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ヒイヅル編
342.生き残っているエルフは
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ラスエルを生んだ母親とは全く異質のおぞましい気配に、エルフたちは戦慄した。けれどそれもわずかな時間。
「一月も経たぬうちに、新たなお母様の気配は消えました」
樹人の王は枯れ落ちた。
それは、新しい精霊やエルフが生まれないことを意味する。
「私を産んでくださったお母様は、寿命が尽きる前に眠りに就きました。精霊たちを絶やさぬために」
先々代の樹人の王は、眠ることで延命を試みる。そして精霊たちが滅びぬように、時折目覚めて精霊を生み出した。けれどそれにも限界が来る。
雪乃の視界の先には、巨木だったと思われる大きな幹があった。数メートルはあるであろう見上げるほどの高さだが、残っているのは幹の下のほうだけだ。中は空洞になっており、野球場のように広い。
「少し前に……。もう少し生きておられれば、新しいお母様とお会いできたかもしれませんのに」
ラスエルは愛しそうに、そして切なげに、樹人の王だった幹を白く透き通る手で優しく撫でる。母との記憶でも思いだしているのだろうか。
顔を上げた彼女は雪乃に振り返る。
「お母様、一刻も早く、成木となってくださいませ。そして、私に弟妹を与えてください」
隔離された森ゆえに獣人たちさえ知らなかったが、この森で生き残っているエルフは、最後に生まれたラスエルだけとなっていた。
もしかすると、先代樹人の王を探しに行ったエルフが大陸に残っているかもしれないそうだが、可能性は低いという。
家族を求めるラスエルの瞳は、新たな樹人の御子を映し、歓喜に潤んでいる。
だが雪乃は居心地悪く視線を逸らした。ラスエルの気持ちは理解できる。しかし、物事にはできることとできないことがあるのだ。
ちらりと、雪乃はラスエルを見る。
「うっ」
期待を込めた眼差しが、ちくちくと雪乃を刺す。だらだらと、葉裏や幹に汗のようなものが滴り落ちた。
雪乃は樹人として生まれて、まだ一年ほど。人間だった頃の記憶を合わせても、まだ十代前半なのだ。子供を生むなど、せめてあと五年は待ってほしい。
そう思うのだが、ラスエルを見れば決して言える雰囲気ではなかった。
「ぜ、善処シマス」
「はい」
にっこりと朗らかに微笑む美しいラスエルに、雪乃は勝てそうにない。くうっと口葉を噛んでへの字に曲げるのだった。
雪乃はラスエルと共に、薬草採取を再開する。孤独な日々を送ってきたのであろうラスエルは、新しい母親である雪乃と過ごせて嬉しそうだ。
「ところで、ラスエルさんは樹人の王から生まれたのですよね? その、いったいどうやって?」
樹人には生殖に関わる器官は見当たらない。不思議に思った雪乃が問えば、
「花が咲いて生まれました」
と、にべもなく答えられた。
親指姫のように、花から出てくるようだ。マンドラゴラたちは枝からにょっきり生えてくるが。
花を咲かすだけなら何とかできそうだと、雪乃は胸を撫で下ろす。その間にも、ラスエルの説明は続く。
「初めは精霊として生まれたのですが、お母様のお側にいたいと願い、エルフになりました」
「エルフは精霊なのですか?」
驚ききょとりと見つめた雪乃に、ラスエルはにこりと笑みを向ける。
「精霊の中でも特に力を持った精霊が肉体を持つことを望むと、お母様が肉体を与えてくださり、エルフとなります。物質化することで精霊のような自由は失われてしまいますが、代わりに生涯お母様のお世話をする権利を得るのです」
どうやらお母さん好きな精霊たちが、エルフになるようだ。
「樹人の王は、精霊を生むのですね?」
ここまでの話でもそんな感じに取れる話はあったのだが、なんとなく流していたので、改めて確認してみる。
「お母様は全てのエルフと精霊の母。お母様がいなければ、精霊はいずれ消滅するでしょう」
ラスエルを見つめたまま、雪乃は固まる。
この世界には魔法がある。人の持つ魔力を精霊たちに与え、魔法は発動されるのだ。つまり、
「樹人の王がいなくなったら、この世界から魔法はなくなってしまうのでしょうか?」
ということだろうかと思って聞いてみれば、
