『種族:樹人』を選んでみたら 異世界に放り出されたけれど何とかやってます

しろ卯

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ヒイヅル編

296.子供たちは目を輝かせて

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 杖を掲げて、モーセの如く海を割る魔法使い。
 更には直径二メートルから四メートルほどの海水の球体が、空中に幾つも浮かんでいる。中では色とりどりの熱帯魚が、パニックを起こしながら泳いでいた。
 ファンタジー世界らしい現象だが、この世界はそこまで元の世界から乖離してはいない。
 当然の如く、目撃した人々は顎を落とし、子供たちは目を輝かせて歓声を上げた。

「やりすぎです! 綺麗ですけど、戻してください」
「えー?」

 慌てて雪乃は海を元に戻させる。

「お気持ちは大変嬉しいですし、とても幻想的で素敵でした。ですがここには他の人もいますし、何よりお魚さんたちの迷惑ですから」
「魚のことなんて放っておけば良いじゃない? 死んだら食べればいいんだからさ」

 確かにそのとおりではあるが、そうですねとすんなり納得して良い言い訳でもない。
 雪乃は額を押さえて肩を落とす。

「ところでユキノちゃん、海水が苦手みたいだから、体の周りに障壁を張って、掛からないようにしておくね?」
「おおー。それは助かります。ありがとうございます」
「どーいたしましてー」

 今度は素直にお礼を言った雪乃に、ノムルは機嫌を直してへらりと笑む。
 そこへカイが戻ってきた。

「船は五日後の昼前に出航するそうだ。先に宿を確保しておくか? まだシーズン前だが、遅くなると埋まってしまうかもしれない」

 夏になると大勢の旅行客が海を楽しみに訪れるらしい。内陸に住む人間たちにとって海は珍しく、ポーカンの町で夏を過ごす貴族や富豪が多いらしい。

「ユキノちゃんがゆっくり休める所を用意しろ」

 上からな態度で命令するノムルにも慣れたのか、カイは表情一つ変えない。

「それなら宿はやめて、内陸側に移動したほうが良いだろう。海沿いは栄えているが、内陸側には森が残り、冒険者以外の人間が近付くことは少ない」

 カイの情報により、宿は取らずに日暮れ前に森に移動して、そこで野宿することに決まった。
 ノムルとカイまで森で寝起きする必要はないはずなのだが、二人とも雪乃から離れるつもりは無いようだ。いつもに比べて、どこかぴりぴりとした気配をまとっているようにも見える。

 三人は町を散策がてら、町へと繰り出す。
 ポーカンの町は白を基調とした建物で統一されており、青い海と対比して涼しげで美しい景観をしていた。
 行きかう人々も初夏に相応しく、女性たちは淡い色合いのワンピースやブラウスとスカートに、日よけに大きなつばの付いた帽子を被っている。
 男性たちもシャツに緩いズボンと、くつろいだ格好をしていた。

 華やかな声に視線を向ければ、女性たちが真珠らしきものや貝殻のアクセサリーに夢中になっている。
 女性たちは大陸で採れる宝石とは異なる素材のアクセサリーに、目を輝かせては、連れの男性たちにねだっているようだ。
 誰でも出入りできる気軽な土産屋から、警備の傭兵が入り口に立つ高級感あふれる店まで、様々な身分の観光客に対応している。

「ユキノちゃんも、欲しいものがあったら言うんだよー?」

 女の子が父親らしき男にねだるやり取りを目にしたノムルが、雪乃に声を掛けてきた。
 雪乃は伸ばしかけていた枝を止めると、枝の先にある貝殻のような素材でできた、星型のネックレスを見つめる。淡い空色をしているが、角度を変えると虹が見える。
 しかし雪乃は枝を引っ込めた。
 あまりノムルに甘えてはいけないと思いつつも、ここまでの道中でも充分、甘えている。甘えすぎていると言っても良いかもしれない。
 ふむうと呻き声を上げた雪乃の様子に、カイが察する。

「雪乃もこういうものが欲しいのか? これなら船で渡ってからのほうが、質も良いし安いぞ?」
「そうなのですか?」
「ああ。そもそもこれは、向こうの産物だ。商船が買い付けたり、流れ着いたものを使っていたりするのだろう」

 シーマー国を何度も訪れているカイからの情報に、雪乃は視線を向けていた商品への意識を、購入から見物へと切り替える。

「金なんて気にする必要ないんだよ」

 雪乃がカイを頼る姿に、ノムルは悪態を吐く。

「よし、ユキノちゃん、あの店でユキノちゃんに似合う、最高のアクセサリーを買おう」

 対抗心を燃やしたノムルが指差したのは、一際真っ白に輝く三階建てのアクセサリーショップだった。警備の兵二人が扉を守る、見るからに高級そうなお店だ。
 ちょうど白色の馬車が、向こうから走ってきて店の前で停まった。海をイメージしたと思われる、貝や人魚の彫刻が施された、豪華な馬車だ。
 すぐに黒の燕尾服を着た店員が迎えに出てきて、馬車の扉を開ける。

 馬車から現れたのは、栗色の髪をした貴族のおじ様だった。質の良い生地で作った、レースたっぷりの白いシャツを軽く着崩している。
 その後ろから、彼の手にエスコートされて、金色の髪の女性が出てくる。
 顔に日が当たらないように、顔も見えないほどに広いつばを持つ白の帽子を被り、藍白色の清楚なワンピースを着た女性は、おじ様にエスコートされて店へと入っていった。
 その洗練された仕草で、彼らが上流貴族であると一目で分かる。

 雪乃は無言でその様子を見詰めていた。
 周囲の観光客たちも、雪乃同様に騒ぐのをやめて貴族の男女に視線を送っている。
 ぱたりと扉が閉まったところで、静止していた町の空気が動き出した。

「ユキノちゃん? どうかしたの?」

 雪乃は額を押さえて、やり場のない怒りとも情けなさとも思える感情に、ふるふると震える。
 映画のワンシーンに使われそうな、優美な貴族の男女に見惚れていた雪乃だが、その視界には邪魔するものがあったのだ。
 動かなくなった雪乃の前で、何度もノムルの手が振られ、時としてどアップの顔が視界を占拠する。
 もちろん、何も言わずに枝で押しのけたが。

「じゃあ、行こっか」

 雪乃が動き出したと認識した途端、進み出すノムル・クラウ。行き先は、もちろん先ほど彼が示した店だ。

「え? ちょっと待ってください。先ほどの様子を見ていましたよね? あそこは私たちのような庶民が……」

 と言いかけた雪乃だが、視線の先を見て言葉を切った。
 実物を見ているとまったくそうは思えないのだが、ノムルは魔法ギルド総帥である。実質、アラージ国の王なのだ。

「断る理由がありませんでした。……はっ、ドレスコードが引っかかるのでは?」

 慌てて探し出した理由を述べてみたのだが、

「魔法使いにとってローブは正装でもあるからな」

 味方だと思っていたカイに、一刀両断されてしまった。
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