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番外編 その後の二人
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「誰も始めから立派な親なんて慣れません」
いつかテレビの教育番組で専門家が子育てに悩む人にアドバイスしていた。
「親としてきちんと育てる責任は生じます。大変でもそこに愛情があるからやり甲斐や喜びを感じるんです。自分の血を分けた子でも自分とは違う人格を持った一人の人間ですから、思うようにいかないこともあります。それでも子供の力を信じて見守ってあげればいいんです」
事故で体が不自由になって、つけっぱなしのテレビから聞こえてきた言葉を思い出す。もう自分は子供を生んで育てることはできない。自分には持つこともできない子育ての悩み。
「あなたにとってお父上との思い出が優しいものでなかったとしても、こうして立派なリンドバルク侯爵となったのは、あなたを指導してくれたお父上の愛情だと思います」
「不躾ながら、私は先代のことも存じ上げておりますから、クリスティアーヌ様の仰ることも何となくわかります」
この中では唯一、ルイスレーン以外で彼のお父様を知るのは、この家の主治医であるスベン先生だ。
「あの方は父親としてでなく常に当主であることを優先されておりました。しかし、そうやってあの方も育てられて来られたのです。ご子息に対してどう接するか、他の方法をご存知なかっただけで、決してルイスレーン様に愛情がなかったわけではありません」
「ありがとう、スベン。ありがとう、クリスティアーヌ。少し父親になることに不安を持っていた。父の気持ちも今ならわかる気がする。子育てに正解などない。そうだな」
昨夜私が言った言葉をルイスレーンが繰り返す。
「それに私には君がいる。私が間違ったなら、諭してくれる。ありがとうクリスティアーヌ。こんな私だが、いい父親に慣れるだろうか」
「あなたはとっくにいい父親です。あ、ほら子どもたちもそう言っています」
私の言葉に同意したように動いたお腹に彼の手を持っていく。
「子どもはお腹にいる時も聞こえているそうです。だから綺麗な音楽を聞かせるといいって聞きました」
「あら、そうなんですか。初めて聞きました」
「受け売りですけど、胎教っていうそうです」
「そうすると、私の話し声が子どもたちにも届いているということか?」
「そうなりますね。意味を理解しているかはわかりませんけど」
「おまえ達、お父様だぞ。おまえ達のお母様はとても美人で優しいんだ。自慢していいぞ」
「ル、ルイスレーン、何を」
焦って皆を見れば、ルイスレーンと私を生温かい目で見ている。すでに私達が深く愛し合っていることは周知の事実でも、やはり恥ずかしい。
「やれやれ子どもにも奥方のことを自慢してどうする。まったく、これがあの鬼の副官の本性とはな」
またニコラス先生の皮肉が飛んだ。モアラさんも慣れてきたらしく、さっきほどは青ざめていない。
「でも奥様のおっしゃることは真理ですね。本当に聡明で才色兼備とは奥様のことを仰るのですわ。今日お聞きしたことは他の妊婦さんにも話してあげたいですわ」
「そんな才色兼備なんて…」
私のは単なる人の話していたことをそのまま伝えているだけなので、それを凄いと言われるのは他人の手柄を横取りした気持ちで居心地が悪い。
「クリスティアーヌが美しく聡明で優しいのは認める」
「モアラは優しいは言っていたかな?」
ルイスレーンがモアラさんの言葉に余計な形容詞を足したのを、すかさずニコラス先生が指摘した。
「間違いではないでしょう」
「ルイスレーン、あまりそんなこと外で言わないで」
「そうですよ。奥方にべた惚れだと知られたら、副官としての威厳がありませんよ」
「そうよ。仕事に支障が出てしまうわ」
屈曲な軍人としての威厳が損なわれて、他の人から軽く見られたらとニコラス先生の言葉に賛同する。
「仕事はきちんとしています。それに、妻のことを自慢して、最近は親しみやすくなったと、逆に部下が積極的に何でも頼ってくれるようになって、前より連帯感が増しているんです」
「なるほど、軍では規律も大切ですが、作戦を遂行するのにそれは大事ですね」
「今回山で何日も彷徨った時も、そうやって励まし合って過ごしました。肉体的に辛くても信頼しあい、励まし合い、楽しい話で盛り上がり、お陰で誰も悲観せず士気を上げることができました」
「大変だったですね。ご無事で良かったです」
「ありがとう。何があっても妻のもとに帰る。その気持ちがあったから頑張れました。おまけに今は子どもたちもいる」
