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第八章
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「あの…………記憶を失くす前の私はこのことを……」
「知らなかったとは思う。私は話していなかったからな。この書類自体、結婚式の後に仕上がったものだから」
もう一度目の前の書類に目を通す。
カディルフ伯爵家のかつての邸。もちろん私にその場所に関する記憶はない。クリスティアーヌに取っては母親の生家だが、ここを訪れたことはあるのだろうか。
彼は私をクリスティアーヌだと思ってここまでしてくれている。体はそうでも、中身が別人だと知ったら、このことを後悔するのだろうか。クリスティアーヌの生い立ちも何の苦労もなかったわけではない。それでも彼女にはこうやって側に寄り添ってくれる夫がいて、気に掛けてくれる大勢の人がいる。もう一人の自分かも知れないクリスティアーヌがとても羨ましく思え、私は何と……誰と比べているのだろうと奇妙な気持ちになった。
彼はそれほど高くないみたいに言っていたが、いくら田舎の土地と建物と言っても、ドレス一着の値段で買えるわけはない。
あの叔父に一ダルも入らないと聞いて、ざまあみろと思ったが、目論見が外れたと知った彼の怒りがどれ程のものかと考えると、恐ろしくなった。
「逆上して何かとんでもないことをしたりしませんか?」
「怒りはするだろうが、こちらもただそれだけで済ませるつもりはない。そのための準備期間だ。向こうが一ヶ月も猶予をくれたのだから、それを有効活用させてもらう」
何か子爵に対して彼を黙らせておく弱味でも握っているのだろうか。
「心配するな。あなたはこれまで通りここで、何の憂いもなく暮らせばいい。ああ、そうだ。昨日、言ったようにあなたに護衛が付くことになった。明後日には来るように手配した」
「護衛など……」
「いいや、これは決定事項だ。邸にずっといるなら構わないが、そういうわけにもいかないだろう」
「護衛がいれば、イライザさんたちと共に出歩くのも認めてくださいますか」
ぞろぞろと人を引き連れて歩くのは気が進まないが、それが彼の譲歩なら受け入れるしかない。
「認めよう。アッシュハルクの奥方がそれで構わないなら」
「それからニコラス先生の所も………」
「まさか働きに行くと言うのか?」
「いえ、それはさすがに……平民のクリッシーが護衛を引き連れて行くわけには……ですが、やはりずっと関わっていきたいとは思っています。一度は今後のことについて相談に行きたいとは思っているんです」
「そういうことなら………」
「許してくださいますか?」
「あなたがやろうとしたことに責任を感じて全うしようとする気概は認める。それに彼は名医と評判だし、あなたの記憶喪失について理解してくれている人だ。会いに行くことは止めはしない」
「ありがとうございます。あの……何から何まで……それにこんな高価な贈り物……こんなに良くしていただいても、私には返すものがありません」
衣食住の面倒をみてもらい、土地と邸の贈り物までくれて、護衛の手配やら諸々のことをしてもらっても、私には何のお返しも出来ない。
「気を遣うことはない。記憶も早く戻ればいいが、無理なら無理でこれから先のことを考えればいい。それより、昨日今日と色々あって疲れただろう。今日はもう休みなさい。明日、もし良ければどこかに出掛けないか?」
「え、いいのですか?お仕事は……」
「根を詰めるなと言ったのはあなただ。朝の内は王宮に赴かなければならないが、午後から気軽に二人ででかけよう。どこに行きたい?」
それってデートの誘いだろうか。昨日も今日も二人で出掛けたが、気軽に二人で出かけるということに胸が踊った。
「どこに行きたいと訊かれましても……私が知っている場所はあまりありませんし……ルイスレーン様の方がご存じではありませんか?」
「私か?」
「そうです。ルイスレーン様が行きたい所へ連れていってください」
「私が………行きたいところ?」
なぜかルイスレーン様の眉がぐっと寄せられる。
「知らなかったとは思う。私は話していなかったからな。この書類自体、結婚式の後に仕上がったものだから」
もう一度目の前の書類に目を通す。
カディルフ伯爵家のかつての邸。もちろん私にその場所に関する記憶はない。クリスティアーヌに取っては母親の生家だが、ここを訪れたことはあるのだろうか。
彼は私をクリスティアーヌだと思ってここまでしてくれている。体はそうでも、中身が別人だと知ったら、このことを後悔するのだろうか。クリスティアーヌの生い立ちも何の苦労もなかったわけではない。それでも彼女にはこうやって側に寄り添ってくれる夫がいて、気に掛けてくれる大勢の人がいる。もう一人の自分かも知れないクリスティアーヌがとても羨ましく思え、私は何と……誰と比べているのだろうと奇妙な気持ちになった。
彼はそれほど高くないみたいに言っていたが、いくら田舎の土地と建物と言っても、ドレス一着の値段で買えるわけはない。
あの叔父に一ダルも入らないと聞いて、ざまあみろと思ったが、目論見が外れたと知った彼の怒りがどれ程のものかと考えると、恐ろしくなった。
「逆上して何かとんでもないことをしたりしませんか?」
「怒りはするだろうが、こちらもただそれだけで済ませるつもりはない。そのための準備期間だ。向こうが一ヶ月も猶予をくれたのだから、それを有効活用させてもらう」
何か子爵に対して彼を黙らせておく弱味でも握っているのだろうか。
「心配するな。あなたはこれまで通りここで、何の憂いもなく暮らせばいい。ああ、そうだ。昨日、言ったようにあなたに護衛が付くことになった。明後日には来るように手配した」
「護衛など……」
「いいや、これは決定事項だ。邸にずっといるなら構わないが、そういうわけにもいかないだろう」
「護衛がいれば、イライザさんたちと共に出歩くのも認めてくださいますか」
ぞろぞろと人を引き連れて歩くのは気が進まないが、それが彼の譲歩なら受け入れるしかない。
「認めよう。アッシュハルクの奥方がそれで構わないなら」
「それからニコラス先生の所も………」
「まさか働きに行くと言うのか?」
「いえ、それはさすがに……平民のクリッシーが護衛を引き連れて行くわけには……ですが、やはりずっと関わっていきたいとは思っています。一度は今後のことについて相談に行きたいとは思っているんです」
「そういうことなら………」
「許してくださいますか?」
「あなたがやろうとしたことに責任を感じて全うしようとする気概は認める。それに彼は名医と評判だし、あなたの記憶喪失について理解してくれている人だ。会いに行くことは止めはしない」
「ありがとうございます。あの……何から何まで……それにこんな高価な贈り物……こんなに良くしていただいても、私には返すものがありません」
衣食住の面倒をみてもらい、土地と邸の贈り物までくれて、護衛の手配やら諸々のことをしてもらっても、私には何のお返しも出来ない。
「気を遣うことはない。記憶も早く戻ればいいが、無理なら無理でこれから先のことを考えればいい。それより、昨日今日と色々あって疲れただろう。今日はもう休みなさい。明日、もし良ければどこかに出掛けないか?」
「え、いいのですか?お仕事は……」
「根を詰めるなと言ったのはあなただ。朝の内は王宮に赴かなければならないが、午後から気軽に二人ででかけよう。どこに行きたい?」
それってデートの誘いだろうか。昨日も今日も二人で出掛けたが、気軽に二人で出かけるということに胸が踊った。
「どこに行きたいと訊かれましても……私が知っている場所はあまりありませんし……ルイスレーン様の方がご存じではありませんか?」
「私か?」
「そうです。ルイスレーン様が行きたい所へ連れていってください」
「私が………行きたいところ?」
なぜかルイスレーン様の眉がぐっと寄せられる。
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