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魔王復活編
357.勇者への進化が完了しました
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「雪乃?!」
慌ててカイが駆け戻ってきた。雪乃へと伸ばしたカイの手を、ムダイが遮る。
「ムダイ殿?!」
戸惑いと叱責を含ませ、カイは鋭くにらみつけた。
「大丈夫だから、大人しく見ていて」
焦りと憤りをにじませながらムダイを見つめるカイだが、すぐに雪乃に視線を戻す。光は小さな樹人の体に収束していった。
「雪乃!」
すぐさまカイは雪乃を飛びつくように抱き上げる。
「雪乃、大丈夫か?」
心配そうに顔をのぞきこみ、幹や枝を検分する。必死の形相に、雪乃はされるがままだ。
「カイ君も充分に過保護だなあ」
呆れたようにムダイが呟くと、きつと睨みつけられた。
「雪乃に何かあったらどうする気だ?」
雪乃を抱きかかえたまま、カイはムダイに詰め寄る。
「大丈夫だよ。こっちは危険は少ないって」
と言いながら、ムダイは左手を上げて空から降ってきた二枚のカードを掴む。
「ちょっとムダイさん? なんで先に見るんですか?!」
雪乃が抗議するが、気にせずムダイはカードを確認する。カードを見たムダイの口元が緩んだ。
「はい、どうぞ」
吹き出しそうになるの耐えながら綺麗な微笑を作り、カードを差し出した。雪乃は奪うように受け取ると、内容を確認する。
『勇者への進化が完了しました』
「……存じております」
虚ろな視界で文字を追うと、投げやりに答え、次のカードへ移る。
『勇者の剣を手に入れて、勇者であると証明しましょう』
雪乃はそっと視線を外す。
「行き先は決まったようです」
「そうだね」
がっくりと項垂れる雪乃を、ムダイは楽しそうに見ている。一人蚊帳の外となっているカイは眉をひそめているが、何も言わずに雪乃に従うようだ。
再びぴー助の背中に乗った雪乃たちは、ゴリンからルモンに戻る途中で立ち寄った、勇者の聖剣が収められていると伝えられている山に向かう。
「……魔王効果だね」
眼下を見下ろしたムダイは、ぽつりと呟いた。
以前訪れたときは人っ子一人いなかった駅には、大勢の騎士や冒険者らしき人たちが集っている。人々が向かう方向は皆同じようで、蟻の行列のように一本の線ができていた。
「彼らと取り引きをして権利を譲るという手が」
「もう進化しちゃったからね。諦めなよ」
「くうっ」
雪乃は悔しそうに葉噛みする。
上空を飛行する飛竜に気付いた人々が顔を上げ、何か叫んでいる。剣や槍を持つ者は武器を掲げて威嚇しているだけだが、矢が放たれたり、魔法が放たれたりし始めた。
「がううー」
ぴー助はかわすが、数が多い。下からの攻撃では、背に乗るムダイにはぴー助の体が邪魔をして何もできない。
見かねたカイが矢だけでも焼き落とそうと、火魔法を放つ。火炎放射器どころか地上と空を隔てる火の海が現れ、矢はもちろん、魔法使いが放った魔法までも焼き尽くした。
火は空中を薙いだだけで地面には到達していないが、熱波で下にいる人々が熱中症気味だ。中には膝を突いている者もいる。
「え? カイさん?」
「やりすぎじゃない?」
ノムルじみた極大魔法に、雪乃とムダイは驚いてカイを見た。なぜか魔法を放った張本人であるカイまで、あ然として固まっている。
「ぴー助に届きそうな矢だけを払うつもりだったのだが。というより、これほどの威力、俺の魔力では不可能なはずだ」
困惑しながら、魔法を放った右手をしげしげと見ている。その時、カイの肩の上で満足そうな声がした。
「わー!」
胸を張るように根を反らしている。
「まさか、マンドラゴラの仕業なのでしょうか?」
「わー」
こくりと頷くマンドラゴラ。褒めてとばかりに、きらりと根を光らせる。
雪乃たちは黙ってマンドラゴラを見つめる。
マンドラゴラは赤くなって、恥ずかしそうに根を捩った。
「マンドラゴラたちの謎が更に深く……。彼らは本当に、薬草マンドラゴラなのでしょうか?」
「わー?」
疑問を投じる雪乃に、カイとムダイも心は同じと俯いた。ほめてもらえなかったマンドラゴラは、不満そうに声を上げる。
それはさておき、
「このままだと死者が出かねないから、ちょっと行って話してくるよ」
