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ヒイヅル編
341.エルフ領の手前まで
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幹を捻ってカイの顔を見上げると、口元は柔らかいのに、眉間には深いしわが寄っていて、とっても不快そうだ。
「ええっと、カイさんとノムルさんが全然違うことは、ちゃんと分かっていますよ? カイさんはあんな変人ではありません」
「そうか。分かっているならいいんだ」
「あい」
雪乃は神妙に頷いておいた。いつも温厚なカイを怒らせると、なんだかとても怖い気がした。
互いの腹を割ったところで、獣人たちは再び移動を開始する。
ここからはなだらかな道が続くということで、雪乃は輿に戻された。とはいえ、整備された道どころか獣道でさえない、下草が伸び放題の道なき道なのだが。
そうして森の奥深くにあるエルフ領の手前まで獣人たちに送ってもらった雪乃は、そこで一人の女性と対面した。
老女のようにも見えるが、二十代後半にも見える、神秘的で美しい女性だ。
白百合のような肌に、日を透かした若葉のように美しい輝きを放つ瞳が二つと、桜の花びらのような唇が品よく並んでいた。深緑色の長く真っ直ぐな髪は艶やかで、水浴びをしてきたかのようだ。
長く尖った耳が、彼女が人間ではないことを伝えているが、それを抜きにしても人間とは思えぬ美しさを持つ。エルフと呼ばれる種族で間違いないだろう。
獣人たちは彼女の姿を見止めると、慌てて跪く。
「樹人の御子をお連れしました。供物もお持ちしましたので、お納めください」
エルフは雪乃を送ってくれた獣人たちに、これより先に入ることを許さなかった。あらかじめ予測していたのだろう獣人たちは、不満を口にすることも顔に出すこともせず、来た道を戻っていく。
ただ一人カイだけは、心配そうに雪乃を振り返ってから、仲間たちを追うように駆け出した。
獣人たちの姿が見えなくなると、エルフは雪乃と向き合う。
「お会いできて光栄ですわ、お母様。この森の管理を任せられております、ラスエルです」
エルフの女性ラスエルは、雪乃を見て微笑む。
「なぜ私がお母様なのでしょう? 私はまだ子供なのですが?」
以前にもダークエルフのダルクから、母上と呼ばれたことがある。しかし雪乃には、当然ながら心当たりなど無い。
少し不快感を抱きながら口にすれば、ラスエルはふふっと笑み崩れた。
「たしかに、少し語弊があるかもしれませんね。私を産んでくださったのは、先々代のお母様ですから。それに当代のお母様は、まだ幼くていらっしゃる」
雪乃を上から下まで見たラスエルは、少し残念そうに眉を下げながら、頬に手を当て小首を傾げる。
どうやら雪乃が彼女の本当の母というわけではなく、単に彼女たちの母と同属という意味らしいと、雪乃は結論付ける。
「つまりラスエルさんは樹人から生まれたから、樹人を母と慕う、ということでしょうか?」
推論を述べれば、ラスエルは嬉しそうにくしゃりと笑んだ。
「正確には少し違いますわね。普通の樹人からは生まれませんわ。千年に一度だけ生まれる樹人の王だけが、私たちエルフを生み出すことができるのです」
人間の感覚だと、叔母様などの呼び方が正しい気もするが、その呼び名もどうかと思ったので、指摘しないでおくことにした。
雪乃はラスエルに誘われるまま、森の中を進んでいく。
マンドラゴラたちに探しに行ってもらうまでもなく、そこここに薬草が生えていて、次々と薬草図鑑が埋まっていった。
「この森には、たくさんの薬草があるのですね。助かります」
一時間ほど歩いただけでも、ずいぶんと多くの薬草を採取できた。
雪乃がほくほくと笑顔を向けると、ラスエルは嬉しそうに顔をほころばせたが、その表情はどこか悲しそうだ。
「エルフたちが大陸に足を運び、集めてきた植物が根を張っているのです」
雪乃は人間たちから、エルフたちは博識で薬草に詳しいとい聞いていた。
樹人の血を引くゆえに、植物を集めて育てる習性を持っているのだろうかと、雪乃はそう判断しようとしたのだが、
「次代のお母様が、早く王となるために」
というラスエルの言葉で、予測を訂正することになった。
どうやらエルフの趣味ではなく、樹人の王のためだったようだ。代々の王たちも、薬草コンプリートを達成するための旅をしたのだろう。
「な、なるほど。ありがとうございます」
知らぬ間にお世話になっていたようだと、雪乃はぺこりと幹を曲げた。
微笑んで受けたラスエルだが、なぜか沈痛な表情となり、うつむいてしまう。
「実は先代のお母様は、魔王と呼ばれる者に奪われてしまったのです」
「へ?」
思いがけない台詞に、雪乃の口から情けない音がこぼれ出た。
そっと視線を逸らして考える。
(奪われるたというのは、どういう意味でしょう? 先代の樹人の御子も、魔王にならないか勧誘されていたのでしょうか?)
