16 / 28
第一章 巡礼の街
16
しおりを挟む
その夜は、干し肉と茹でた芋、固い黒パンとチーズだけの夕食だった。
二人分の食事としては心許ないから、今から買い物に行くというアルブを、帰る頃には暗くなるだろうからと、イルジャが引き止めたからだ。
「慣れた道だから、大丈夫なのに」
「それでも心配だ。暗い道で何があるかわからない」
アルブが平気だと言っても、イルジャは譲らなかった。
「わかった。でも、明日は必ず行くからね」
今日は彼の言うことを聞いて、街へ行くのは諦めた。
「我儘を言ってすまない。でも、アルブのことが心配なんだ」
「心配…」
「そうだ。余計なお世話かも知れないが」
心配という言葉に、アルブは不思議そうに小首を傾げた。
師匠の死後は一人で暮らして、自分のことは自分の責任で生きてきた。
もし事故や病気で死ぬことはあっても、誰にも気にかけて貰えず、そのまま土に還るだけだと己の運命を受け入れている。
師匠が死ぬ前、一人になるのが怖くて泣いていると、この世に生を受けた限り、貴賤の区別なく等しく必ず死は訪れるのだから、悲しむ必要はない。
お前に取っては生きにくい世界でも、必ず生まれてきて良かったと思える時もある。だから真っ直ぐに生きなさい。師匠はそう言った。
言葉少ない師匠が、最後の瞬間は饒舌だった。
「心配してくれてありがとう」
イルジャに出逢えたことが、まさにアルブに取っては生きてきて良かったと思える出来事のひとつだ。
「こんなことくらいでお礼を言うなんて、アルブは律儀だな。それもアルブの良いところのひとつなんだろうけど」
またもやアルブを褒められ、それがくすぐったい。
いつまでもイルジャと一緒にいたいと思ってしまう。
それが無理なことはわかっている。
「それから神殿にも行ってみる。イルジャのことを知っている人がいるかも」
本当は、先に行くべきだったかも知れない。
イルジャがアルブを心配してくれたように、彼のことを心配して、探している人たちがきっといる。
彼らも森の中の粗末な小屋にイルジャがいるとは、思っていないのだろう。
けれど、彼がなぜ襲われたのか、薬を飲まされたのか、まだわかっていない。
ここは先に様子を見てくるほうがいい。
「ありがとう。でも俺としてはもう少しアルブと一緒にいたい」
「えっ」
意外な言葉に驚いた。
アルブが辛うじて彼の名前などを知っていたが、記憶がないなら、自分のことを知っている人に、早く逢いたいはずだ。
「アルブには迷惑なことで、不謹慎だろうけど、こうして二人でいるのも悪くない。いずれ俺を探して誰かが来るまで、ここにいては駄目か?」
そう言って懇願するイルジャは、アルブよりずっと体が大きいくせに、なぜか可愛いと思ってしまう。
「め、迷惑なんて…」
「それに、アルブに受けた恩を、ちゃんと返さないと。本当にあんなことでいいのか?」
「やっぱり、駄目?」
「いや、俺は別に…でも…」
「嫌なら…」
「嫌じゃない。でも、お礼が添い寝なんて、お礼にならない」
イルジャが何か礼がしたいと言い張ったが、アルブは礼がほしくてやったのではないからと、最初は断った。
しかし、あまりに何かないかと聞いてくるので、一緒に寝てほしいと言ったのだった。
「ね、ねねね、寝る? えっと、それはつまり」
なぜかイルジャは動揺している。
「昨夜、誰かと一緒に寝たのは初めてだけど、あったかくて気持ち良かったんだ。今夜も一緒に寝たらだめかな?」
「あ、そ、そうだね。一緒に…眠るってことか」
「誰かと一緒だと眠れない?」
「い、いや、そんなことは…ない…と、思う。でも、昨夜は、俺も熱があって、アルブと一緒に寝た自覚がなかったけど…こ、今夜は…」
ゴニョゴニョとイルジャは歯切れ悪く話す。
何でもと言われたが、厚かましかったかとアルブは諦めることにした。
「無理ならイルジャが寝台で寝て。僕は床に」
「それは駄目だ! アルブが床に寝るなら俺が寝る」
「だ、駄目だよ。イルジャは怪我人なんだから」
「だが、この家の主はアルブだ。それなら一緒でいい」
渋々イルジャは頷いた。
「ありがとう」
アルブは嬉しさに微笑んだ。
「だけど、俺も健全な男だから、怪我をしていたって、そこは保証できないぞ。ああいうのは、自然現象だ。美人と一緒に寝て、何もないわけじゃないからな」
「………?? えっと…それは?」
アルブの頭に一瞬、昨夜イルジャに首を締められた光景が浮かんだ。
あれは薬と熱のせいだと思ったが、もしかしたら、イルジャは寝ぼけてそういうことをするのかも知れない。
師匠が亡くなって暫く寂しくて、寝ているうちにフラフラと起き上がって師匠を探し回っていた自分のことを思い出す。
気がつくと、師匠の墓の前で丸まって寝ていたのだった。
日が過ぎるうちに、そういうことは無くなった。もしかしたら、イルジャもそれと同じだったのかも。
「もしそうなったら、僕が何とかするよ」
力ではイルジャに敵わないだろうが、叩くなりして起こせば止まるはずだ。
「な、なんとかって、どうするんだ?」
