【本編完結】政略結婚から逃げたいのに旦那様から逃げられません

七夜かなた

文字の大きさ
105 / 266
第八章

12

しおりを挟む
まただ。

翌朝目覚めると、またクローゼットの中だった。

「クリスティアーヌ様、起きていらっしゃいますか?」

扉を叩くマディソンの声が聞こえて、慌ててクローゼットから出る。

「どうなさいましたか?」

ガタガタとクローゼットを開ける音が聞こえたのか、マディソンが血相を変えて扉を開けた。

「おはよう」

間一髪、マディソンが入ってくるのとクローゼットの前で立ち上がるのが同時だった。

「何をされているのですか?」
「え、えっと今日は何を着ようかな…と」
「まあ、珍しい。いつも何を着るかあまり興味がございませんのに」
「……たまにはね」
「そうですね。今日はこのあたりなどいかがですか?」

そう言ってマディソンが取り出したのは紺に金の刺繍が入ったワンピースだった。

「旦那様はもう起きていらっしゃるの?それともまた書斎で徹夜を?」

「一度お休みになられたようですが、朝早くにまた書斎へ………クリスティアーヌ様こそ、きちんとお休みになられました?」

マディソンに訊ねられどきりとした。

「ちゃんと寝たわよ」

確かに寝台で寝ていた筈なのに、目が覚めたらクローゼットだった。はっきりどれ程寝たか覚えていない。

「そうですか……痣、昨日より濃くなりましたね」

着替えの途中でマディソンが腕を見て言う。

「誰にも言っていないわよね。特に旦那様には言わないで……」

昨日は結局色々ありすぎて、彼に痣のことを言う機会を逃した。

「言っておりません……ですが、あの痣……大きさから見て男性の……夜会で何かあったのでは」

「お願いマディソン……何も訊かないで。この痣もその内消えるから心配しないで」

頑なに何も言わない私にマディソンもそれ以上追及するのを諦め、残りの仕度を終えた。

初めてクローゼットで目覚めたのは夜会の夜だった。
そして夕べもクローゼットで目覚めた。

叔父との対面が引き金を引いたのは確かだ。

そしてもうひとつの不安。

ルイスレーン様のことをよく知らなかった時も、実際会ったらどんな人なのだろうかという不安はあった。でもそれはどこか人見知りのようなものだった。人と初めて会う時はいつも緊張する。それが気に入られたいと思う相手なら尚更だ。

ルイスレーン様と会ってみて、見かけは思った以上に素敵な人だった。
貴族としての教育の賜物か身のこなしも優雅で、軍人らしくきびきびとしている。
何より優しい。表情は少しわかりにくいが、時折見せる柔らかい眼差しにどきりとする。

クリスティアーヌとして生活し、彼の妻であることが幸運に思える。彼にエスコートされて側にあることがとても特別な存在になった気持ちにさせてくれる。

それ故に、この状態が崩れた時のことを思うと不安で仕方ない。
ここでは皆がよくしてくれる。ルイスレーン様とも思ってた以上にうまくいっていると思うのは私の思い違いだろうか。とにかくここは居心地が良すぎて、この場所を失ったら私は生きていけるのだろうか。自分の中で極上の味を知ってしまえば、もうそれ以外のものは色褪せ、味気無いものになってしまう。
もし、彼に見捨てられたら?経験からつい悪い方へと考えてしまう。夫だと思っていた人には実は他に女性がいて、しかも自分は二番手。それどころか最初から相手にもされていなかった。
そんなことが二度も起こるとは限らないが、ルイスレーン様が本当のところ私……クリスティアーヌをどう思っているのかわからないことには、この不安は拭えない。

朝食のために階下へ降りたところでルイスレーン様と出くわした。

「おはよう」
「おはようございます」

シャツの上にジャケットを羽織り、手袋を手に嵌めている。階級章が付いているのは軍服?背が高くて体格もがっしりしていて、制服萌えでなくても見惚れてしまう。

「もうお出かけですか?」

「ああ」

「いってらっしゃいませ」

見送るためお辞儀をすると、彼が玄関ではなく私の方に歩いてきた。

「昼には戻ってくる。本当に行きたいところはないのか?」

高級店も流行りの店もよく知らない。彼と一緒ならどこでもいいと言ったら驚くだろうか。それとも何処がいいと言った方がいいの。他の人はどうしているのだろう。

「旦那様、馬車の用意ができました」

返事に困っているとダレクが声をかけたのでルイスレーン様も今度こそ玄関に向かった。

「……ああ、わかった。もう行かねば……では、行き先は考えておく。待っていてくれ」
「いってらっしゃいませ」

「………行ってくる」

何故か一瞬言葉を詰まらせて、ルイスレーン様は出掛けていった。はっきりと行きたいところを言わない私に苛立ちを覚えたのかもしれない。彼の考えがまだわからない。どうでもいい相手ならこんなにも悩まないのだろうが、彼に気に入られたいと思っているから悩むのだと気づいて落ち込む。彼は私が妻だから気を遣ってくれているのだ。それ以上の感情などありはしない。だって彼とはまだほんの数日一緒に過ごしただけで、きっと十も年下の新妻にどう接したらいいか彼もわからず戸惑っているのだ。

彼がカッコいいことは認めよう。彼のような人と同じ家にいて、同じ空気を吸えるだけで満足すべきだ。

彼との初デートに浮かれそうになる自分に言い聞かせ、自分の気持ちに蓋をする。期待してはいけない。期待するから思った通りにならない時に絶望するのだ。
しおりを挟む
感想 139

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。 そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。 そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。 これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

処理中です...