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22.少し消耗していますね
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「少し消耗していますね。近衛への移動はまだ叶わないのですか?」
「ええっと……まあ……」
「左右の足の長さが変われば、体全体に歪みが出ます。まだ気にするほどではありませんけれど、この調子だと十年経たずに買い換えて頂くことになるかと」
「待って! それは無理ですって。これだってどれだけ父上に拝み倒して買ってもらったか。しかも二足目は値段が倍になるんでしょう?」
義足を調べていたマグレーン様が淡々と告げる言葉に、ムーカ様は声を荒げた。
侯爵家の御子息なのに、なぜ義足の購入でそんなに苦労されたのだろうか。侯爵様は御子息の怪我を見ても、心を痛めなかったのだろうか。
ムーカ様が気の毒になって来て、つい彼の顔を見てしまう。
「あなたの事情なんて知りませんよ。払えないのなら、自分で素材を採ってきたらどうですか? そうすればその分は値引きしますよ?」
「無茶言わないでください! ナルツ様ですら青ざめる魔境なんでしょう? 無理です」
「だったら黙って支払うか、丁寧に使ってください。こっちだって命がけなんですから」
「……はい」
ムーカ様は沈黙した。
二人の話を聞いていた私は青ざめて左腕に視線を向ける。
お父様は二つ返事で義手の購入を決めてくれた。だから深く考えてなかったけれど、侯爵家の御子息が払えない金額となると、いったいこの義手はどれほどの価値があるものなのか。
途端に自分の左腕が怖くなってきた。
「お嬢様、申し訳ありません。治癒魔法は別室でなければ使えないと言われましたので、お辛いでしょうが移動を」
と、研究室に飛び込んできたカレットが、ムーカ様を見て言葉を切った。
「失礼いたしました」
「構わないよ。お連れさんがいたようで安心した」
謝るカレットにも、ムーカ様はにこにこ笑顔で対応する。
「修復と補強は終わしました。魔法石の付与はナルツに頼むでいいのですよね?」
一方のマグレーン様は、カレットの存在などないかのような振る舞いだ。
「ええ、ここだとぼったくられますけど、ナルツ様と聖女様はお優しいですから」
「ナルツは単に抜けているだけですよ。ローズマリナ様がお優しいのは確かですけど」
マグレーン様から受け取った義足をムーカ様が左足に嵌めると、木製の義足は人の肌に覆われた。立ち上がって歩いたり屈伸したりしてから、ムーカ様は満足そうに頷く。
「今回もありがとうございました。またお願いします。――パフィーさん、立てるかな? 送るよ」
「ありがとうございます」
差し出されたムーカ様の手を取りソファから立ち上がると、カレットを連れてマグレーン様の研究室を後にした。
「ムーカ様はお強いのですね」
「うん? 騎士の訓練を見学したことがあるのかな?」
「そういう意味ではなく、私は腕を失ってから、人に見られるのが怖くて館に閉じこもっていました。館に務める使用人たちにも、なるべく姿を見られないよう過ごしていました」
お父様とカレット以外は私の左腕を嘲っている気がして、避けていた。それも私が作り出した幻想だったのかもしれないけれど。
「うーん。僕の場合は傷付くことを恐れていたら成り立たない、騎士だからね。手足どころか命を失うことだって覚悟の上だ。君の場合とは違うんじゃないかな? ――まあ、実際に足を失ったときは、覚悟なんて、したつもりだけだったって思い知ったけど」
ムーカ様は、足を失った時の気持ちを語ってくれた。
周囲が心配してくれて、励ましの言葉をくれても、表面上は感謝しても心の中は醒めていたこと。足を失った時の状況を思い出しては自分が取った行動を悔やんだこと。
「見舞いに来てくれた従兄が、手足を失った彼の兄を紹介してくれてね。気の持ち方とか色々と相談に乗ってくれたんだ。マグレーン殿の義足も、彼に紹介してもらった」
日常生活には支障がない程度まで使えるても、騎士として再帰するには並大抵の努力では難しい。そう説明を受けたのに、ムーカ様は諦めなかったそうだ。
そうして見事、騎士としての復帰を果たす。
「凄いです。前向きで、努力家で、とても尊敬します」
「ありがとう。でも実際は、家の厄介者になりたくないって後ろ向きな気持ちが一番大きかったんだよ」
「それでもやっぱり、凄いと思います」
私はお父様に頼りきりで生きてきた。腕がないことを嘆いてばかりで、自分から行動しようとしなかった。
そんな私に、お父様は聖女様のドレスを贈ってくださり、この貴重な義手まで与えてくれたのだ。
当たり前だと甘受していた。でも当たり前なんかじゃなかったのかもしれない。
「私、お父様にとても愛されていたのね。……カレットも、今までありがとう」
「お嬢様……」
零れた涙が頬を伝う。カレットの声も湿気ていた。
「すみません、ハンカチは一枚しか持っていなくて」
「大丈夫です」
ないと言いながらポケットを探すムーカ様がおかしくて、笑ってしまう。失礼だと慌てて表情を取り繕おうとして、ムーカ様の笑顔が目に映った。
「やっと笑った。夜会の時も今日も、とても張りつめた表情をしていたから心配していたんだ。――今まで頑張ってきたんだね」