「えっと、それはその時になってみないと…」
言ってみたものの、どうするのがいいのかアルブには検討もつかなかった。
二人分の食事としては心許ないから、今から買い物に行くというアルブを、帰る頃には暗くなるだろうからと、イルジャが引き止めたからだ。
「慣れた道だから、大丈夫なのに」
「それでも心配だ。暗い道で何があるかわからない」
アルブが平気だと言っても、イルジャは譲らなかった。
「わかった。でも、明日は必ず行くからね」
今日は彼の言うことを聞いて、街へ行くのは諦めた。
「我儘を言ってすまない。でも、アルブのことが心配なんだ」
「心配…」
「そうだ。余計なお世話かも知れないが」
心配という言葉に、アルブは不思議そうに小首を傾げた。
師匠の死後は一人で暮らして、自分のことは自分の責任で生きてきた。
もし事故や病気で死ぬことはあっても、誰にも気にかけて貰えず、そのまま土に還るだけだと己の運命を受け入れている。
師匠が死ぬ前、一人になるのが怖くて泣いていると、この世に生を受けた限り、貴賤の区別なく等しく必ず死は訪れるのだから、悲しむ必要はない。
お前に取っては生きにくい世界でも、必ず生まれてきて良かったと思える時もある。だから真っ直ぐに生きなさい。師匠はそう言った。
言葉少ない師匠が、最後の瞬間は饒舌だった。
「心配してくれてありがとう」
イルジャに出逢えたことが、まさにアルブに取っては生きてきて良かったと思える出来事のひとつだ。
「こんなことくらいでお礼を言うなんて、アルブは律儀だな。それもアルブの良いところのひとつなんだろうけど」
またもやアルブを褒められ、それがくすぐったい。
いつまでもイルジャと一緒にいたいと思ってしまう。
それが無理なことはわかっている。
「それから神殿にも行ってみる。イルジャのことを知っている人がいるかも」
本当は、先に行くべきだったかも知れない。
イルジャがアルブを心配してくれたように、彼のことを心配して、探している人たちがきっといる。
彼らも森の中の粗末な小屋にイルジャがいるとは、思っていないのだろう。
けれど、彼がなぜ襲われたのか、薬を飲まされたのか、まだわかっていない。
ここは先に様子を見てくるほうがいい。
「ありがとう。でも俺としてはもう少しアルブと一緒にいたい」
「えっ」
意外な言葉に驚いた。
アルブが辛うじて彼の名前などを知っていたが、記憶がないなら、自分のことを知っている人に、早く逢いたいはずだ。
「アルブには迷惑なことで、不謹慎だろうけど、こうして二人でいるのも悪くない。いずれ俺を探して誰かが来るまで、ここにいては駄目か?」
そう言って懇願するイルジャは、アルブよりずっと体が大きいくせに、なぜか可愛いと思ってしまう。
「め、迷惑なんて…」
「それに、アルブに受けた恩を、ちゃんと返さないと。本当にあんなことでいいのか?」
「やっぱり、駄目?」
「いや、俺は別に…でも…」
「嫌なら…」
「嫌じゃない。でも、お礼が添い寝なんて、お礼にならない」
イルジャが何か礼がしたいと言い張ったが、アルブは礼がほしくてやったのではないからと、最初は断った。
しかし、あまりに何かないかと聞いてくるので、一緒に寝てほしいと言ったのだった。
「ね、ねねね、寝る? えっと、それはつまり」
なぜかイルジャは動揺している。
「昨夜、誰かと一緒に寝たのは初めてだけど、あったかくて気持ち良かったんだ。今夜も一緒に寝たらだめかな?」
「あ、そ、そうだね。一緒に…眠るってことか」
「誰かと一緒だと眠れない?」
「い、いや、そんなことは…ない…と、思う。でも、昨夜は、俺も熱があって、アルブと一緒に寝た自覚がなかったけど…こ、今夜は…」
ゴニョゴニョとイルジャは歯切れ悪く話す。
何でもと言われたが、厚かましかったかとアルブは諦めることにした。
「無理ならイルジャが寝台で寝て。僕は床に」
「それは駄目だ! アルブが床に寝るなら俺が寝る」
「だ、駄目だよ。イルジャは怪我人なんだから」
「だが、この家の主はアルブだ。それなら一緒でいい」
渋々イルジャは頷いた。
「ありがとう」
アルブは嬉しさに微笑んだ。
「だけど、俺も健全な男だから、怪我をしていたって、そこは保証できないぞ。ああいうのは、自然現象だ。美人と一緒に寝て、何もないわけじゃないからな」
「………?? えっと…それは?」
アルブの頭に一瞬、昨夜イルジャに首を締められた光景が浮かんだ。
あれは薬と熱のせいだと思ったが、もしかしたら、イルジャは寝ぼけてそういうことをするのかも知れない。
師匠が亡くなって暫く寂しくて、寝ているうちにフラフラと起き上がって師匠を探し回っていた自分のことを思い出す。
気がつくと、師匠の墓の前で丸まって寝ていたのだった。
日が過ぎるうちに、そういうことは無くなった。もしかしたら、イルジャもそれと同じだったのかも。
「もしそうなったら、僕が何とかするよ」
力ではイルジャに敵わないだろうが、叩くなりして起こせば止まるはずだ。
「な、なんとかって、どうするんだ?」