「私があなたの生きる力に慣れて嬉しいわ」
そう言って緑と青とオレンジの混じった瞳で私を愛おしそうに見つめるルイスレーンに、私も微笑み返した。
いつかテレビの教育番組で専門家が子育てに悩む人にアドバイスしていた。
「親としてきちんと育てる責任は生じます。大変でもそこに愛情があるからやり甲斐や喜びを感じるんです。自分の血を分けた子でも自分とは違う人格を持った一人の人間ですから、思うようにいかないこともあります。それでも子供の力を信じて見守ってあげればいいんです」
事故で体が不自由になって、つけっぱなしのテレビから聞こえてきた言葉を思い出す。もう自分は子供を生んで育てることはできない。自分には持つこともできない子育ての悩み。
「あなたにとってお父上との思い出が優しいものでなかったとしても、こうして立派なリンドバルク侯爵となったのは、あなたを指導してくれたお父上の愛情だと思います」
「不躾ながら、私は先代のことも存じ上げておりますから、クリスティアーヌ様の仰ることも何となくわかります」
この中では唯一、ルイスレーン以外で彼のお父様を知るのは、この家の主治医であるスベン先生だ。
「あの方は父親としてでなく常に当主であることを優先されておりました。しかし、そうやってあの方も育てられて来られたのです。ご子息に対してどう接するか、他の方法をご存知なかっただけで、決してルイスレーン様に愛情がなかったわけではありません」
「ありがとう、スベン。ありがとう、クリスティアーヌ。少し父親になることに不安を持っていた。父の気持ちも今ならわかる気がする。子育てに正解などない。そうだな」
昨夜私が言った言葉をルイスレーンが繰り返す。
「それに私には君がいる。私が間違ったなら、諭してくれる。ありがとうクリスティアーヌ。こんな私だが、いい父親に慣れるだろうか」
「あなたはとっくにいい父親です。あ、ほら子どもたちもそう言っています」
私の言葉に同意したように動いたお腹に彼の手を持っていく。
「子どもはお腹にいる時も聞こえているそうです。だから綺麗な音楽を聞かせるといいって聞きました」
「あら、そうなんですか。初めて聞きました」
「受け売りですけど、胎教っていうそうです」
「そうすると、私の話し声が子どもたちにも届いているということか?」
「そうなりますね。意味を理解しているかはわかりませんけど」
「おまえ達、お父様だぞ。おまえ達のお母様はとても美人で優しいんだ。自慢していいぞ」
「ル、ルイスレーン、何を」
焦って皆を見れば、ルイスレーンと私を生温かい目で見ている。すでに私達が深く愛し合っていることは周知の事実でも、やはり恥ずかしい。
「やれやれ子どもにも奥方のことを自慢してどうする。まったく、これがあの鬼の副官の本性とはな」
またニコラス先生の皮肉が飛んだ。モアラさんも慣れてきたらしく、さっきほどは青ざめていない。
「でも奥様のおっしゃることは真理ですね。本当に聡明で才色兼備とは奥様のことを仰るのですわ。今日お聞きしたことは他の妊婦さんにも話してあげたいですわ」
「そんな才色兼備なんて…」
私のは単なる人の話していたことをそのまま伝えているだけなので、それを凄いと言われるのは他人の手柄を横取りした気持ちで居心地が悪い。
「クリスティアーヌが美しく聡明で優しいのは認める」
「モアラは優しいは言っていたかな?」
ルイスレーンがモアラさんの言葉に余計な形容詞を足したのを、すかさずニコラス先生が指摘した。
「間違いではないでしょう」
「ルイスレーン、あまりそんなこと外で言わないで」
「そうですよ。奥方にべた惚れだと知られたら、副官としての威厳がありませんよ」
「そうよ。仕事に支障が出てしまうわ」
屈曲な軍人としての威厳が損なわれて、他の人から軽く見られたらとニコラス先生の言葉に賛同する。
「仕事はきちんとしています。それに、妻のことを自慢して、最近は親しみやすくなったと、逆に部下が積極的に何でも頼ってくれるようになって、前より連帯感が増しているんです」
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「ありがとう。何があっても妻のもとに帰る。その気持ちがあったから頑張れました。おまけに今は子どもたちもいる」
「私があなたの生きる力に慣れて嬉しいわ」
そう言って緑と青とオレンジの混じった瞳で私を愛おしそうに見つめるルイスレーンに、私も微笑み返した。
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