【本編完結】政略結婚から逃げたいのに旦那様から逃げられません

七夜かなた

文字の大きさ
262 / 266
番外編 その後の二人

42

しおりを挟む
次の日の朝はちょうど検診の日だった。
ニコラス先生とスベン先生、そしてモアラさんがやって来たが、ラジークさんはまだ体調が優れないということらしい。

彼の様子は一進一退らしい。心配ではあったが、ニコラス先生に今は自分の事に集中しろと言われた。

それにルイスレーンも他の二人も頷き、黙って従うことにした。
彼が診察、妊婦検査の場にいることに、ニコラス先生たちは特に気にしていない様子だったが、モアラさんは戸惑っているのがよくわかる。

通常貴族の家では女性の診察をする時には夫であっても立ち会わない。

元の世界では病院の許可があって希望すれば出産にまで立ち会う人もいるし、パパママ教室などもある。男性が育児だけでなく出産にまで関わることは珍しくない。
男性が体に装具を付けて妊婦体験する時もある。

動物ではメスが卵を産んでオスが卵を温めたりする種もある。
でも、こっちの世界ではお産は特に女性だけのもので、医者以外の男性が関わることは殆どない。

スベン先生、ニコラス先生の順に聴診器を当て、お腹の張り具合や足のむくみなどをモアラさんも交えて確認していく。

「どう…ですか?」

ひと通りいつもの手順の診察が終わると、ルイスレーンが緊張した面持ちで尋ねた。

「双子ですからね。胎児が一人の時に比べればお腹が大きい。でも二人分で通常の二倍というわけでもありません」
「それは、良いことなのか? それとも…」
「心配なさるようなことではありません。双子としては普通だと思います」

はっきりニコラス先生がそう言うと、ルイスレーンの体の緊張が一気に緩んだ。私もほっと力を抜く。

「閣下が無事に戻られたので、クリスティアーヌ様のお気持ちもここ最近の中では一番安定されていますし、お子様たちの心音も正常の範囲です」
「……そ、そう…」

ルイスレーンの存在ひとつでこうも変わるのかと、顔が赤らむ。

「それは私がいるだけで、彼女の役に立っているということか?」
「そういうことになりますね」
「そうか…」

ルイスレーンの口角が上がり、誰が見ても彼が喜んでいるのがわかる。
その微笑む姿は、軍の副官として厳格過ぎると言われていたとはとても思えない。
時に敵に対して容赦はないが、どこまでも私を溺愛し、大切にしてくれる愛しい人。

「そのニヤけた顔を部下に見せたらどう思うでしょうね。威厳も何もありませんな」
「せ、先生」
「なんだ? 本当のことだろ。デレデレと鼻の下を伸ばして、今でも奥方の手を握って我々の前でもまったく遠慮する気がない」

歯に衣着せぬ物言いが心情のニコラス先生の辛辣な言葉に、モアラさんが青ざめる。
いくら主治医でも侯爵相手にさすがに失礼だと慌てている。

「モアラ、大丈夫だ。彼の口が悪いのはわかっている。それに本当のことだからな」
「は、はあ…」
「妊娠は妻一人ではできない。私が男で、彼女が女で、夫婦として愛し合った結果がこうだ。隠しても仕方がない」
「ルイスレーン…それはあまりに…」

眼の前にいるのは医者と産婆。それに知っている人はどんなふうなことを男女がすれば子どもが出来るのか知っている。
けれど昼間から人前で私達はセックスしましたと堂々と言われるのは恥ずかしい。

「閣下にご講義いただかなくても、我々も伴侶も子どももおりますから存じ上げておりますよ」
「別に講釈をたれるつもりはない。私が言いたいのは妊娠にひと役買ったわりに、男親は出産まで妻を労り巣を整えるしかすることがないから、少しでも妻の支えになっているなら嬉しいということだ」
「それがそのニヤケ顔ですか」
「何とでも言っていろ。私は今機嫌がいいんだ」
「まあ、生まれてこないことには、実感などなかなか湧いてきませんな」
「そうですね。母親は悪阻やら色々体の変化を感じるのに、まして出産は決して楽観できることではありません。時に命を落とすこともあります。女性には割にあいませんな」
「子を作る行為だけ楽しんで後は任せるような後ろめたさを感じる」

男三人でいつの間にか妊娠出産について語りだす。

「クリスティアーヌ様はお幸せですね。普通ここまで妊娠について真剣に向き合ってくれる殿方はいらっしゃいませんよ。愛し合っていても、そこは女性の領分で、男は関わるべからずと思っている男性は多いですから」

ニコラス先生の率直な物言いに怒るどころか語り合うルイスレーンの様子に、モアラさんも少し緊張が和らいでいた。

「私は家族と縁が薄い。母親は早くに亡くなり、父親は侯爵家を継ぐための知識と環境は与えてくれたが、私にはずっと家長として接していた。だから父親として今クリスティアーヌのお腹の中にいる子たちにどういう態度を取ればいいかわからない。いい父親になれるか、毎日不安に思っている」

ルイスレーンが不安を口にする。完璧で何事も動じないと思っていた彼でも、私と同じように不安を抱えている。
大丈夫だと、彼の手をぎゅっと握った。

しおりを挟む
感想 139

あなたにおすすめの小説

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる

しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。 いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに…… しかしそこに現れたのは幼馴染で……?

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

処理中です...