ということで、ムダイがぴー助から飛び降り、冒険者や騎士らしき人たちの集団に飛び込んでいった。
飛竜から飛び降りてきた赤ずくめの男を見た人々は、攻撃を飛竜からムダイに切り替えた。空中でかわすこともできないムダイに、魔法やら弓やらが容赦なく浴びせられる。
剣を薙いだ風圧で攻撃の大半を封じ、漏れた攻撃は剣や蹴りで叩きのめしていく。
「魔法って、蹴りでどうにかなるものなんですね」
「普通は魔力をまとわなければ無理だ。あんな力技で対処できるのは、ムダイ殿だけだと思うぞ?」
「がううー?」
「わー?」
現実から目を逸らして夏の日差しを見上げる雪乃とカイを、ぴー助とマンドラゴラは、不思議そうに見つめる。
地上では降臨した戦闘狂が、人々を蹂躙していく。何のためにムダイが単独で下りたのか、まったく意味がなかったと、雪乃とカイは呆れ果てていた。
「なぜ私はいつも、仲間が負わした怪我の治療をしているのでしょう?」
ムダイの暴走が終わってから地上に降りた雪乃は、疑問を口にしながらも赤い戦闘狂の被害者達を救済する。
「いやあ、ごめんよ。でも君たちだって悪いんだよ? 騎竜か野生の竜種か確認もせずに攻撃するんだから」
爽やか笑顔を振りまくムダイには、傷一つ付いていない。さすがに服は砂埃などで汚れてはいたが。
ルモンが誇るSランク冒険者の登場に、居合わせた冒険者たちは感動して目を輝かせたり、賛辞の言葉を送ったりしている。
重傷を負わされても喜べる彼らもまた、ムダイと同じ危ない扉を開いているのかもしれない。
中には騎士や他国の者と思われる人々を中心に、悪態を吐いている者もいるようだが、敵わないと悟っているのだろう。面と向かって言う者はいなかった。
怪我人の治療を全て終わる頃には、空は赤みがかり始めていた。今日は勇者の聖剣を取りに行くことは諦めて、人の列から離れた所で野営することにする。
ぴー助に乗って充分に離れた所で、三人は地表に下りた。
寝心地の良さそうな地面を探す雪乃とマンドラゴラの様子を窺いながら、カイはおもむろに右手を空に向けると、魔力を込め、魔法を発動してみる。
「わー」
高層ビル並の火柱が、カイの手から迸った。
土の状態を確かめていた雪乃は、根を止めて振り返り、火柱を見上げる。地面に座り込んでいたムダイもまた、空を見上げた。
慌ててカイが駆け戻ってきた。雪乃へと伸ばしたカイの手を、ムダイが遮る。
「ムダイ殿?!」
戸惑いと叱責を含ませ、カイは鋭くにらみつけた。
「大丈夫だから、大人しく見ていて」
焦りと憤りをにじませながらムダイを見つめるカイだが、すぐに雪乃に視線を戻す。光は小さな樹人の体に収束していった。
「雪乃!」
すぐさまカイは雪乃を飛びつくように抱き上げる。
「雪乃、大丈夫か?」
心配そうに顔をのぞきこみ、幹や枝を検分する。必死の形相に、雪乃はされるがままだ。
「カイ君も充分に過保護だなあ」
呆れたようにムダイが呟くと、きつと睨みつけられた。
「雪乃に何かあったらどうする気だ?」
雪乃を抱きかかえたまま、カイはムダイに詰め寄る。
「大丈夫だよ。こっちは危険は少ないって」
と言いながら、ムダイは左手を上げて空から降ってきた二枚のカードを掴む。
「ちょっとムダイさん? なんで先に見るんですか?!」
雪乃が抗議するが、気にせずムダイはカードを確認する。カードを見たムダイの口元が緩んだ。
「はい、どうぞ」
吹き出しそうになるの耐えながら綺麗な微笑を作り、カードを差し出した。雪乃は奪うように受け取ると、内容を確認する。
『勇者への進化が完了しました』
「……存じております」
虚ろな視界で文字を追うと、投げやりに答え、次のカードへ移る。
『勇者の剣を手に入れて、勇者であると証明しましょう』
雪乃はそっと視線を外す。
「行き先は決まったようです」
「そうだね」
がっくりと項垂れる雪乃を、ムダイは楽しそうに見ている。一人蚊帳の外となっているカイは眉をひそめているが、何も言わずに雪乃に従うようだ。
再びぴー助の背中に乗った雪乃たちは、ゴリンからルモンに戻る途中で立ち寄った、勇者の聖剣が収められていると伝えられている山に向かう。
「……魔王効果だね」
眼下を見下ろしたムダイは、ぽつりと呟いた。
以前訪れたときは人っ子一人いなかった駅には、大勢の騎士や冒険者らしき人たちが集っている。人々が向かう方向は皆同じようで、蟻の行列のように一本の線ができていた。