「もちろん、そうなるでしょう。実際に、過去にはエルフと精霊が絶え、魔法がなくなった時代もあるそうです」
と、にこにこと微笑みながら、ラスエルは答えた。
雪乃はそうっと幹を捻って視線を逃がす。思っていた以上に、雪乃は重要な存在だったようだ。
うっかり死んでしまったら、大魔王ノムルが降臨するだけでなく、精霊が滅びかねない。世界を守るためにも、何としても生き残らなければならないと、心に誓う。
「しかしならばなぜ、私は魔王に?」
知れば知るほど謎は深まっていくようだ。雪乃は幹を傾げたが、答えは出てこない。仕方ないので視点を変えてみることにした。
「ダークエルフは、エルフや樹人の女王と関係あるのでしょうか?」
雪乃を母と呼ぶもう一人の存在、ダルクについても雪乃は問うてみる。
ノムルは魔王がダークエルフを生み出したと言っていたが、エルフとダークエルフが似た存在だとすると、何かヒントに繋がる点があるのではないだろうかと考えたのだが、
「ダークエルフ、ですか? それはどのような存在なのでしょうか?」
と、不思議そうにラスエルは小首を傾げた。エルフはダークエルフを知らなかったようだ。
「ええっと、私がお会いしたダークエルフは、ダルク君という名前で、ラスエルさんと同じような耳をしていました。肌は色黒、目は赤かったですね。千年前の魔王から生まれたと、人間の間では言われているそうです」
ダルクの特徴を説明すると、ラスエルは考え込む。
「私の兄弟に、そのようなエルフはおりません。先代のお母様には、エルフを生む時間などなかったでしょうし。……髪の色は如何でしたか?」
問い返されて、雪乃は思いだす。
「白というか、銀色というか、そんな色でした」
そう答えると、ラスエルは理解したようで一人頷く。
「それはエルフではありません。エルフの髪は緑色と決まっています。おそらくですが」
と言いかけたラスエルは、顔を曇らせる。
「お母様たちは生まれる際に、異世界と繋がることがあるそうです。人間たちがこの世界に来たのも、数代前のお母様が異世界に行き、連れ帰ってしまったからなのです。その者も先代のお母様が異世界より連れ帰ってしまったのではないでしょうか?」
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新作『獣帝国 』始めました。変人あります。
「一月も経たぬうちに、新たなお母様の気配は消えました」
樹人の王は枯れ落ちた。
それは、新しい精霊やエルフが生まれないことを意味する。
「私を産んでくださったお母様は、寿命が尽きる前に眠りに就きました。精霊たちを絶やさぬために」
先々代の樹人の王は、眠ることで延命を試みる。そして精霊たちが滅びぬように、時折目覚めて精霊を生み出した。けれどそれにも限界が来る。
雪乃の視界の先には、巨木だったと思われる大きな幹があった。数メートルはあるであろう見上げるほどの高さだが、残っているのは幹の下のほうだけだ。中は空洞になっており、野球場のように広い。
「少し前に……。もう少し生きておられれば、新しいお母様とお会いできたかもしれませんのに」
ラスエルは愛しそうに、そして切なげに、樹人の王だった幹を白く透き通る手で優しく撫でる。母との記憶でも思いだしているのだろうか。
顔を上げた彼女は雪乃に振り返る。
「お母様、一刻も早く、成木となってくださいませ。そして、私に弟妹を与えてください」
隔離された森ゆえに獣人たちさえ知らなかったが、この森で生き残っているエルフは、最後に生まれたラスエルだけとなっていた。
もしかすると、先代樹人の王を探しに行ったエルフが大陸に残っているかもしれないそうだが、可能性は低いという。
家族を求めるラスエルの瞳は、新たな樹人の御子を映し、歓喜に潤んでいる。
だが雪乃は居心地悪く視線を逸らした。ラスエルの気持ちは理解できる。しかし、物事にはできることとできないことがあるのだ。
ちらりと、雪乃はラスエルを見る。
「うっ」
期待を込めた眼差しが、ちくちくと雪乃を刺す。だらだらと、葉裏や幹に汗のようなものが滴り落ちた。
雪乃は樹人として生まれて、まだ一年ほど。人間だった頃の記憶を合わせても、まだ十代前半なのだ。子供を生むなど、せめてあと五年は待ってほしい。
