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第七章
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「まったく、お前もうまくやったものだ。王家の血を引いているとは言え、父親は既に亡く、母親の方も大した身分でもない上にその実家は既にないとなればろくな結婚相手も見つからんだろうと思っていたが、よりによって侯爵の奥方に収まるとはな。何しろお前は見かけだけはなかなかだからな。その瞳にその体……あの女もよく隠していたものだ。もっと早くに気づいていれば……」
耳に入ってくる言葉が信じられず背中に触れる手摺に寄りかかった。
「しかし、戦争中とは言え、式に唯一の肉親である私を呼ばないとは、お前もかなり薄情な姪だな。おまけに侯爵からは自分がいない間は訪問も許してくれない。手紙も受け取ってくれないし、今夜会えなければどうしようかと思ったぞ」
今朝の書斎でクリスティアーヌと子爵である彼との関係について訊ねた時、何か様子がおかしかった。なぜ叔父が結婚式に呼ばれなかったのかわからないが、ここまで徹底してクリスティアーヌと会わせないようにしていたとは知らなかった。
面会も断り、手紙も拒み、恐らくダレク辺りが主の命を受けて対応していたのだろう。
「お前が私のことを悪く言って、あることないこと吹き込んで私を遠ざけたのだろう。そうでなければ、嫁の実家に結納金も出さないなどあり得ん。お前たち母娘にろくな金を与えなかったことへの報復か」
ルイスレーン様との結婚について、ここへ来る馬車の中でもルイスレーン様の考えや気持ちは聞いた。でも、クリスティアーヌの気持ちは今の私にわかるはずもない。彼から叔父について今彼が言っていたことを否定も肯定もできない。
「黙っていると言うことは図星か。純真無垢な世間知らずな顔をして、自分は高位貴族の奥方におさまるんだからな。お前も相当なものだ。自分を高く売ったものだ。お前を妾にしてもいいと言う金持ちの隠居や商人はけっこういたのだぞ。まあ、妾より正妻になるにこしたことはないが」
「何をおっしゃっているのか……勘違いなさらないでください。夫との縁は私が仕組んだものではありません」
クリスティアーヌの考えや思いを知る術は今の私にはないが、彼女が自分から手を回すような度胸や伝があったとは到底思えない。
「生意気な口をきくな」
私の言い方に、口応えすると思っていなかったのか、子爵が間合いを詰めて左の二の腕をきつく掴んだ。
「い、痛い!」
痛みに顔を歪めた瞬間、それが合図かのように、頭の中で色々な場面がフラッシュバックする。
それは映画の予告編のように断片的で、一つ一つは繋がりがない。
優しく微笑む男女…あれは、クリスティアーヌの両親?それと重なるように『愛理』の両親の姿も浮かび上がる。
お葬式……教会の墓地。これは『クリスティアーヌ』の記憶。それから『愛理』の父の葬儀。あれは社葬の日の光景。喪主はあの人。まだあの女性のことを知らなかった頃。
今より少し若い叔父と……叔母ではない。今の私に似た女性……あれは『クリスティアーヌ』の母親。私と二人で住む家に叔父がやってきて何か言っている。そこに初めて『愛理』の前にあの女性が現れた日の光景がぼやけて重なる。
もうどちらの記憶かわからなくなり、くらくらとしてきたのを、掴まれた腕の痛みが現実に引き戻す。
「侯爵夫人になった途端、偉くなったと勘違いしているのではないか?それとも身分は低いくせにちょっと王家の血が入っているからと、私を馬鹿にしているのか?とっくに忘れていると思ったのに、いきなり国王陛下からの使者がお前たちの様子を見に来ると聞いたときには肝が冷えた」
叔父が今も何やらべらべらしゃべっているが、私は次から次へと浮かぶ記憶の断片に苛まれ、まるで思考が通信速度の制限がかかった通信機器のように遅くなる。
「聞いているのか、クリスティアーヌ」
「痛い……はなし……」
尚もきつく腕を掴まれて彼の手から逃れようとするが、後ろは手摺に遮られ動くことができない。
「普通なら夫を亡くして母娘二人で路頭に迷うところを、タダで住むところを世話してやったんだ。言っておくがな、私が子爵を継いだ時にはお前の父親の下手な投資のせいで殆ど財産らしいものなんてなかったんだぞ。それを無理に金を捻出して温情をかけてやったと言うのに、お前やお前の母親はそれを当然のように思っている。お陰で私は好きでもない資産家の妻を嫁に迎えなければならなかった」
ギリリと指を二の腕に食い込ませる。その内折れるのではないだろうか。
クリスティアーヌの父親が事業に失敗していたことなど、今の私が知るはずもない。クリスティアーヌさえ知っていたか疑わしい。
でもここで知らなかったと言ったところで、彼の怒りは収まるどころかますます煽るだけだとわかっている。
「一ヶ月待ってやろう。侯爵に私を売り込んで会えるように手筈を整えろ」
こちらが言うとおりにすることを疑わない口調だ。クリスティアーヌなら圧力に負けて言われるままにしたかも知れない。
