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第一章 巡礼の街
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国の代表として巡礼にくる者は要人だ。
その一行の行方を阻んだ者だのだから、わざとではかったとしても、その場で処罰されても文句は言えない。
「す、すみま…」
震えながらアルブは謝った。
「ラーシルの本殿への巡礼を妨げて、謝って許されると思うな」
鋭い切っ先がアルブに突きつけられた。
(死ぬ)
アルブはここで死ぬ覚悟を決めて、目を瞑った。
「やめろ、エルマン」
それを制したのは先程アルブに声をかけた人物だった。
「イルジャ様」
「剣を収めろ」
「ですが、この者は…」
「我々は今から神殿に赴くのだ。己の身を護るためなら構わないが、無益な殺生は慎め」
エルマンと呼ばれた人物は、軽くアルブを睨みつけてから渋々剣を鞘に戻した。
成り行きを見守っていた周囲の人々から、ほっと安堵の声がして、騒動が収まったと思ったのか、立ち止まっていた足をまた動かし、人の波がまた動き出した。
(た、助かった?)
「悪かったな。私の護衛が驚かせたようだ」
その口調からイルジャという人物こそが、この行列の要人だとわかる。
改めてアルブは彼を見た。白い立て襟のシャツの上から黒の長い裾丈の上着を羽織り、腰には美しい模様の帯を巻いている。脚はピタリとした灰色のズボンと膝丈のブーツという出で立ちだ。
「あ、ありがとう…ござ、あ、あれ」
アルブは立ち上がろうとしたが、腰が抜けて立ち上がることが出来なかった。
「なんだ、腰が抜けたのか」
クスリと笑い、彼は屈み込んでアルブの腰を掴んで持ち上げた。
「あ、あり…」
一瞬彼と同じ目の高さになり、目と目が合ってしまい、慌てて顔を伏せた。
(み、見られたかな)
フードの影で見えなかったかも知れないが、色素のないアルブを見たら、不気味に思われるかも。
「ちゃんと食べているのか、羽のように軽いな」
しかし彼はアルブの軽さのことを話題にしただけで、ストンとその場にアルブを降ろす。
立つとアルブの背丈は彼の胸にようやく届くくらいだった。
「あ、あの、ありがとうございます。申し訳ごさいませんでした」
改めてアルブはお礼と謝罪を口にした。
「気にするな。しかしどうせ謝るなら俺の馬に謝ってくれ、驚いたのは彼だから」
彼は直ぐ側にいる馬を親指で指し示す。その先にいたのは美しい毛並みの栗毛の馬で、黒い目をこちらに向けていた。
「名はナイーダという」
「は、はあ…」
馬に謝れと言われ、アルブは戸惑った。
馬を間近で見たことがなく、言葉が通じるものかもわからない。
「なんだ、馬が怖いのか」
アルブの躊躇いに気づき、イルジャが面白そうな顔をした。
「あの、その…近くで見たことがなくて」
この辺りはロバや山羊ならたくさんいるが、日常で馬を使うことはあまりない。馬はもっと偉い人か、巡礼者が連れてくるのを見るだけだ。
「そうか。こいつは利口でおとなしいぞ。だが、オドオドしていたら、それを察する。ほら、俺がついているから、大丈夫だ」
「あ!」
指先までの手袋をしたアルブの手首をグイっと掴むと、彼はその手を馬に触れさせた。
「うわ」
ブルルっと馬が鼻を鳴らし、一瞬怯んだが、すぐ後ろにイルジャの体があって、背中が彼の体にあたる。
初めて触れる馬の短い毛並みは手触りも良く、初めはおっかなびっくりだったが、慣れてくると自ら手を動かしていた。
「驚かせてごめんなさい」
アルブがそう言うと、わかったとでも言うようにナイーダは瞬きした。
「追われていたようだが、大丈夫か?」
すぐ頭の上からイルジャからそう問いかけられ、驚いて上を見上げた。
「あ、は、はい」
周囲を見渡すと、もうあの男は何処かへ行ってしまっていた。
「そうか。なら良かった」
イルジャは安心したように笑った。
「ご、ご存知だったのですか?」
アルブが追われていたことを、彼が見ていたことに驚いた。そして名前も知らないアルブのことを心配してくれたことにも。
「脇目も振らず走ってきたからね」
ポンポンと彼は外套の泥を払ってくれる。
「あ、ありがとうございます。何から何まで…」
今まで初対面の人にこんなふうに気遣ってもらったことがあっただろうか。
人の親切というものに縁遠いアルブは、どう言えばいいのか混乱していた。
「こちらこそ、お礼を言われるようなことじゃないし、普段いらぬお節介をすると、よく叱られるのだ」
人懐っこそうな笑みを向けられ、これが彼の性分なのだろうと思った。
「気をつけてな」
別れ際、イルジャはアルブに手を振ってくれた。
威厳がないから止めろと、エルマンにブツブツ言われているのが聞こえた。
「この人、あの時の…」
アルブは一年前のイルジャとの出会いを忘れたことがなかった。
後で知ったことだが、彼はシャムダル国からの使者だったらしい。
師匠が遺してくれた本には、シャムダルはここから遥か東に位置し、ラーシル教の信者が大陸の中では二番目に多い国だと書いてあった。
「まるで太陽のような人だ」
太陽をはっきり見たことはないが、イルジャのことを思い出す度に、アルブはそう思っていた。
その一行の行方を阻んだ者だのだから、わざとではかったとしても、その場で処罰されても文句は言えない。
「す、すみま…」
震えながらアルブは謝った。
「ラーシルの本殿への巡礼を妨げて、謝って許されると思うな」
鋭い切っ先がアルブに突きつけられた。
(死ぬ)
アルブはここで死ぬ覚悟を決めて、目を瞑った。
「やめろ、エルマン」
それを制したのは先程アルブに声をかけた人物だった。
「イルジャ様」
「剣を収めろ」
「ですが、この者は…」
「我々は今から神殿に赴くのだ。己の身を護るためなら構わないが、無益な殺生は慎め」
エルマンと呼ばれた人物は、軽くアルブを睨みつけてから渋々剣を鞘に戻した。
成り行きを見守っていた周囲の人々から、ほっと安堵の声がして、騒動が収まったと思ったのか、立ち止まっていた足をまた動かし、人の波がまた動き出した。
(た、助かった?)
