皎き忌み子と太陽の皇子

七夜かなた

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第一章 巡礼の街

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「俺はどうやら面食いみたいだ」
「面…食い?」
「そうだ。煌々とした白い月のように輝く白い髪。日に焼けると大変らしいけど、透けるような白い肌。灰色の瞳」

 イルジャはうっとりとアルブを見つめる。アルブ本人が忌むべきものと思っているものが、彼には好ましいもののように映っているらしい。

「顔立ちも整っているし、何よりも静謐さが滲み出ている。人から無下にされることも多いだろう境遇にも関わらず、人を恨むことをしない。姿だけでなく、心も美しい」

 本当にそう思っているのだろうか。イルジャを疑っているわけではないが、今一つ信じられない。

「……うっ」

 不意にイルジャが眉を寄せ、呻いた。

「イルジャ、どうしたの、頭が痛いの?」

 すかさずアルブが心配して、額に手を当ててきた。

「大丈夫だ。だが、アルブの手は冷たくて心地好い」

 額に触れた手を掴み、その掌に唇を寄せた。

「か、からかって…」

 心配したのに、茶化された気がしてアルブは拗ねた。
 イルジャとのやり取りは、ずっと一人で暮らし、人との関わりを極力避けてきたアルブには難しい。
 どこまでが本当で、どこからが冗談なのか判断がつかない。

「怒った?」

 手を掴んだまま、指の隙間から黄赤の瞳がアルブを覗き込む。

「お、怒っては…でも…本当に心配しているんだ。自分の名前がわからないって、どんな気持ちか、少しわかるから。ちょっと違うかも知れないけど」

 真っ直ぐにアルブを射抜く瞳に、アルブの鼓動が跳ねる。

「アルブ?」
「赤ん坊の時に捨てられた僕は、自分が何者なのかわからない。師匠がくれた名前も生活も、僕が生きていくためには必要かもしれないけど、それでも時々思うんだ。僕は、生きいていいんだろうか。捨てられた時、死んでいたほうが良かったかも」
「そんなことはない、死んでいたほうが良かったなんて、言わないでくれ」

 イルジャが言葉を遮り、アルブはその声の大きさにビクリと体を強張らせた。

「ごめん、でも、死んでいたほうが良かったなんてことはない。少なくとも俺はアルブがいたから助かった。君のおかげで、人一人の命が救われたんだ」

 アルブの怯えに気づき、イルジャが慌てて謝った。

「そ、そんな、僕はただ…」
「でも、一瞬頭が痛んだのは本当だ。すぐに治ったけど」

 反対側の指先でこめかみを突く。

「大丈夫なの?」

 頭痛が本当だったと聞いて、アルブは気遣わしげにイルジャの前髪に触れた。

「ふふ、やっぱりアルブは優しいな。怒りながらも、心配してくれるんだ」
「そんなの、心配しないわけないじゃないか」
「ああ、そうだな。俺はアルブに心配かけてばかりだ。不甲斐ない。でも、ありがとう」

 それを聞いて、師匠が亡くなって以来、誰かをここまで心配したのは初めてだと気づいた。
 そして、誰かに感謝されるのは、多分初めてだということにも気づいた。

「『ありがとう』って言葉、いいね。何だかこの辺りがポカポカする」
 
 アルブは胸の中心に手を当てる。

「自分が何かをしたことに対し、お礼を言われるとこんな気持ちなんだ。何だかくすぐったいね」
「アルブ…」

 フフフと、アルブは笑みを浮かべる。
 それを見て、イルジャはムムムと口元をキュッと引き結んだ。
 
「ぼ、僕何か変なこと言ったかな?」

 言葉の選び方を間違えたかも知れないと焦る。
 
「いや、言いたいことはわかる。でも…」

 イルジャが静かに首を振る。

「アルブはもっと皆から評価されて然るべきなのに、それをわかってくれる人がいないなんて。アルブの周りにいる人間の目は節穴で恩知らずで、愚か者だ」

 どうやらイルジャは、アルブがこれまで周りから感謝の言葉を掛けられてこなかったことに、憤りを覚えたらしい。

「そんなこと…感謝されるようなことをしてこなかったからで、それに、期待なんて…」

 目立たず、ただ迷惑を掛けないで生きること。
 それを大事に生きてきたのだ。感謝されたくて生きているわけではない。

「そうだな。それがアルブの良いところなんだろう。無欲で、幸せだと感じる線が極端に低い。他人から冷たくあしらわれても、恨んだりもせず、あるがままを受け入れる」

 今度は一転して切なげな表情でアルブを見つめる。

「教えてくれ、アルブは俺に何を求める? どうすればアルブの恩に報いることが出来る? 何がしてほしい?」
「そんなこと…急に言われても…」

 誰かに何かを期待したり、己の望みを伝えたりしたことなど、これまでの人生では記憶にある限りない。
 強いて言うなら、そっとしておいてほしい。
 意地悪なことをしたり、殴ったりするのは止めてほしいとは思ったことはある。
 街へ行くと、時折外套を目深に被ったアルブを、不審がって追い払おうとする大人や、石を投げてくる子供たちがいた。
 でも、イルジャがそんなことをしない。
 ならば、何もする必要はないと思うのだが、何かを言わなければ、一歩も引く気はないという、強い意志がイルジャから伝わってきて、アルブは必死で考えた。
 
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