陽だまりのような笑顔を見た途端、体が震え、顔が歪む。何かが胸の奥から込み上がってきた。
「ええっと……まあ……」
「左右の足の長さが変われば、体全体に歪みが出ます。まだ気にするほどではありませんけれど、この調子だと十年経たずに買い換えて頂くことになるかと」
「待って! それは無理ですって。これだってどれだけ父上に拝み倒して買ってもらったか。しかも二足目は値段が倍になるんでしょう?」
義足を調べていたマグレーン様が淡々と告げる言葉に、ムーカ様は声を荒げた。
侯爵家の御子息なのに、なぜ義足の購入でそんなに苦労されたのだろうか。侯爵様は御子息の怪我を見ても、心を痛めなかったのだろうか。
ムーカ様が気の毒になって来て、つい彼の顔を見てしまう。
「あなたの事情なんて知りませんよ。払えないのなら、自分で素材を採ってきたらどうですか? そうすればその分は値引きしますよ?」
「無茶言わないでください! ナルツ様ですら青ざめる魔境なんでしょう? 無理です」
「だったら黙って支払うか、丁寧に使ってください。こっちだって命がけなんですから」
「……はい」
ムーカ様は沈黙した。
二人の話を聞いていた私は青ざめて左腕に視線を向ける。
お父様は二つ返事で義手の購入を決めてくれた。だから深く考えてなかったけれど、侯爵家の御子息が払えない金額となると、いったいこの義手はどれほどの価値があるものなのか。
途端に自分の左腕が怖くなってきた。
「お嬢様、申し訳ありません。治癒魔法は別室でなければ使えないと言われましたので、お辛いでしょうが移動を」
と、研究室に飛び込んできたカレットが、ムーカ様を見て言葉を切った。
「失礼いたしました」
「構わないよ。お連れさんがいたようで安心した」
謝るカレットにも、ムーカ様はにこにこ笑顔で対応する。
「修復と補強は終わしました。魔法石の付与はナルツに頼むでいいのですよね?」
一方のマグレーン様は、カレットの存在などないかのような振る舞いだ。
「ええ、ここだとぼったくられますけど、ナルツ様と聖女様はお優しいですから」
「ナルツは単に抜けているだけですよ。ローズマリナ様がお優しいのは確かですけど」
マグレーン様から受け取った義足をムーカ様が左足に嵌めると、木製の義足は人の肌に覆われた。立ち上がって歩いたり屈伸したりしてから、ムーカ様は満足そうに頷く。
「今回もありがとうございました。またお願いします。――パフィーさん、立てるかな? 送るよ」
「ありがとうございます」
差し出されたムーカ様の手を取りソファから立ち上がると、カレットを連れてマグレーン様の研究室を後にした。
「ムーカ様はお強いのですね」
「うん? 騎士の訓練を見学したことがあるのかな?」
「そういう意味ではなく、私は腕を失ってから、人に見られるのが怖くて館に閉じこもっていました。館に務める使用人たちにも、なるべく姿を見られないよう過ごしていました」
お父様とカレット以外は私の左腕を嘲っている気がして、避けていた。それも私が作り出した幻想だったのかもしれないけれど。
「うーん。僕の場合は傷付くことを恐れていたら成り立たない、騎士だからね。手足どころか命を失うことだって覚悟の上だ。君の場合とは違うんじゃないかな? ――まあ、実際に足を失ったときは、覚悟なんて、したつもりだけだったって思い知ったけど」
ムーカ様は、足を失った時の気持ちを語ってくれた。
周囲が心配してくれて、励ましの言葉をくれても、表面上は感謝しても心の中は醒めていたこと。足を失った時の状況を思い出しては自分が取った行動を悔やんだこと。
「見舞いに来てくれた従兄が、手足を失った彼の兄を紹介してくれてね。気の持ち方とか色々と相談に乗ってくれたんだ。マグレーン殿の義足も、彼に紹介してもらった」
日常生活には支障がない程度まで使えるても、騎士として再帰するには並大抵の努力では難しい。そう説明を受けたのに、ムーカ様は諦めなかったそうだ。
そうして見事、騎士としての復帰を果たす。
「凄いです。前向きで、努力家で、とても尊敬します」
「ありがとう。でも実際は、家の厄介者になりたくないって後ろ向きな気持ちが一番大きかったんだよ」
「それでもやっぱり、凄いと思います」
私はお父様に頼りきりで生きてきた。腕がないことを嘆いてばかりで、自分から行動しようとしなかった。
そんな私に、お父様は聖女様のドレスを贈ってくださり、この貴重な義手まで与えてくれたのだ。
当たり前だと甘受していた。でも当たり前なんかじゃなかったのかもしれない。
「私、お父様にとても愛されていたのね。……カレットも、今までありがとう」
「お嬢様……」
零れた涙が頬を伝う。カレットの声も湿気ていた。
「すみません、ハンカチは一枚しか持っていなくて」
「大丈夫です」
ないと言いながらポケットを探すムーカ様がおかしくて、笑ってしまう。失礼だと慌てて表情を取り繕おうとして、ムーカ様の笑顔が目に映った。
「やっと笑った。夜会の時も今日も、とても張りつめた表情をしていたから心配していたんだ。――今まで頑張ってきたんだね」
陽だまりのような笑顔を見た途端、体が震え、顔が歪む。何かが胸の奥から込み上がってきた。
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