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番外編
吾輩はスターベル
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吾輩はスターベル。詩人である。
愛するティンクルベルへの愛を綴った詩を見た人間が、吾輩の文才に感激し本にした。それが人間たちの間で瞬く間に人気となったのだ。
しかし肝心のティンクルベルは、今日もつれない態度である。辛い。
今朝も愛の詩を捧げたというのに、駄目出しされてしまった。
「あれ? スターベル、出かけるの?」
うむ。
「気を付けて行っておいで。日暮れまでには帰ってくるんだよ?」
この者は元勇者であり、共に魔王を封じた吾輩の相棒である。現在はこの国の皇太子に仕える近衛騎士とやらをしている。
ちなみにこの者にいは妻がいる。吾輩を差し置いて先に結婚するなど許せぬ。吾輩も早くティンクルベルの心を手に入れるのだ!
とはいえ悪いことばかりではない。相棒の妻である聖女は、吾輩が愛するティンクルベルと姉妹のように仲が良い。お蔭でほぼ毎日、彼女に会える。
さて、吾輩がどこに向かっているかといえば決まっている。紳士たるもの清潔さは肝要。つまり風呂屋である。
「スターベル、また来てくれたんだ。すぐに準備するね」
うむ。
吾輩のために魔法で水を出し風呂の用意をするこの風呂屋も、かつて共に魔王を封じた仲間である。頼れる魔法使いであった。
だが吾輩は知っている。この男は変態であると。
「わー」
吾輩が来たことに気付いたマーちゃんが挨拶にやって来た。この子はおっとりとしていて少し抜けているため、吾輩もティンクルベルも目が離せぬ。
「準備ができたよ」
風呂屋が準備した湯に浸かる。魔力がたっぷり含まれていて最高の湯加減である。これほどの風呂は、この国ではここでしか味わえない。
「聞いてくれよ、スターベル」
また愚痴か。まあよい。風呂の礼だ、聞いてやろう。話すがよい。
「最近、義手を提供した令嬢がしつこくやってくるんだよね」
この男は顔だけはいいらしいからな。人間の女どもが群がってくるのだ。吾輩の相棒も昔は女たちに群がられていた。妻を得てからは減ったがな。
しかし吾輩の相棒は鈍感すぎるので、恋愛感情を向けられていることに全く気付いていなかった。群がる女どもを気の毒に思ったほどだ。
「僕はマーちゃん一筋なのに」
知っている。お前が我が母に、マーちゃんとの結婚を申し込んだ話も聞いている。
我が母は寛容な人だ。マーちゃんが幸せならばと許可を出した。その時の映像は、母の下に残っている兄弟たちが送ってきてくれた。
母の父がポポテプでも見たかのような凄い目をこの男に向けていたのを見たときは笑った。
ちなみにポポテプとは、かつての我らが王が、飢餓に苦しむ者たちに与えた食料である。色々とサービスした結果、味は良いが外見が凄い有り様になってしまったため、忌諱する人間もいる。
我が母と母の父は苦手らしい。
「もっと安定して義手や義足を供給できるようになったら、君たちの王様に頼んで人間を辞めさせてもらおうと思っていたんだけど。後は後続に任せて予定を早めようかなって考えてるんだよね」
人間とは面倒な生き物だからな。我らと同族になりたいという気持ちは分かる。
しかし種族を変えるにはそれなりの代償を必要とする。王もおいそれとは了承しないはずだ。
ちらりと視線を向けると、風呂屋がとろけるような眼差しを向けながらマーちゃんを撫でていた。マーちゃんも嬉しそうである。
……我が母ならば協力しかねんな。母は己の子である我らに甘い。そして王は母に大恩があるため、母の頼みは大抵聞き届けてくださる。
マーちゃんも風呂屋もそれで良いのなら、吾輩も構わぬが。
そろそろのぼせそうだ。上がるとしよう。
風呂から出ると、風呂屋の魔法で一瞬にして体の表面が乾いた。
「助かるよ」
風呂屋は吾輩の残り湯を見て喜色を浮かべる。
吾輩は知っている。この男が吾輩の残り湯を瓶詰にして、高額で取り引きしていることを。
まあ吾輩に害はないので構わないが。
しかしマーちゃんの残り湯を嬉々として飲んでいる姿を見たときは、さすがに引いた。我が母の父も変態だと思っていたが、この男はさらに上をいく変態かもしれない。
魔法使いは変態が多い。
さて、風呂も浴びたし帰るとしよう。
新たな詩を書いて、ティンクルベルの気持ちを吾輩に向かせなければならない。
ティンクルベル、ティンクルベル、愛しい君よ。
月日は流れ……。
今日も振られてしまった。いつになったら彼女の心を射止めて受粉させてもらえるのだろうか。
傷心していると、我が相棒が問いかけて来た。
「ねえ、スターベル? マグレーンがマンドラゴラになってフレックの所に現れたそうなんだけど、人間がマンドラゴラになれるものなの?」
吾輩は葉を上下に揺らして肯定を示す。
「え? 希望したら誰でもなれるの?」
これには葉を左右に捻って否定を示す。
マンドラゴラになるためには肉体を捨てて魂だけになる必要がある。さらに魂を適切な状態にしなければならないが、それには多くの魔力が必要だ。
風呂屋は耐えられるだけの魔力を持っていたから叶ったのだ。残念ながら、我が相棒は望んでも無理だろう。
そしてなにより、我らが王がお認めにならなければなれない。
「そっか、やっぱりマーちゃんのためだからなんだね」
その通りである。
「マグレーンが幸せなら、それでいっかあ」
呑気な相棒と話していると、後方にいた彼の妻が笑顔を引きつらせていた。彼女の肩に乗っているティンクルベルも、引いた視線を相棒に向けている。
もしや、ティンクルベルが吾輩の愛を受け入れてくれないのは、吾輩が相棒と同じ鈍感男だと勘違いしているからではなかろうか?
