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ルモン大帝国編2
274.ムダイの顔が固まった
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「光栄ですわ。皇太子妃殿下。けれど私は正式ではなくとも平民です。どうぞお心だけで」
「あら、騎士ナルツと婚姻を結ぶのでしょう? それならルモンの貴族よ? さ、フランソワとお呼びになって。あなたと会える日を、本当に楽しみにしていたのだから」
それでも皇太子妃と一貴族の婚約者では、大きな隔たりがある。しかし重ねて言われては、ローズマリナも断りきれなかった。
「勿体無いお言葉です、フランソワ様」
「ふふ。仲良くしましょうね、ローズマリナさん」
「はい、ありがとうございます」
令嬢たちの鈴のような声が、部屋を明るくする。
フランソワは次いでムダイを見た。
「噂は騎士ナルツとパトから聞いているわ。お一人で竜種を倒すなんて、まるで伝説の勇者ね。素晴らしいわ」
一瞬より短い時間だったが、ムダイの顔が固まった。気付いたのは雪乃くらいだろう。
動体視力が良いからではない。勇者という言葉がムダイにどんな影響を与えるのか、雪乃だけが知っていたから気付けたのだ。
笑いそうになるのを、雪乃はふるふると震えながらも必死に耐える。
微笑を保ったままのムダイから、怒気が雪乃へと向かっていたが、お互い気付かぬ振りを続ける。
「お褒めに預かり光栄です、皇太子妃殿下。このような間近でお会いできるなど、夢のようです」
ムダイはフランソワの前に跪くと、彼女の手を取って甲に額を当てた。
「さあ、二人とも掛けてくれ。今日は我が国で名高い二人に、色々と話を聞いてみたくて呼んだのだ」
そう言って、アルフレッドはローズマリナとムダイに、ソファを勧めた。一人掛けのソファに、それぞれ腰掛ける。
二人の視線がちらりと雪乃を見たが、皇太子夫妻も部屋に控える従者たちも、気にする素振りはない。
その対応に、雪乃はがく然としたが、すぐに思い直す。
雪乃は貴族ではない。人間ですらない。今まで貴族や王族たちからも、対等な立場のように接してもらっていたが、それは身分のあるこの世界では、ありえない対応だったのだ。
ノムル・クラウという稀代の魔法使いに守られていたからこその、厚遇である。
皇太子夫妻の対応こそが当然、いや、これでも雪乃の身分では、破格の待遇だろう。城に入ることを許され、皇太子夫妻との面会を許されたのだから。
それでも一人だけ忘れられたように放置されるのは、心が冷たくなった。
ぎゅっと雪乃はローブの下で、小枝を握り締める。現実を受け入れようと、葉を食いしばった。
ローズマリナとムダイの前に、茶菓が置かれる。
アルフレッドが虫でも払うように片手を上げると、従者たちは一礼して廊下へと退出した。
扉がぱたりと閉まり、部屋には雪乃たちと皇太子夫妻だけが残された。
皇太子は懐から出した首飾りに触れ、呪文を唱える。
「さて、これで人払いは済んだ。この部屋の声が外に漏れ出ることもない」
宣言するように言うと、皇太子はソファから立ち上がり、雪乃の前に歩いてきた。座っていた三人も、追従するように立ち上がる。
「申し訳なかった、ユキノ嬢」
皇太子アルフレッドの謝罪に、雪乃はぽてりと幹を傾げる。
理解できていない様子の小さな子供に、皇太子夫妻は苦笑を漏らした。
「君の事は、あまり公にしないほうが良いのではないかという話になってね。失礼だが、あのような振舞いを取らせていただいた」
「パトとナルツから聞いているわ。あのノムル・クラウ様を、唯一御すことのできる少女だそうね。そして二人の命の恩人だと。二人の主として、お礼を言わせてちょうだい。ありがとう、ユキノさん」
雪乃は視界を瞬く。あまりの状況の変化に、思考が付いていかない。
視線を動かせば、ローズマリナとムダイも、表情は取り繕っているものの、驚きに目が泳いでいる。二人に説明を求めるのは無理だと察した雪乃は、ナルツへと顔を動かす。
温かな微笑で頷かれて、雪乃はようやく安堵した。
「いえ、私の身分を考えると、この席に立ち合わせていただいただけでも、身に余る待遇ですから。ナルツさんとパトさんのことは、ノムルさんが力を貸してくださったから、治療できただけです」
