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22 親切の理由
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肉は大体元の世界と同じようなものがあった。牛、豚、鶏、羊。猪やウサギ、鹿などのジビエもあったように思う。もしかしたらこの世界独特なものもあるかも。
でも圧倒的に野菜が足りない。
遠慮なく、望むことを言ってくれと言われて、厨房見学を申し出た。
「厨房に行って、何をするのですか?」
「自分の知る食材があれば、自分で食べる物を調理できればと…」
「あなたが自分で?」
「はい。あの、ここの料理人の方たちに不満があるとかではないのです。誤解なさらないでください」
彼のもてなし、そして彼の使用人を侮辱していると取られないように付け加える。
「あなたのお好きなようになさってください。ただその辺りのことはレディ・シンクレアにも話を通した方がいいかと思います。私より彼女の方が内向きのことに精通している」
「わかりました」
両親が領地へ移り住んだのを機に爵位を継いだと言っていた。ここまで広くて大勢の使用人を雇っているのだから、いくら当主でもすべてのことに目も行き届かないし、それは本来女主人、彼の妻が取り仕切る領域に違いない。しかし彼はまだ独り身で、だからレディ・シンクレアがいるのだ。
「明日の朝、私からレディ・シンクレアにお願いしましょう」
「ありがとうございます」
「礼には及びません。ですが、もし良かったらあなたの作ったものを私にもご馳走してください」
「お口に合うかわかりませんが、うまくできたら…」
同じ日本人でも好き嫌いはあるし、文化の違いで好みも異なる。それにどこまでここの設備が日本と同じかわからないので、うまく作れるとは限らない。
「ところで、髪がまだ濡れたままですね」
頭に巻いたタオルから髪が溢れているのを見て、湿り気を帯びた髪をそっと指に絡めて、彼が言った。
「乾かすものが見つからなくて…」
髪を触られ、自分がお風呂上がりのくだけた格好をしていることを意識した。普通なら今日会ったばかりの人にここまで無防備な所を見せることはない。旅館でお風呂上がりに浴衣で館内を歩き回り、知らない人たちとすれ違うことはあって、それはまたこれとは違う。
「早く乾かさないと風邪を引いてしまいます」
「あ…」
私が変に考え固まっている間に、彼は何事か呟いた。ふわりと風が起こり、まるで生き物のようにタオルが解ける。
「な、なに?」
「私に任せて」
温かい風が頭の周りを取り巻き、髪が根元から掻き上げられたかと思うと、一瞬にして水分が消え去った。
「すごい…」
いつもは乾かすのに十分近くかかるのに、あっという間の出来事に思わず呟いた。
ここに来てから何度か魔法が使われているのを見たが、改めて目の当たりにすると、本当に魔法のある世界に居るのだと実感する。
「一瞬で乾いて、これなら髪も痛みにくいかも」
「これくらい初歩の初歩です。あちらではどうされていたのですか」
彼にとっては当たり前のことでも、私にはそうじゃない。
「ドライヤーと言う髪を乾かす道具がありました。でも私くらいの長さで乾かすのに時間がかかったので、もっと長いとさらに時間かかかります。おまけに熱で髪も痛みます」
「お望みとあればいつでも、喜んであなた専属のドライヤーになって、いつでも乾かして差し上げます」
「そんな、専属なんて…贅沢な」
専属ドライヤーって…髪を乾かすためだけに大げさだと思いながら、彼なりの冗談なのかなとも考える。
「これくらい私には簡単なことです。あなたが喜んでくれるなら何でもして差し上げたい」
「レインズフォード卿は…どうしてそこまで私に親切にしてくれるのですか?」
裏があるとは思いたくないが、つい深読みしてしまう。
聖女召喚の歴史を聞いて、この世界の人たちが私のように異世界から突然連れてこられた人を大切にしようという決意はわかった。でもいくら聖女と共に異世界から召喚された気の毒な人間だと言っても、ここまで至れりつくせりに世話を焼いてくれるのは、この世界の常識なのだろう。衣食住を普通に面倒を見るだけで充分な筈。
専属ドライヤーなんて申し出は、かなり踏み込んでいると思うのはおかしいだろうか。
「レインズフォード卿などと格式ばった名で呼ばれたくありません。どうかもう一度アドルファスと呼んでください」
「…でも…」
言われたとおりにするのは簡単。勤務先は女子校だけど、通った学校はずっと共学だった。今も仲のいい男友達もいて、男女の友情はあると思っている。