「悪かったな。私の護衛が驚かせたようだ」
その口調からイルジャという人物こそが、この行列の要人だとわかる。
改めてアルブは彼を見た。白い立て襟のシャツの上から黒の長い裾丈の上着を羽織り、腰には美しい模様の帯を巻いている。脚はピタリとした灰色のズボンと膝丈のブーツという出で立ちだ。
「あ、ありがとう…ござ、あ、あれ」
アルブは立ち上がろうとしたが、腰が抜けて立ち上がることが出来なかった。
「なんだ、腰が抜けたのか」
クスリと笑い、彼は屈み込んでアルブの腰を掴んで持ち上げた。
「あ、あり…」
一瞬彼と同じ目の高さになり、目と目が合ってしまい、慌てて顔を伏せた。
(み、見られたかな)
フードの影で見えなかったかも知れないが、色素のないアルブを見たら、不気味に思われるかも。
「ちゃんと食べているのか、羽のように軽いな」
しかし彼はアルブの軽さのことを話題にしただけで、ストンとその場にアルブを降ろす。
立つとアルブの背丈は彼の胸にようやく届くくらいだった。
「あ、あの、ありがとうございます。申し訳ごさいませんでした」
改めてアルブはお礼と謝罪を口にした。
「気にするな。しかしどうせ謝るなら俺の馬に謝ってくれ、驚いたのは彼だから」
彼は直ぐ側にいる馬を親指で指し示す。その先にいたのは美しい毛並みの栗毛の馬で、黒い目をこちらに向けていた。
「名はナイーダという」
「は、はあ…」
馬に謝れと言われ、アルブは戸惑った。
馬を間近で見たことがなく、言葉が通じるものかもわからない。
「なんだ、馬が怖いのか」
アルブの躊躇いに気づき、イルジャが面白そうな顔をした。
「あの、その…近くで見たことがなくて」
この辺りはロバや山羊ならたくさんいるが、日常で馬を使うことはあまりない。馬はもっと偉い人か、巡礼者が連れてくるのを見るだけだ。
「そうか。こいつは利口でおとなしいぞ。だが、オドオドしていたら、それを察する。ほら、俺がついているから、大丈夫だ」
「あ!」
指先までの手袋をしたアルブの手首をグイっと掴むと、彼はその手を馬に触れさせた。
「うわ」
ブルルっと馬が鼻を鳴らし、一瞬怯んだが、すぐ後ろにイルジャの体があって、背中が彼の体にあたる。
初めて触れる馬の短い毛並みは手触りも良く、初めはおっかなびっくりだったが、慣れてくると自ら手を動かしていた。
「驚かせてごめんなさい」
アルブがそう言うと、わかったとでも言うようにナイーダは瞬きした。
「追われていたようだが、大丈夫か?」
すぐ頭の上からイルジャからそう問いかけられ、驚いて上を見上げた。
「あ、は、はい」
周囲を見渡すと、もうあの男は何処かへ行ってしまっていた。
「そうか。なら良かった」
イルジャは安心したように笑った。
「ご、ご存知だったのですか?」
アルブが追われていたことを、彼が見ていたことに驚いた。そして名前も知らないアルブのことを心配してくれたことにも。
「脇目も振らず走ってきたからね」
ポンポンと彼は外套の泥を払ってくれる。
「あ、ありがとうございます。何から何まで…」
今まで初対面の人にこんなふうに気遣ってもらったことがあっただろうか。
人の親切というものに縁遠いアルブは、どう言えばいいのか混乱していた。
「こちらこそ、お礼を言われるようなことじゃないし、普段いらぬお節介をすると、よく叱られるのだ」
人懐っこそうな笑みを向けられ、これが彼の性分なのだろうと思った。
「気をつけてな」
別れ際、イルジャはアルブに手を振ってくれた。
威厳がないから止めろと、エルマンにブツブツ言われているのが聞こえた。
「この人、あの時の…」
アルブは一年前のイルジャとの出会いを忘れたことがなかった。
後で知ったことだが、彼はシャムダル国からの使者だったらしい。
師匠が遺してくれた本には、シャムダルはここから遥か東に位置し、ラーシル教の信者が大陸の中では二番目に多い国だと書いてあった。
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