いつもと変わらぬ毅然とした声で、雪乃は皇太子夫妻に答えた。
二人はわずかに目を開き、互いに交し合う。
「話には聞いていたが、予想以上に敏いな。この年でこれだけの思考ができるとは」
中身は違いますけど、と思った雪乃だが、口にはしない。言えば色々とややこしくなる。
そんなことを考えている雪乃の前で、アルフレッドは膝を付き、雪乃と目線を合わせた。
真剣な眼差しに、雪乃も意識を改める。
しかしアルフレッドの視線は、雪乃の顔より少し上で止まっている。
「ところで、なぜにゃんこ?」
「ローズマリナさんに作っていただきました」
自慢げに胸を張る雪乃。
本題からずれた話題を始めたアルフレッドに、呆れた目を向けるフランソワ。その険を含んだ視線に気付いていないのか、アルフレッドの顔はローズマリナへと向かう。
「注文は可能か?」
「喜んで承りますわ」
「ローブ以外も?」
「夜会に着られるほどのドレスは無理ですけれど、簡易ドレス程度でしたら」
営業スマイルを浮かべるローズマリナの服へと、視線が移る。
アルフレットの隣に座る皇太子妃が顔をしかめたが、会話は続く。
「そのドレスも、ローズマリナ嬢が?」
「お恥かしながら、自作ですわ」
皇太子夫妻が、揃って目を瞠る。
「素晴らしい! ぜひ、にゃんこのネグリジェを」
すぱこーんっと良い音がして、アルフレッドが前のめりに倒れた。
「何を考えてらっしゃるのかしら? いえ、それは誰が着るのかしら? もちろん、あなたよね? アルフレッド?」
般若の如き形相のフランソワが、アルフレッドの衿を掴んで詰め寄る。
「私にも着てほしいと言うのなら、喜んで着よう。フランソワとお揃いのにゃんこ」
頬を緩めたアルフレッドの目は、虚ろながら輝きを増している。
「私は着ないわよ?! 一人で着ていなさい!」
「そんな、フランソワ! にゃんこのフランソワが見たいんだ。きっと愛らしいよ。いつもの君も素敵だけど」
なんだか混沌としてきたようである。
常識人だと思っていた皇太子夫妻も、色々あるようだ。この世界にはまともな人間はいないのかもしれないと、雪乃は他人事のように考えた。
にゃんこ萌え皇太子が落ち着いたところで、話は戻る。
「あら、騎士ナルツと婚姻を結ぶのでしょう? それならルモンの貴族よ? さ、フランソワとお呼びになって。あなたと会える日を、本当に楽しみにしていたのだから」
それでも皇太子妃と一貴族の婚約者では、大きな隔たりがある。しかし重ねて言われては、ローズマリナも断りきれなかった。
「勿体無いお言葉です、フランソワ様」
「ふふ。仲良くしましょうね、ローズマリナさん」
「はい、ありがとうございます」
令嬢たちの鈴のような声が、部屋を明るくする。
フランソワは次いでムダイを見た。
「噂は騎士ナルツとパトから聞いているわ。お一人で竜種を倒すなんて、まるで伝説の勇者ね。素晴らしいわ」
一瞬より短い時間だったが、ムダイの顔が固まった。気付いたのは雪乃くらいだろう。
動体視力が良いからではない。勇者という言葉がムダイにどんな影響を与えるのか、雪乃だけが知っていたから気付けたのだ。
笑いそうになるのを、雪乃はふるふると震えながらも必死に耐える。
微笑を保ったままのムダイから、怒気が雪乃へと向かっていたが、お互い気付かぬ振りを続ける。
「お褒めに預かり光栄です、皇太子妃殿下。このような間近でお会いできるなど、夢のようです」
ムダイはフランソワの前に跪くと、彼女の手を取って甲に額を当てた。
「さあ、二人とも掛けてくれ。今日は我が国で名高い二人に、色々と話を聞いてみたくて呼んだのだ」
そう言って、アルフレッドはローズマリナとムダイに、ソファを勧めた。一人掛けのソファに、それぞれ腰掛ける。
二人の視線がちらりと雪乃を見たが、皇太子夫妻も部屋に控える従者たちも、気にする素振りはない。
その対応に、雪乃はがく然としたが、すぐに思い直す。
雪乃は貴族ではない。人間ですらない。今まで貴族や王族たちからも、対等な立場のように接してもらっていたが、それは身分のあるこの世界では、ありえない対応だったのだ。
ノムル・クラウという稀代の魔法使いに守られていたからこその、厚遇である。