……旅に出よう。
とはいえ行けるところは限られている。この辺りにはあまり良い土がないし、人間に見つかると追い回される。
もっとも、吾輩が人間如きに捕まるなど有り得ぬが。
「――なあ? なんで俺の所にマンドラゴラが集合してるんだ?」
他に行く所がないからな。
それに吾輩は知っているのだ。フレック、お前は女の気を引くのが上手いと。
「なになに? ティンクルベルの心を得るための方法を教えてほしい? そうだな。分かってくれるなんて思わないで、ちゃんと言動で示すことかな。言葉はしっかり贈っているみたいだから、あとは贈り物とか……贈り物? 腐葉土? 銘水?」
皇都には美味い土が少ない。上質な腐葉土を贈ればティンクルベルも喜んでくれそうだ。
ついでに風呂屋にも聞いておこう。マーちゃんを惚れさせた実績があるからな。
「わ? わー」
なるほど。誠心誠意尽くすことか。……すでにやっとるわ!
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※マンドラゴラのお風呂の残り湯=魔力回復薬
ティンクルベルが冷たい態度を取るのは、詩人デビューしてスターベルの性格が変わったのが最大の原因です。
ちなみに詩を書くときは、二股の根の一方にインクを付けて、足で地面に書くようにして書いています。
愛するティンクルベルへの愛を綴った詩を見た人間が、吾輩の文才に感激し本にした。それが人間たちの間で瞬く間に人気となったのだ。
しかし肝心のティンクルベルは、今日もつれない態度である。辛い。
今朝も愛の詩を捧げたというのに、駄目出しされてしまった。
「あれ? スターベル、出かけるの?」
うむ。
「気を付けて行っておいで。日暮れまでには帰ってくるんだよ?」
この者は元勇者であり、共に魔王を封じた吾輩の相棒である。現在はこの国の皇太子に仕える近衛騎士とやらをしている。
ちなみにこの者にいは妻がいる。吾輩を差し置いて先に結婚するなど許せぬ。吾輩も早くティンクルベルの心を手に入れるのだ!
とはいえ悪いことばかりではない。相棒の妻である聖女は、吾輩が愛するティンクルベルと姉妹のように仲が良い。お蔭でほぼ毎日、彼女に会える。
さて、吾輩がどこに向かっているかといえば決まっている。紳士たるもの清潔さは肝要。つまり風呂屋である。
「スターベル、また来てくれたんだ。すぐに準備するね」
うむ。
吾輩のために魔法で水を出し風呂の用意をするこの風呂屋も、かつて共に魔王を封じた仲間である。頼れる魔法使いであった。
だが吾輩は知っている。この男は変態であると。
「わー」
吾輩が来たことに気付いたマーちゃんが挨拶にやって来た。この子はおっとりとしていて少し抜けているため、吾輩もティンクルベルも目が離せぬ。
「準備ができたよ」
風呂屋が準備した湯に浸かる。魔力がたっぷり含まれていて最高の湯加減である。これほどの風呂は、この国ではここでしか味わえない。
「聞いてくれよ、スターベル」
また愚痴か。まあよい。風呂の礼だ、聞いてやろう。話すがよい。
「最近、義手を提供した令嬢がしつこくやってくるんだよね」
この男は顔だけはいいらしいからな。人間の女どもが群がってくるのだ。吾輩の相棒も昔は女たちに群がられていた。妻を得てからは減ったがな。
しかし吾輩の相棒は鈍感すぎるので、恋愛感情を向けられていることに全く気付いていなかった。群がる女どもを気の毒に思ったほどだ。
「僕はマーちゃん一筋なのに」
知っている。お前が我が母に、マーちゃんとの結婚を申し込んだ話も聞いている。
我が母は寛容な人だ。マーちゃんが幸せならばと許可を出した。その時の映像は、母の下に残っている兄弟たちが送ってきてくれた。
母の父がポポテプでも見たかのような凄い目をこの男に向けていたのを見たときは笑った。
ちなみにポポテプとは、かつての我らが王が、飢餓に苦しむ者たちに与えた食料である。色々とサービスした結果、味は良いが外見が凄い有り様になってしまったため、忌諱する人間もいる。
我が母と母の父は苦手らしい。
