷く。

「ですから、そういう国なんですって。まあ深夜に危ない所に行けば、流血沙汰の喧嘩も、なくは無いですけど。普通に生活していれば、遭遇することはまずありませんね。夜も女性一人で出歩けるくらい安全でしたから」

 ぽかーんと口を開けて言葉を失っている二人に、ムダイは苦笑する。
 日本の治安の良さは、地球でもよくネタになっていた。日本を知らない人が驚くことも珍しくはないほど、あの国は平和だった。
 日常的に怪我や死が身近にあるこの世界では、信じられないのも無理はないだろう。

「ユートピア、ね。行ってみたいわ」

 ローズマリナがグラスを指で弄りながら、うっとりと呟いた。
 ムダイはすうっと瞳から光を消す。
 治安に関してのみ聞けば、そうなのだろう。けれどあの国にも、多くの問題が内在している。多くの人が、自ら命を絶つほどに。
 ことりと音を立てて、ムダイはグラスをテーブルに置いた。赤いカクテルに映っていた彼の姿が、波紋に揺れる。

「それでつまり、どういうことだ? なんでユキノちゃんは俺に怒ってるんだ? あの狼のほうが、俺より良いのか?」

 ノムルは総括を求めた。
 思わずムダイとローズマリナは、頭を抱えて俯く。

「ここまでの話を聞いて、何も理解できていなかったとは」
「ごめんなさい、ユキノちゃん。私では、彼に理解してもらうことは無理かもしれないわ」

 とんでもない魔王を前に、勇者と聖女は白旗を上げかけていた。

「あー、とりあえず、料理を頼みませんか? 腹が膨らめば、少しは気分も変わるでしょう?」
「そうね」

 難問は後回しにすることにしたようだ。
 結局、雪乃の気持ちを理解することができなかったノムルは、不満そうに眉間に皺を寄せているが、それでも食べる物は食べていた。

 食後のお茶でカンヨーを食べながら、

「もう諦めましょう」

 と、ムダイは白旗を上げる。
 食事中も、なんとか理解させようと努力はしたのだ。だが魔王様に、人間の心は中々難しいようだ。
 うっかり魔王を呼び出しかけて店内が揺れ始めたときは、二人で必死に宥めることとなった。

「そうね。ユキノちゃんには申し訳ないけれど、これ以上は災厄で町が消えかねないわ」

 ムダイとローズマリナは、揃って肩を落とす。

「ところで僕が魔法を上手く使えない原因って、なんなんですか? 考えても分からないんですけど?」

 雪乃とノムルのことは当事者である二人に任すことにして、ムダイは自分の問題に向き合うことにした。

「ムダイ様は、火を扱ったことがおありかしら?」
「そりゃあ、野宿の時に何度か」
「ご自分で火を熾されましたか?」
「いいえ? 僕一人のときは、魔法道具を利用していますから。それがどうかしましたか?」

 この世界には、魔法石やそれを組み込んだ魔法道具がある。
 IHコンロのような魔法道具を使えば、火を熾すことなく料理は可能だ。持ち運びできるタイプのものは値が張るので、あまり普及はしていないようだが。
 しかしSランク冒険者であるムダイにとっては、安いものだ。
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