ふむうっと、雪乃は幹を捻った。
悩む雪乃に気付くことなく、ラスエルの話は進んで行く。
「成木となったお母様であれば、手出しはできなかったでしょう。ですから、まだ幼木だった先代お母様をかどわかしたのです」
なんだか物騒な話になってきたようだ。
ラスエルを生んだ樹人の王は、先々代の樹人の王だった。エルフの寿命は千年と少し、長いと二千年近く生きる者もいるという。
しかしもう長い間、二千年近く生きるエルフはいないのだとか。
「私は先々代のお母様が生んでくださった、最後のエルフになります」
ラスエルが生まれてからしばらくして、老衰して力を失いかけていた樹人の王に代わる、次の御子が誕生した。
御子の気配を感じ取ったエルフたちは、新たな母の誕生を祝い、兄弟に会える日を待ちわびる。そして獣人たちに伝えて、大陸に御子を探しに行かせた。
だが獣人たちが持ち帰った報せは、魔王が樹人の御子を連れ去ってしまったという悲報だった。
何度か獣人たちとエルフたちで御子の奪還を計るが、魔王の圧倒的な力を前に、敗走せざるを得なかった。そして多くのエルフや獣人が、大陸から戻ってこなかったという。
命を落とした者だけではない。負傷した者を中心に、人間たちに見つかり、捕らわれた者もいた。
樹人の御子の身を案じていたエルフたちだが、御子の情報は待てど暮らせど来なかった。
エルフたちは焦燥に駆られたが、しばらくして樹人の王が成木となった気配を、エルフたちは感じ取る。だがそれは、待ち焦がれていた幸福ではなかった。
「ええっと、カイさんとノムルさんが全然違うことは、ちゃんと分かっていますよ? カイさんはあんな変人ではありません」
「そうか。分かっているならいいんだ」
「あい」
雪乃は神妙に頷いておいた。いつも温厚なカイを怒らせると、なんだかとても怖い気がした。
互いの腹を割ったところで、獣人たちは再び移動を開始する。
ここからはなだらかな道が続くということで、雪乃は輿に戻された。とはいえ、整備された道どころか獣道でさえない、下草が伸び放題の道なき道なのだが。
そうして森の奥深くにあるエルフ領の手前まで獣人たちに送ってもらった雪乃は、そこで一人の女性と対面した。
老女のようにも見えるが、二十代後半にも見える、神秘的で美しい女性だ。
白百合のような肌に、日を透かした若葉のように美しい輝きを放つ瞳が二つと、桜の花びらのような唇が品よく並んでいた。深緑色の長く真っ直ぐな髪は艶やかで、水浴びをしてきたかのようだ。
長く尖った耳が、彼女が人間ではないことを伝えているが、それを抜きにしても人間とは思えぬ美しさを持つ。エルフと呼ばれる種族で間違いないだろう。
獣人たちは彼女の姿を見止めると、慌てて跪く。
「樹人の御子をお連れしました。供物もお持ちしましたので、お納めください」
エルフは雪乃を送ってくれた獣人たちに、これより先に入ることを許さなかった。あらかじめ予測していたのだろう獣人たちは、不満を口にすることも顔に出すこともせず、来た道を戻っていく。
ただ一人カイだけは、心配そうに雪乃を振り返ってから、仲間たちを追うように駆け出した。
獣人たちの姿が見えなくなると、エルフは雪乃と向き合う。
「お会いできて光栄ですわ、お母様。この森の管理を任せられております、ラスエルです」
エルフの女性ラスエルは、雪乃を見て微笑む。
「なぜ私がお母様なのでしょう? 私はまだ子供なのですが?」
以前にもダークエルフのダルクから、母上と呼ばれたことがある。しかし雪乃には、当然ながら心当たりなど無い。
少し不快感を抱きながら口にすれば、ラスエルはふふっと笑み崩れた。
「たしかに、少し語弊があるかもしれませんね。私を産んでくださったのは、先々代のお母様ですから。それに当代のお母様は、まだ幼くていらっしゃる」