「えっと、それはその時になってみないと…」
言ってみたものの、どうするのがいいのかアルブには検討もつかなかった。
0
あなたにおすすめの小説
逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦
雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、
隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。
しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです…
オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が
なかたのでした。
本当の花嫁じゃない。
だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、
だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という
お話です。よろしくお願いします<(_ _)>
終焉の晩餐会:追放される悪役令息は、狂欲の執事と飢えた庭師を飼い慣らす
河野彰
BL
かつて、ローゼンベルグ家の庭には白薔薇が咲き誇っていた。嫡男リュシアンは、そのバラのように繊細で、風が吹けば折れてしまいそうなほど心優しい青年だった。しかし、名門という名の虚飾は、代々の放蕩が積み上げた「負の遺産」によって、音を立てて崩れようとしていた。
悪役になり切れぬリュシアンと彼を執拗にいたぶる執事のフェラム、純粋な愛情を注ぐ?庭師のルタムの狂気の三重奏。
転生したようだけど?流れに身を任せていたら悪役令息?として断罪されていた――分からないまま生きる。
星乃シキ
BL
発作の後に目覚めたら、公爵家嫡男の身体だった。
前世の記憶だけを抱えたまま生きるレイは、ある夜、男の聖女への嫌がらせの罪で断罪される。
だが図書室の記録が冤罪を覆す。
そしてレイは知る。
聖女ディーンの本当の名はアキラ。
同じ日本から来た存在だった。
帰りたい聖女と、この身体で生きるレイ。
秘密を共有した二人は、友達になる。
人との関わりを避けてきたレイの人間関係が、少しずつ動き始める。
冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される
マンスーン
BL
王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。
泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。
竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜
レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」
魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。
彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
朝目覚めたら横に悪魔がいたんだが・・・告白されても困る!
渋川宙
BL
目覚めたら横に悪魔がいた!
しかもそいつは自分に惚れたと言いだし、悪魔になれと囁いてくる!さらに魔界で結婚しようと言い出す!!
至って普通の大学生だったというのに、一体どうなってしまうんだ!?
処刑エンドの悪役公爵、隠居したいのに溺愛されてます
ひなた翠
BL
目が覚めたら、やり込んだBLゲームの悪役公爵になっていた。
しかも手には鞭。目の前には涙を浮かべた美少年。
——このままじゃ、王太子に処刑される。
前世は冴えない社畜サラリーマン。今世は冷徹な美貌を持つ高位貴族のアルファ。
中身と外見の落差に戸惑う暇もなく、エリオットは処刑回避のための「隠居計画」を立てる。
囚われのオメガ・レオンを王太子カイルに引き渡し、爵位も領地も全部手放して、ひっそり消える——はずだった。
ところが動くほど状況は悪化していく。
レオンを自由にしようとすれば「傍にいたい」と縋りつかれ、
カイルに会えば「お前の匂いは甘い」と迫られ、
隠居を申し出れば「逃げるな」と退路を塞がれる。
しかもなぜか、子供の頃から飲んでいた「ビタミン剤」を忘れるたび、身体がおかしくなる。
周囲のアルファたちの視線が絡みつき、カイルの目の色が変わり——
自分でも知らなかった秘密が暴かれたとき、逃げ場はもう、どこにもなかった。
誰にも愛されなかった男が、異世界で「本当の自分」を知り、運命の番と出会う——
ギャップ萌え×じれったさ×匂いフェチ全開の、オメガバース転生BL。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる