改大和型戦艦一番艦「若狭」抜錨す

みにみ

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開戦までのカウントダウン

迫る開戦

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四月上旬。
改大和型戦艦若狭の第一艦橋直下、艦内構造の中でも最も重厚に設えられた一角に
連合艦隊司令部長官公室はあった。防音と防振を兼ねた隔壁に囲まれ
外洋航行中であっても、ここだけは奇妙なほど静かだ。

黒崎哲郎は、その静けさの中に身を置きながら、背筋にわずかな緊張を覚えていた。
この場に集められた顔ぶれが、その理由を雄弁に物語っている。

長官、山本五十六。
その左右には、古賀峯一、小沢治三郎
南雲忠一、福留繁、草鹿龍之介、宇垣纏、豊田副武。
そして、場違いとも言える若さを残したまま、黒崎自身が末席に座っていた。

「さて……」

山本が、静かに口を開いた。
その声は低く、だが艦内放送よりも確実に全員の耳に届く重みを持っていた。

「今日、君たちを集めた理由は一つだ。
 欧州戦線の実情が、ようやく断片ではなく、全体像として見え始めた。
 ……そして、それが我々にとって、決して他人事ではない段階に入ったからだ」

机上に広げられた資料。
写真、戦果報告、弾着分布図、航空攻撃損害表。

最初に示されたのは、ドイツ戦艦による陸上火力投射の記録だった。

「この通りだ」

山本が指で示す。
コンクリート陣地を正確に粉砕する弾着。
観測機と連携した連続射撃。

「まぁ、地上兵器の数倍に近い口径で
 しかも精度も高い戦艦砲だ。対地攻撃にはうってつけ、というわけだな」

南雲が腕を組みながら言う。
その声音には、感心と同時に、どこか苦い響きがあった。

黒崎は、その資料を凝視していた。
弾道。着弾散布。修正間隔。
そこに映っているのは、単なる戦果ではない。
砲と観測と指揮系統が、一つの機械として噛み合った結果だった。

「各国とも、これを見て黙ってはいない」

山本は、次の資料を開いた。

「英国では、ライオン級がすでに二番艦まで就役している。
 ドイツはH三九級の次級を計画、すでに建造中だ。
 ソ連はソビエツキー・ソユーズ級、二番艦まで就役。三番艦、四番艦も建造中」

一瞬の沈黙。

「……そして、米国だ」

その一言で、室内の空気がさらに重くなる。

「モンタナ級。諸君らも知っているだろうが、
 机上の空論ではなくなった。九月頃には、最前線部隊への投入が現実味を帯びている」

黒崎は、喉の奥がわずかに乾くのを感じた。
モンタナ級。
若狭が、まさに仮想敵として設計段階から意識してきた存在。

「つまりだ」

山本は、黒崎の方を一瞬見てから、全員を見回した。

「若狭は、もはや象徴ではない。存在するだけで
 相手の作戦を縛る抑止力になりつつある。
 ……そして、抑止力というものは、いつか必ず試される」

その言葉の意味を、誰もが理解していた。
山本は、声を一段落とす。

「戦争は、近い。これは公式には言えん。だが、君たちには伝えておく必要がある」

沈黙。
黒崎は、その瞬間、腹の底が冷えるような感覚を覚えた。

「独軍戦艦が撃破してきた敵機は、低速、低防御の英国ソードフィッシュ
 アルバコア、バラクーダ。あるいは
 ソ連の低速重防御のIL2、低速低防御のSu2だ」

山本の視線が、今度は真っ直ぐに黒崎を捉えた。

「しかし、仮想敵である米国の新鋭雷撃機は違う。
 TBFのような高速、重防御の機体に対して
 若狭がどうなるかは、まだ誰にもわからん」

黒崎は、唇を噛みしめながら聞いていた。

「だからだ」

山本は、はっきりと告げる。

「それを落とせることを、訓練で証明しろ。理論ではなく、結果でだ」

黒崎は、深く一礼した。

「承知しました。必ず、証明してみせます」

その声には、逃げも飾りもなかった。
この瞬間、彼は悟っていた。
戦争は避けられない。
そして、その最初の試金石が、自分の防空思想なのだと。


四月末。
高知沖四十キロ。

若狭は、第一戦隊二番艦武蔵を随伴に従え
定められた演習海面に進出していた。空は高く
視程は良好。だが、その穏やかさが、かえって異様だった。

黒崎は、防空指揮所に立ち、電探表示盤を見つめていた。
今回の演習条件は、意地が悪いと言ってよかった。

標的機の来襲時刻のみが事前通達。
機数、侵入方位、高度、一切不明。
それらはすべて、武蔵に座乗する連合艦隊司令部のみが把握し
攻撃指揮は第一航空戦隊参謀、源田実が執っている。

つまり、完全な奇襲条件だ。

午前九時四十分。

「対空戦闘用意。三式一型対空電探、目標捜索開始」

号令が響く。
六式三号対空走査電探が、低い唸りを上げて回転を始めた。

数分後。

「北北東、距離百二十キロに大規模航空部隊捕捉」

黒崎の背筋が伸びる。

「この空域に味方機の存在は把握せず。敵機と考案」

「総員、戦闘配置。敵航空部隊会敵まで、残り二十分弱」

黒崎は、マイクを握った。

「各分隊、落ち着いて対処しろ。
 焦る必要はない。情報は必ず回す。こちらは見えている」

それは、自分自身に言い聞かせる言葉でもあった。

十四分後。

「敵機、距離三十キロに接近」

「六式三号走査、初め。主砲分隊、三式弾装填。射撃方位、暫し待て」

主砲で対空射撃を行うという発想自体が、異端だった。
だが、若狭の50口径砲と三式弾は、それを可能にする。

「左対空砲戦、二〇・九度。仰角、二四・九度。一番、二番砲、射撃用意」

黒崎は、息を詰めた。

「主砲、撃ち方始め」

轟音。
対空用三式弾が、空に向かって解き放たれる。

炸裂。
空中に広がる破片雲。

「敵機二、撃墜確認」

一瞬、指揮所がざわめく。

「距離詰まり過ぎだ。主砲分隊、一時休め」

次に主役となったのは、長10センチ高角砲だった。

「一式高射装置、長10センチ高角砲管制開始。自動射撃管制」

電動音。
砲が滑らかに旋回し、九時五十六分、射撃開始。

低空を這うように侵入してきた標的機が、次々と火球になる。

九時五十八分。

「標的、近距離に接近」

「高角砲、撃ち方やめ」

発射煙が止むと同時に、三式40粍機関砲が火を噴いた。
高度四千メートルから突入する標的機が、管制射撃の弾幕に呑まれていく。

そして、最後の層。

「右方向三十度より接近の敵編隊、十!」

「回せ回せ!」

「弾寄越せや!」

「給弾装置が間に合わん、下から運んでこい!」

二十五粍機銃が、訓練通りの動きを見せた。
至近距離、二千メートル以内。
人の手で追い、人の目で撃つ最後の防壁。

「四番機銃、敵機撃墜確認。続け!」

演習終了。

標的機九十機。
若狭上空に侵入できたのは、わずか四機。

黒崎は、静かに目を閉じた。
胸の奥に、熱いものが込み上げる。

理論が、現場で勝った。
初めて、そう言い切れた瞬間だった。
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