「もっと安定して義手や義足を供給できるようになったら、君たちの王様に頼んで人間を辞めさせてもらおうと思っていたんだけど。後は後続に任せて予定を早めようかなって考えてるんだよね」
人間とは面倒な生き物だからな。我らと同族になりたいという気持ちは分かる。
しかし種族を変えるにはそれなりの代償を必要とする。王もおいそれとは了承しないはずだ。
ちらりと視線を向けると、風呂屋がとろけるような眼差しを向けながらマーちゃんを撫でていた。マーちゃんも嬉しそうである。
……我が母ならば協力しかねんな。母は己の子である我らに甘い。そして王は母に大恩があるため、母の頼みは大抵聞き届けてくださる。
マーちゃんも風呂屋もそれで良いのなら、吾輩も構わぬが。
そろそろのぼせそうだ。上がるとしよう。
風呂から出ると、風呂屋の魔法で一瞬にして体の表面が乾いた。
「助かるよ」
風呂屋は吾輩の残り湯を見て喜色を浮かべる。
吾輩は知っている。この男が吾輩の残り湯を瓶詰にして、高額で取り引きしていることを。
まあ吾輩に害はないので構わないが。
しかしマーちゃんの残り湯を嬉々として飲んでいる姿を見たときは、さすがに引いた。我が母の父も変態だと思っていたが、この男はさらに上をいく変態かもしれない。
魔法使いは変態が多い。
さて、風呂も浴びたし帰るとしよう。
新たな詩を書いて、ティンクルベルの気持ちを吾輩に向かせなければならない。
ティンクルベル、ティンクルベル、愛しい君よ。
月日は流れ……。
今日も振られてしまった。いつになったら彼女の心を射止めて受粉させてもらえるのだろうか。
傷心していると、我が相棒が問いかけて来た。
「ねえ、スターベル? マグレーンがマンドラゴラになってフレックの所に現れたそうなんだけど、人間がマンドラゴラになれるものなの?」
吾輩は葉を上下に揺らして肯定を示す。
「え? 希望したら誰でもなれるの?」
これには葉を左右に捻って否定を示す。
マンドラゴラになるためには肉体を捨てて魂だけになる必要がある。さらに魂を適切な状態にしなければならないが、それには多くの魔力が必要だ。
風呂屋は耐えられるだけの魔力を持っていたから叶ったのだ。残念ながら、我が相棒は望んでも無理だろう。
そしてなにより、我らが王がお認めにならなければなれない。
「そっか、やっぱりマーちゃんのためだからなんだね」
その通りである。
「マグレーンが幸せなら、それでいっかあ」
呑気な相棒と話していると、後方にいた彼の妻が笑顔を引きつらせていた。彼女の肩に乗っているティンクルベルも、引いた視線を相棒に向けている。
もしや、ティンクルベルが吾輩の愛を受け入れてくれないのは、吾輩が相棒と同じ鈍感男だと勘違いしているからではなかろうか?
……旅に出よう。
とはいえ行けるところは限られている。この辺りにはあまり良い土がないし、人間に見つかると追い回される。
もっとも、吾輩が人間如きに捕まるなど有り得ぬが。
「――なあ? なんで俺の所にマンドラゴラが集合してるんだ?」
他に行く所がないからな。
それに吾輩は知っているのだ。フレック、お前は女の気を引くのが上手いと。
「なになに? ティンクルベルの心を得るための方法を教えてほしい? そうだな。分かってくれるなんて思わないで、ちゃんと言動で示すことかな。言葉はしっかり贈っているみたいだから、あとは贈り物とか……贈り物? 腐葉土? 銘水?」
皇都には美味い土が少ない。上質な腐葉土を贈ればティンクルベルも喜んでくれそうだ。
ついでに風呂屋にも聞いておこう。マーちゃんを惚れさせた実績があるからな。
「わ? わー」
なるほど。誠心誠意尽くすことか。……すでにやっとるわ!
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※マンドラゴラのお風呂の残り湯=魔力回復薬
ティンクルベルが冷たい態度を取るのは、詩人デビューしてスターベルの性格が変わったのが最大の原因です。
ちなみに詩を書くときは、二股の根の一方にインクを付けて、足で地面に書くようにして書いています。
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