そう思うのだが、ラスエルを見れば決して言える雰囲気ではなかった。
「ぜ、善処シマス」
「はい」
にっこりと朗らかに微笑む美しいラスエルに、雪乃は勝てそうにない。くうっと口葉を噛んでへの字に曲げるのだった。
雪乃はラスエルと共に、薬草採取を再開する。孤独な日々を送ってきたのであろうラスエルは、新しい母親である雪乃と過ごせて嬉しそうだ。
「ところで、ラスエルさんは樹人の王から生まれたのですよね? その、いったいどうやって?」
樹人には生殖に関わる器官は見当たらない。不思議に思った雪乃が問えば、
「花が咲いて生まれました」
と、にべもなく答えられた。
親指姫のように、花から出てくるようだ。マンドラゴラたちは枝からにょっきり生えてくるが。
花を咲かすだけなら何とかできそうだと、雪乃は胸を撫で下ろす。その間にも、ラスエルの説明は続く。
「初めは精霊として生まれたのですが、お母様のお側にいたいと願い、エルフになりました」
「エルフは精霊なのですか?」
驚ききょとりと見つめた雪乃に、ラスエルはにこりと笑みを向ける。
「精霊の中でも特に力を持った精霊が肉体を持つことを望むと、お母様が肉体を与えてくださり、エルフとなります。物質化することで精霊のような自由は失われてしまいますが、代わりに生涯お母様のお世話をする権利を得るのです」
どうやらお母さん好きな精霊たちが、エルフになるようだ。
「樹人の王は、精霊を生むのですね?」
ここまでの話でもそんな感じに取れる話はあったのだが、なんとなく流していたので、改めて確認してみる。
「お母様は全てのエルフと精霊の母。お母様がいなければ、精霊はいずれ消滅するでしょう」
ラスエルを見つめたまま、雪乃は固まる。
この世界には魔法がある。人の持つ魔力を精霊たちに与え、魔法は発動されるのだ。つまり、
「樹人の王がいなくなったら、この世界から魔法はなくなってしまうのでしょうか?」
ということだろうかと思って聞いてみれば、
「もちろん、そうなるでしょう。実際に、過去にはエルフと精霊が絶え、魔法がなくなった時代もあるそうです」
と、にこにこと微笑みながら、ラスエルは答えた。
雪乃はそうっと幹を捻って視線を逃がす。思っていた以上に、雪乃は重要な存在だったようだ。
うっかり死んでしまったら、大魔王ノムルが降臨するだけでなく、精霊が滅びかねない。世界を守るためにも、何としても生き残らなければならないと、心に誓う。
「しかしならばなぜ、私は魔王に?」
知れば知るほど謎は深まっていくようだ。雪乃は幹を傾げたが、答えは出てこない。仕方ないので視点を変えてみることにした。
「ダークエルフは、エルフや樹人の女王と関係あるのでしょうか?」
雪乃を母と呼ぶもう一人の存在、ダルクについても雪乃は問うてみる。
ノムルは魔王がダークエルフを生み出したと言っていたが、エルフとダークエルフが似た存在だとすると、何かヒントに繋がる点があるのではないだろうかと考えたのだが、
「ダークエルフ、ですか? それはどのような存在なのでしょうか?」
と、不思議そうにラスエルは小首を傾げた。エルフはダークエルフを知らなかったようだ。
「ええっと、私がお会いしたダークエルフは、ダルク君という名前で、ラスエルさんと同じような耳をしていました。肌は色黒、目は赤かったですね。千年前の魔王から生まれたと、人間の間では言われているそうです」
ダルクの特徴を説明すると、ラスエルは考え込む。
「私の兄弟に、そのようなエルフはおりません。先代のお母様には、エルフを生む時間などなかったでしょうし。……髪の色は如何でしたか?」
問い返されて、雪乃は思いだす。
「白というか、銀色というか、そんな色でした」
そう答えると、ラスエルは理解したようで一人頷く。
「それはエルフではありません。エルフの髪は緑色と決まっています。おそらくですが」
と言いかけたラスエルは、顔を曇らせる。
「お母様たちは生まれる際に、異世界と繋がることがあるそうです。人間たちがこの世界に来たのも、数代前のお母様が異世界に行き、連れ帰ってしまったからなのです。その者も先代のお母様が異世界より連れ帰ってしまったのではないでしょうか?」
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