雪乃を上から下まで見たラスエルは、少し残念そうに眉を下げながら、頬に手を当て小首を傾げる。
どうやら雪乃が彼女の本当の母というわけではなく、単に彼女たちの母と同属という意味らしいと、雪乃は結論付ける。
「つまりラスエルさんは樹人から生まれたから、樹人を母と慕う、ということでしょうか?」
推論を述べれば、ラスエルは嬉しそうにくしゃりと笑んだ。
「正確には少し違いますわね。普通の樹人からは生まれませんわ。千年に一度だけ生まれる樹人の王だけが、私たちエルフを生み出すことができるのです」
人間の感覚だと、叔母様などの呼び方が正しい気もするが、その呼び名もどうかと思ったので、指摘しないでおくことにした。
雪乃はラスエルに誘われるまま、森の中を進んでいく。
マンドラゴラたちに探しに行ってもらうまでもなく、そこここに薬草が生えていて、次々と薬草図鑑が埋まっていった。
「この森には、たくさんの薬草があるのですね。助かります」
一時間ほど歩いただけでも、ずいぶんと多くの薬草を採取できた。
雪乃がほくほくと笑顔を向けると、ラスエルは嬉しそうに顔をほころばせたが、その表情はどこか悲しそうだ。
「エルフたちが大陸に足を運び、集めてきた植物が根を張っているのです」
雪乃は人間たちから、エルフたちは博識で薬草に詳しいとい聞いていた。
樹人の血を引くゆえに、植物を集めて育てる習性を持っているのだろうかと、雪乃はそう判断しようとしたのだが、
「次代のお母様が、早く王となるために」
というラスエルの言葉で、予測を訂正することになった。
どうやらエルフの趣味ではなく、樹人の王のためだったようだ。代々の王たちも、薬草コンプリートを達成するための旅をしたのだろう。
「な、なるほど。ありがとうございます」
知らぬ間にお世話になっていたようだと、雪乃はぺこりと幹を曲げた。
微笑んで受けたラスエルだが、なぜか沈痛な表情となり、うつむいてしまう。
「実は先代のお母様は、魔王と呼ばれる者に奪われてしまったのです」
「へ?」
思いがけない台詞に、雪乃の口から情けない音がこぼれ出た。
そっと視線を逸らして考える。
(奪われるたというのは、どういう意味でしょう? 先代の樹人の御子も、魔王にならないか勧誘されていたのでしょうか?)
ふむうっと、雪乃は幹を捻った。
悩む雪乃に気付くことなく、ラスエルの話は進んで行く。
「成木となったお母様であれば、手出しはできなかったでしょう。ですから、まだ幼木だった先代お母様をかどわかしたのです」
なんだか物騒な話になってきたようだ。
ラスエルを生んだ樹人の王は、先々代の樹人の王だった。エルフの寿命は千年と少し、長いと二千年近く生きる者もいるという。
しかしもう長い間、二千年近く生きるエルフはいないのだとか。
「私は先々代のお母様が生んでくださった、最後のエルフになります」
ラスエルが生まれてからしばらくして、老衰して力を失いかけていた樹人の王に代わる、次の御子が誕生した。
御子の気配を感じ取ったエルフたちは、新たな母の誕生を祝い、兄弟に会える日を待ちわびる。そして獣人たちに伝えて、大陸に御子を探しに行かせた。
だが獣人たちが持ち帰った報せは、魔王が樹人の御子を連れ去ってしまったという悲報だった。
何度か獣人たちとエルフたちで御子の奪還を計るが、魔王の圧倒的な力を前に、敗走せざるを得なかった。そして多くのエルフや獣人が、大陸から戻ってこなかったという。
命を落とした者だけではない。負傷した者を中心に、人間たちに見つかり、捕らわれた者もいた。
樹人の御子の身を案じていたエルフたちだが、御子の情報は待てど暮らせど来なかった。
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