皎き忌み子と太陽の皇子

七夜かなた

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第一章 巡礼の街

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 大きな木の根元に、その人物は仰向けに倒れていた。
 短い藍色の髪には血がこびり付いていて、服もところどころ破れている。左腕には肩から肘まで縦に剣で切りつけられような傷がある。他にも顔や胸にも細かい切り傷が点在している。
 もう血は止まっているようだが、傷をあのままにしていては良くない。
 アルブは恐る恐るその人物に近づいた。
 瞳は閉じているため、色はわからない。
 しかし、それが朝焼けの優しく淡い黄赤色なのを、知っている。
 夜から朝に変わるその瞬間の空が、太陽の日差しから隠れて生きるアルブにとって、唯一目にする太陽の片鱗だから。


 
 一年前。その日も今日のように雨が降りそうな天気だった。

「あ!」

 上を向いていたせいで、前に歩いていた人物の背中にぶつかり、鼻を打った。

「なんだ?」

 ぶつかった相手が振り返り睨みつけてきた。肩幅の広い鍛えた体の大きな男だ。

「す、すみま…」

 ぶつけた鼻を押さえながら、アルブは謝った。

「なんだお前、オレになにか用か?」
「い、いえ…その、余所見をしていて…」

 その時風が吹いて、外套の縁が煽られアルブの顔がちらりと見えた。

「ほう、えらく別嬪さんだな」

 ちらりと見えたアルブの顔を見て、男が目の色を変えた。

「ち、ちが…ぼ、僕は…」
「なんだ男か」

 男であることがわかって、男は少し残念そうな顔を見せた。
 しかしほっとしたのも束の間、男の次の言葉にアルブはぎょっとした。

「いいぜ、あんたのような美人なら男でも構わない。そっちも経験があるからな」

 アルブは一瞬にして顔面蒼白になり、震え上がった。

「ほら、こっちへ来い」
 
 男の手から逃れようとアルブが身をよじる。
 持っていた籠が落ちて、その日買ったばかりのパンが転がった。

「なんだぁ、食い物か」

 グシャリと男がパンを踏み潰す。

「あ…」
「いい思いをさせてやるから」
「やめてください!」

 アルブは伸ばした男の手を振り払い、後ろを向いて走り出した。 

「待ちやがれ!」

 すかさず男が後を追ってくる。
 しかし捕まったらどうなるかわからない。
 アルブは必死で人の多い大通りへと走った。
 
 ヒヒーン

「わっ!!」

 路地裏から表通りに飛び出した時、運悪くちょうど巡礼の一団が通るところだった。
 ラーシル教の本部への巡礼は、個人が行うものとは別に国家単位で行われるものがある。
 国家単位の巡礼は、年一回国を代表する者が一団を率いて華々しく行われる。
 巡礼の一団は大金を寄進する。それで代表者は選ばれたものだけが訪れることのできる山頂の本神殿に参拝し、神子と対面できるようになるのだ。

 大勢の従者や護衛人数を引き連れた国を代表した巡礼が訪れれば、多くのお金を落としていく。巡礼を行う国としても、巡礼で使うお金を渋れば国の財力を疑われるため、各国は国の威信をかけて巡礼に挑んでいる。

 その時も、複数の国が同時に巡礼にやってきていた。
 アルブはその集団の前に飛び出してしまったのだった。

 突然飛び出してきたアルブに驚いた馬が、両前足を浮かせて立ち上がった。

「ひ!」

 馬に蹴られる。そう思ってアルブは身を縮こまらせ頭を抑えてその場に踞った。
 周りから悲鳴も聞こえ、アルブは死を覚悟した。

「どうどう、落ち着け、ほら、ナイーダ」

 ブルルと馬の荒い鼻息とバンバンと地面を踏み鳴らす蹄の音に混じり、馬を落ち着かせようとする男の声がした。

 やがて馬が落ち着き、周りが静かになった。

「おい、大丈夫か」

 蹲ったままのアルブのすぐ脇で、そう声をかける人物がいて、彼は頭を抱えていた腕を外して、ゆっくり地面に蹲ったまま顔を上げた。

 その時初めて彼を見た。
 浅黒い肌に髪は紺色、瞳は明けの空のような黄赤色。
 何もかも白く色のないアルブとは正反対の人物だった。

「おまえ、何をしたかわかっているのか!」

 怒鳴り声が聞こえて、彼の背後から数人の屈強な男たちが近づいてきた。
 その剣幕にアルブはびくりとなった。

「国を代表する巡礼団の前に飛び出してくるなど、言語道断だ。今すぐここで切り捨ててやる」

 男がスラリと腰に帯びた剣を鞘から抜いた。白い刃が目の前に突きつけられた。

「ひ…」

 アルブは全身から血の気が引くのがわかった。
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