もしかしたら決心がつかずずっと思い悩んでいたのかも知れない。
事情を知らない私と幸か不幸か入れ替わってしまい、今まできてしまった。
子爵がテラスから会場へと消えても、すぐには動けなかった。
耳に入ってくる言葉が信じられず背中に触れる手摺に寄りかかった。
「しかし、戦争中とは言え、式に唯一の肉親である私を呼ばないとは、お前もかなり薄情な姪だな。おまけに侯爵からは自分がいない間は訪問も許してくれない。手紙も受け取ってくれないし、今夜会えなければどうしようかと思ったぞ」
今朝の書斎でクリスティアーヌと子爵である彼との関係について訊ねた時、何か様子がおかしかった。なぜ叔父が結婚式に呼ばれなかったのかわからないが、ここまで徹底してクリスティアーヌと会わせないようにしていたとは知らなかった。
面会も断り、手紙も拒み、恐らくダレク辺りが主の命を受けて対応していたのだろう。
「お前が私のことを悪く言って、あることないこと吹き込んで私を遠ざけたのだろう。そうでなければ、嫁の実家に結納金も出さないなどあり得ん。お前たち母娘にろくな金を与えなかったことへの報復か」
ルイスレーン様との結婚について、ここへ来る馬車の中でもルイスレーン様の考えや気持ちは聞いた。でも、クリスティアーヌの気持ちは今の私にわかるはずもない。彼から叔父について今彼が言っていたことを否定も肯定もできない。
「黙っていると言うことは図星か。純真無垢な世間知らずな顔をして、自分は高位貴族の奥方におさまるんだからな。お前も相当なものだ。自分を高く売ったものだ。お前を妾にしてもいいと言う金持ちの隠居や商人はけっこういたのだぞ。まあ、妾より正妻になるにこしたことはないが」
「何をおっしゃっているのか……勘違いなさらないでください。夫との縁は私が仕組んだものではありません」
クリスティアーヌの考えや思いを知る術は今の私にはないが、彼女が自分から手を回すような度胸や伝があったとは到底思えない。
「生意気な口をきくな」
私の言い方に、口応えすると思っていなかったのか、子爵が間合いを詰めて左の二の腕をきつく掴んだ。
「い、痛い!」
痛みに顔を歪めた瞬間、それが合図かのように、頭の中で色々な場面がフラッシュバックする。
それは映画の予告編のように断片的で、一つ一つは繋がりがない。
優しく微笑む男女…あれは、クリスティアーヌの両親?それと重なるように『愛理』の両親の姿も浮かび上がる。
お葬式……教会の墓地。これは『クリスティアーヌ』の記憶。それから『愛理』の父の葬儀。あれは社葬の日の光景。喪主はあの人。まだあの女性のことを知らなかった頃。
今より少し若い叔父と……叔母ではない。今の私に似た女性……あれは『クリスティアーヌ』の母親。私と二人で住む家に叔父がやってきて何か言っている。そこに初めて『愛理』の前にあの女性が現れた日の光景がぼやけて重なる。
もうどちらの記憶かわからなくなり、くらくらとしてきたのを、掴まれた腕の痛みが現実に引き戻す。
「侯爵夫人になった途端、偉くなったと勘違いしているのではないか?それとも身分は低いくせにちょっと王家の血が入っているからと、私を馬鹿にしているのか?とっくに忘れていると思ったのに、いきなり国王陛下からの使者がお前たちの様子を見に来ると聞いたときには肝が冷えた」
叔父が今も何やらべらべらしゃべっているが、私は次から次へと浮かぶ記憶の断片に苛まれ、まるで思考が通信速度の制限がかかった通信機器のように遅くなる。
「聞いているのか、クリスティアーヌ」
「痛い……はなし……」
尚もきつく腕を掴まれて彼の手から逃れようとするが、後ろは手摺に遮られ動くことができない。
「普通なら夫を亡くして母娘二人で路頭に迷うところを、タダで住むところを世話してやったんだ。言っておくがな、私が子爵を継いだ時にはお前の父親の下手な投資のせいで殆ど財産らしいものなんてなかったんだぞ。それを無理に金を捻出して温情をかけてやったと言うのに、お前やお前の母親はそれを当然のように思っている。お陰で私は好きでもない資産家の妻を嫁に迎えなければならなかった」
ギリリと指を二の腕に食い込ませる。その内折れるのではないだろうか。
クリスティアーヌの父親が事業に失敗していたことなど、今の私が知るはずもない。クリスティアーヌさえ知っていたか疑わしい。
でもここで知らなかったと言ったところで、彼の怒りは収まるどころかますます煽るだけだとわかっている。
「一ヶ月待ってやろう。侯爵に私を売り込んで会えるように手筈を整えろ」
こちらが言うとおりにすることを疑わない口調だ。クリスティアーヌなら圧力に負けて言われるままにしたかも知れない。
もしかしたら決心がつかずずっと思い悩んでいたのかも知れない。
事情を知らない私と幸か不幸か入れ替わってしまい、今まできてしまった。
子爵がテラスから会場へと消えても、すぐには動けなかった。
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