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103.良い御身分だな

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「俺たちへのヘイトを集めるだけ集めて逃げるわけか。良い御身分だな」

 はっと鼻で笑ったノムルに対して、ムダイはぴしりと固まる。
 彼の視線が車内を見回すと、三角に尖っていた乗客たちの目が、とろけるように目じりを下げたり、尊敬を込めて輝いたりと、見事に変化した。
 指先で軽く頬を掻いたムダイは、息を吐きながら肩を落とす。

「僕が撒いた種ですね。すみません。ですがノムルさんは、こういうことは気にしないタイプでしょう?」
「俺はな」

 短く正確な答えに、ムダイの表情が引きつりノムルの隣へと視線が動いた。そこにいるのは、まだ幼い少女である。悪意の塊にさらしてよい存在ではない。

「あー、分かりました。一等車はご自由に使ってください。ですが僕も依頼を受けての移動ですから、キーヨトからは戻りますよ?」
「交渉成立だな。んじゃあ、ここの切符だ」
「はい、ではどうぞ」

 上手い具合に一等車の切符を手に入れたノムルは、遠慮することなく次の駅でユキノと共に三等車を下り、一等車に移動した。
 乗り込む際に、執事服を着た乗務員に引き留められたので切符を見せたのだが、怪訝な顔をされた。

「こちらの切符は、ムダイ様のものだと思いますが?」
「ああ。譲ってもらった」

 ノムルの言葉を信じる気はないようで、素直に乗り込ませてはくれないようだ。
 それも当然か。庶民の半年分の収入に匹敵する一等車の切符を、誰とも分からない者に譲るなど、常識的に考えれば有り得ないだろう。

「まさか俺が盗むか脅し取ったとでも? Sランク冒険者を? さすがにそれはムダイを舐めすぎじゃないか?」

 実際は脅し取ったようなものだが。
 自分の失言に気付いたらしき乗務員は、はっと表情を強張らせると、ノムルを一等車の中に入れた。

「おとーさん……」

 ユキノからなんだか呆れたような眼差しを向けられているが、気にすることなくノムルは最奥に置かれたソファに腰を沈めた。
 機関車が動き出すと、風景も流れていく。

 最後尾に位置する車両の大きな窓から見える景色に、ユキノは葉を輝かせて見入っている。先ほどノムルに向けていたちょっと残念な感情は、どこかに吹き飛んでしまったようだ。

「貴族どもが使うとは聞いていたけど、たしかに他の車両に比べると段違いだな。食事や酒も付いてるとか、至れり尽くせりだ」

 ソファの前に据えられていたローテーブルの下から引き出した、冊子を開いてみる。
 沿線沿いの名産品や観光情報が書かれた物や、車内で注文できる食事のメニューが掲載されていた。

 何気なく眺めていたノムルの視線が、一点で止まる。

「おい」
「なんですか?」
「お前、水にこだわってたよな?」

 樹人の幼木は人間のような食事は取らないが、水は必要とする。ユキノは与えた水によって、美味しそうに葉をきらめかせたり、特に反応せずに吸収していた。

「そうですね。美味しいお水は美味しいです」

 言葉が変だが、ノムルはスルーする。

「じゃあ、この水を注文しとくか? 水竜が好んだとかいう湧き水だ」
「おお! それは飲んでみたいです」

 というわけで、ノムルは途中の駅で取り寄せられる湧き水と、きのこ尽くし弁当を注文しようとしたのだが、切符を買った本人でなければ注文できないと断られてしまった。

「仕方ない」

 次の駅でムダイを呼び戻し、注文させた。

「もう諦めて一緒に国境まで行きませんか?」

 食事用に誂えてある、テーブル席の椅子に座っているムダイが苦笑しながら提言してきた。
 ノムルは顔をしかめて答えない。

「すみません、おとーさんは私のことを心配してくれているのです」
「単に戦闘狂のストーカーと一緒になんて居たくないだけだ。いつ暴れ出すか分からない爆弾なんか抱えてたら、まともに休めないだろうが」

 しゅんっと葉を萎れさせるユキノの言葉に被せるように、ノムルはぶっきらぼうに言い放つ。
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