「彼らと取り引きをして権利を譲るという手が」
「もう進化しちゃったからね。諦めなよ」
「くうっ」
雪乃は悔しそうに葉噛みする。
上空を飛行する飛竜に気付いた人々が顔を上げ、何か叫んでいる。剣や槍を持つ者は武器を掲げて威嚇しているだけだが、矢が放たれたり、魔法が放たれたりし始めた。
「がううー」
ぴー助はかわすが、数が多い。下からの攻撃では、背に乗るムダイにはぴー助の体が邪魔をして何もできない。
見かねたカイが矢だけでも焼き落とそうと、火魔法を放つ。火炎放射器どころか地上と空を隔てる火の海が現れ、矢はもちろん、魔法使いが放った魔法までも焼き尽くした。
火は空中を薙いだだけで地面には到達していないが、熱波で下にいる人々が熱中症気味だ。中には膝を突いている者もいる。
「え? カイさん?」
「やりすぎじゃない?」
ノムルじみた極大魔法に、雪乃とムダイは驚いてカイを見た。なぜか魔法を放った張本人であるカイまで、あ然として固まっている。
「ぴー助に届きそうな矢だけを払うつもりだったのだが。というより、これほどの威力、俺の魔力では不可能なはずだ」
困惑しながら、魔法を放った右手をしげしげと見ている。その時、カイの肩の上で満足そうな声がした。
「わー!」
胸を張るように根を反らしている。
「まさか、マンドラゴラの仕業なのでしょうか?」
「わー」
こくりと頷くマンドラゴラ。褒めてとばかりに、きらりと根を光らせる。
雪乃たちは黙ってマンドラゴラを見つめる。
マンドラゴラは赤くなって、恥ずかしそうに根を捩った。
「マンドラゴラたちの謎が更に深く……。彼らは本当に、薬草マンドラゴラなのでしょうか?」
「わー?」
疑問を投じる雪乃に、カイとムダイも心は同じと俯いた。ほめてもらえなかったマンドラゴラは、不満そうに声を上げる。
それはさておき、
「このままだと死者が出かねないから、ちょっと行って話してくるよ」
ということで、ムダイがぴー助から飛び降り、冒険者や騎士らしき人たちの集団に飛び込んでいった。
飛竜から飛び降りてきた赤ずくめの男を見た人々は、攻撃を飛竜からムダイに切り替えた。空中でかわすこともできないムダイに、魔法やら弓やらが容赦なく浴びせられる。
剣を薙いだ風圧で攻撃の大半を封じ、漏れた攻撃は剣や蹴りで叩きのめしていく。
「魔法って、蹴りでどうにかなるものなんですね」
「普通は魔力をまとわなければ無理だ。あんな力技で対処できるのは、ムダイ殿だけだと思うぞ?」
「がううー?」
「わー?」
現実から目を逸らして夏の日差しを見上げる雪乃とカイを、ぴー助とマンドラゴラは、不思議そうに見つめる。
地上では降臨した戦闘狂が、人々を蹂躙していく。何のためにムダイが単独で下りたのか、まったく意味がなかったと、雪乃とカイは呆れ果てていた。
「なぜ私はいつも、仲間が負わした怪我の治療をしているのでしょう?」
ムダイの暴走が終わってから地上に降りた雪乃は、疑問を口にしながらも赤い戦闘狂の被害者達を救済する。
「いやあ、ごめんよ。でも君たちだって悪いんだよ? 騎竜か野生の竜種か確認もせずに攻撃するんだから」
爽やか笑顔を振りまくムダイには、傷一つ付いていない。さすがに服は砂埃などで汚れてはいたが。
ルモンが誇るSランク冒険者の登場に、居合わせた冒険者たちは感動して目を輝かせたり、賛辞の言葉を送ったりしている。
重傷を負わされても喜べる彼らもまた、ムダイと同じ危ない扉を開いているのかもしれない。
中には騎士や他国の者と思われる人々を中心に、悪態を吐いている者もいるようだが、敵わないと悟っているのだろう。面と向かって言う者はいなかった。
怪我人の治療を全て終わる頃には、空は赤みがかり始めていた。今日は勇者の聖剣を取りに行くことは諦めて、人の列から離れた所で野営することにする。
ぴー助に乗って充分に離れた所で、三人は地表に下りた。
寝心地の良さそうな地面を探す雪乃とマンドラゴラの様子を窺いながら、カイはおもむろに右手を空に向けると、魔力を込め、魔法を発動してみる。
「わー」
高層ビル並の火柱が、カイの手から迸った。
土の状態を確かめていた雪乃は、根を止めて振り返り、火柱を見上げる。地面に座り込んでいたムダイもまた、空を見上げた。
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