皇太子夫妻の対応こそが当然、いや、これでも雪乃の身分では、破格の待遇だろう。城に入ることを許され、皇太子夫妻との面会を許されたのだから。
それでも一人だけ忘れられたように放置されるのは、心が冷たくなった。
ぎゅっと雪乃はローブの下で、小枝を握り締める。現実を受け入れようと、葉を食いしばった。
ローズマリナとムダイの前に、茶菓が置かれる。
アルフレッドが虫でも払うように片手を上げると、従者たちは一礼して廊下へと退出した。
扉がぱたりと閉まり、部屋には雪乃たちと皇太子夫妻だけが残された。
皇太子は懐から出した首飾りに触れ、呪文を唱える。
「さて、これで人払いは済んだ。この部屋の声が外に漏れ出ることもない」
宣言するように言うと、皇太子はソファから立ち上がり、雪乃の前に歩いてきた。座っていた三人も、追従するように立ち上がる。
「申し訳なかった、ユキノ嬢」
皇太子アルフレッドの謝罪に、雪乃はぽてりと幹を傾げる。
理解できていない様子の小さな子供に、皇太子夫妻は苦笑を漏らした。
「君の事は、あまり公にしないほうが良いのではないかという話になってね。失礼だが、あのような振舞いを取らせていただいた」
「パトとナルツから聞いているわ。あのノムル・クラウ様を、唯一御すことのできる少女だそうね。そして二人の命の恩人だと。二人の主として、お礼を言わせてちょうだい。ありがとう、ユキノさん」
雪乃は視界を瞬く。あまりの状況の変化に、思考が付いていかない。
視線を動かせば、ローズマリナとムダイも、表情は取り繕っているものの、驚きに目が泳いでいる。二人に説明を求めるのは無理だと察した雪乃は、ナルツへと顔を動かす。
温かな微笑で頷かれて、雪乃はようやく安堵した。
「いえ、私の身分を考えると、この席に立ち合わせていただいただけでも、身に余る待遇ですから。ナルツさんとパトさんのことは、ノムルさんが力を貸してくださったから、治療できただけです」
いつもと変わらぬ毅然とした声で、雪乃は皇太子夫妻に答えた。
二人はわずかに目を開き、互いに交し合う。
「話には聞いていたが、予想以上に敏いな。この年でこれだけの思考ができるとは」
中身は違いますけど、と思った雪乃だが、口にはしない。言えば色々とややこしくなる。
そんなことを考えている雪乃の前で、アルフレッドは膝を付き、雪乃と目線を合わせた。
真剣な眼差しに、雪乃も意識を改める。
しかしアルフレッドの視線は、雪乃の顔より少し上で止まっている。
「ところで、なぜにゃんこ?」
「ローズマリナさんに作っていただきました」
自慢げに胸を張る雪乃。
本題からずれた話題を始めたアルフレッドに、呆れた目を向けるフランソワ。その険を含んだ視線に気付いていないのか、アルフレッドの顔はローズマリナへと向かう。
「注文は可能か?」
「喜んで承りますわ」
「ローブ以外も?」
「夜会に着られるほどのドレスは無理ですけれど、簡易ドレス程度でしたら」
営業スマイルを浮かべるローズマリナの服へと、視線が移る。
アルフレットの隣に座る皇太子妃が顔をしかめたが、会話は続く。
「そのドレスも、ローズマリナ嬢が?」
「お恥かしながら、自作ですわ」
皇太子夫妻が、揃って目を瞠る。
「素晴らしい! ぜひ、にゃんこのネグリジェを」
すぱこーんっと良い音がして、アルフレッドが前のめりに倒れた。
「何を考えてらっしゃるのかしら? いえ、それは誰が着るのかしら? もちろん、あなたよね? アルフレッド?」
般若の如き形相のフランソワが、アルフレッドの衿を掴んで詰め寄る。
「私にも着てほしいと言うのなら、喜んで着よう。フランソワとお揃いのにゃんこ」
頬を緩めたアルフレッドの目は、虚ろながら輝きを増している。
「私は着ないわよ?! 一人で着ていなさい!」
「そんな、フランソワ! にゃんこのフランソワが見たいんだ。きっと愛らしいよ。いつもの君も素敵だけど」
なんだか混沌としてきたようである。
常識人だと思っていた皇太子夫妻も、色々あるようだ。この世界にはまともな人間はいないのかもしれないと、雪乃は他人事のように考えた。
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