隻腕令嬢の初恋

しろ卯

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23.わた、私

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「わた、私、辛くて」
「うん」
「でも、お父様もお母様を失って寂しいのに、悲しませたら駄目だって。なのに気を抜くと弱音が出てきそうで。だから何も言えなくて……」
「パフィーさんは優しいんだね」

 心の底に押し込んで、蓋をして、開きそうになるたびに重石を重ねた感情が、噴水のように飛び出してくる。
 こんな子供みたいな感情を外に出したら駄目だって思うのに、抑えないといけないって分かっているのに、閉じようとする蓋を押しのけて溢れ続けた。

「きっと、僕は兄や先輩たちがいて、彼らに気持ちをぶつけられたから立ち上がれたんだ。一人で溜め込んで大変だったね。我慢しなくていいから、全部吐き出しちゃいなよ」

 優しい声。大きな手が頭を撫でてくれる。
 子供のように泣きじゃくる私を、ムーカ様は咎めることなく泣き止むまで待ってくれた。


「す、すみません」
「気にしないで。むしろ光栄だよ。感情を見せてくれたってことは、信頼してもらえたってことだ。君から見て、僕は信用できる人間に見えるということだろう? それって、とても嬉しいことだ」

 柔らかな口調が私の心を軽くしてくれる。
 ただ場所が場所なので、我に返った私はムーカ様に泣き顔を見られたこと以上に、恥ずかしくて居たたまれない。
 まだ魔法省の建物内だ。今は廊下に人気はないけれど、泣いている間に何人か通りかかったはずだ。

「気にすることないよ。魔法使いは基本的に他人に興味がないからね。明日になれば、さっぱり忘れているさ」
「そうでしょうか?」
「そういうことにしておこう?」
「まあ!」

 笑顔で飄々と告げられて、私も笑ってしまう。

「そういえば先程スターベルと聞こえた気がするのですが、その、詩人スターベル氏とは関係ないですよね?」

 気恥ずかしい思いを隠したくて、話題を逸らす。
 館に閉じこもっている間、私の心を慰めてくれた詩集。マグレーン様とムーカ様の会話の中に、作者であるスターベルと同じ名前が聞こえた気がして気になっていたのは本当だ。
 
「そのスターベル様だよ?」
「え? マンドラゴラの話をしていた気がするのですけど?」
「マンドラゴラだよ? ナルツ様の相棒で、詩人としても活躍しているスターベル様だろう?」

 マンドラゴラ? あの素敵な詩を書いたスターベルが、マンドラゴラ?
 まさか王都には、マンドラゴラが溢れているのだろうか。

「知らない? 魔王討伐に当たって、精霊王様が勇者たちに知性のあるマンドラゴラをお授けになったんだ。一株はマグレーン殿のマー様。もう一株が聖女様のティンクルベル様。そして唯一の雄株である、勇者ナルツ様のスターベル様」

 知らない。知性のあるマンドラゴラって何? スターベルに自分を重ねていた私はいったい?

『僕には君に薔薇を捧げるための腕がない
 だから愛の言葉を捧げよう
 幻想の薔薇を捧げても君は喜ばない
 だから真実の愛を捧げよう
 ティンクルベル ティンクルベル
 嗚呼、愛しい君』

 たしかにスターベルには腕がないのだろう。なぜならマンドラゴラだから。

「討伐には伝説の冒険者ともう一人参加していたらしいけど、彼らは魔王討伐以降、行方が分からない。だから確認されている精霊王のマンドラゴラは三株だけだね」
「そうなんですね」

 心配してくれたムーカ様が館まで送ってくれたけれど、スターベルのことがショック過ぎて、何を話したかは憶えていない。
 とりあえず、マグレーン様のマンドラゴラが人間並の知能を保有していることは理解できた。

 あれほど恋焦がれていたマグレーン様への想いは、この日を境に熱が引くように消えてしまった。

「これでよかったのですよ、お嬢様。顔は良くても年が離れすぎていますし、お嬢様にはもっと相応しい方がおられます」

 魔法省へ通わなくなった私に、カレットが嬉しそうに微笑む。周りを見れば、カレット以外の使用人たちも私に優しい顔を向けていた。
 マグレーン様が仰っていた通り、私は心を閉ざしていたようだ。

 後日、お詫びの手紙を送った侯爵家の令嬢からお茶会に誘われて、ムーカ様とたびたびお会いすることになるのだけれど、それはまた別のお話。


fin



 ***
 
 マグレーンのその後を番外編としてupします。
 ちなみにマグレーンたちは、「『種族:樹人』を選んでみたら」「婚約破棄に巻き込まれた騎士は、ヒロインにドン引きする」など『種族:樹人』シリーズに登場しています。
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