だから彼が名前で呼んでほしいと言うなら呼べないことはない。
「なぜあなたに親切にするか…その理由を知りたいですか」
私の質問を彼が繰り返す。
「それは、私が巻き込まれた気の毒な異世界人だから」
「それもそうですが…」
ふっと息を吐いて彼が一歩前に近づいた。
身長差は約ニ十センチ? 私の目線は彼の胸の高さにやっと届くくらい。肩幅もあり鍛えたがっしりした体の彼が前に立つと威圧感が更に増す。
「そんなに怖がらないでください。あなたを傷つける気持ちは露ほどもありません」
「今日初めて会ったばかりの聖女でもない、取るに足らない私に何かしようと考えているとは思いません」
私を傷つけても彼に何の特もない。気の毒な異世界人だから保護した以外に、ここまでしてくれる理由なんてあるのだろうか。
「ただの暇つぶし…面白いから?」
「私がそんな暇人に見えますか?」
アイスブルーの瞳がじっと私を見下ろす。目は口ほどに物を言うと言われるが、彼のことを良く知らないので、考えていることなどわかるはずもない。ただ、だてや酔狂で人をからかうような人にも見えない。
「わかりません。聖女召喚に巻き込んだことの責任以外の理由なんて…」
「残りの理由は、これからの私の行動を見てあなたが見つけてください」
そう言うと、彼は手袋をした左手を上げようとして、すぐに下ろし、今度は右手で私の寝間着の右側の襟を持ち上げて正した。
いつの間にか肩から襟がずり落ちていたみたい。
「早くあなたの体に合った衣服を手配します」
襟から手を放す際に私の鎖骨に沿って彼の指がさっと触れた。
偶然だとは思うが、その時に一瞬彼の瞳が微妙に揺れた。
ただその揺れが示す感情が何なのか私にはわからない。
いや、わかっていて、認めたくないだけなのかも。
「おやすみなさい。また明日」
彼は部屋を出る直前、一度振り返って私を見た。
「おやすみなさい」
その夜、彼の言った意味を考えて、明け方近くまで眠れなかった。
でも圧倒的に野菜が足りない。
遠慮なく、望むことを言ってくれと言われて、厨房見学を申し出た。
「厨房に行って、何をするのですか?」
「自分の知る食材があれば、自分で食べる物を調理できればと…」
「あなたが自分で?」
「はい。あの、ここの料理人の方たちに不満があるとかではないのです。誤解なさらないでください」
彼のもてなし、そして彼の使用人を侮辱していると取られないように付け加える。
「あなたのお好きなようになさってください。ただその辺りのことはレディ・シンクレアにも話を通した方がいいかと思います。私より彼女の方が内向きのことに精通している」
「わかりました」
両親が領地へ移り住んだのを機に爵位を継いだと言っていた。ここまで広くて大勢の使用人を雇っているのだから、いくら当主でもすべてのことに目も行き届かないし、それは本来女主人、彼の妻が取り仕切る領域に違いない。しかし彼はまだ独り身で、だからレディ・シンクレアがいるのだ。
「明日の朝、私からレディ・シンクレアにお願いしましょう」
「ありがとうございます」
「礼には及びません。ですが、もし良かったらあなたの作ったものを私にもご馳走してください」
「お口に合うかわかりませんが、うまくできたら…」
同じ日本人でも好き嫌いはあるし、文化の違いで好みも異なる。それにどこまでここの設備が日本と同じかわからないので、うまく作れるとは限らない。
「ところで、髪がまだ濡れたままですね」
頭に巻いたタオルから髪が溢れているのを見て、湿り気を帯びた髪をそっと指に絡めて、彼が言った。
「乾かすものが見つからなくて…」
髪を触られ、自分がお風呂上がりのくだけた格好をしていることを意識した。普通なら今日会ったばかりの人にここまで無防備な所を見せることはない。旅館でお風呂上がりに浴衣で館内を歩き回り、知らない人たちとすれ違うことはあって、それはまたこれとは違う。
「早く乾かさないと風邪を引いてしまいます」
「あ…」
私が変に考え固まっている間に、彼は何事か呟いた。ふわりと風が起こり、まるで生き物のようにタオルが解ける。
「な、なに?」
「私に任せて」
温かい風が頭の周りを取り巻き、髪が根元から掻き上げられたかと思うと、一瞬にして水分が消え去った。
「すごい…」
いつもは乾かすのに十分近くかかるのに、あっという間の出来事に思わず呟いた。
ここに来てから何度か魔法が使われているのを見たが、改めて目の当たりにすると、本当に魔法のある世界に居るのだと実感する。
「一瞬で乾いて、これなら髪も痛みにくいかも」
「これくらい初歩の初歩です。あちらではどうされていたのですか」
彼にとっては当たり前のことでも、私にはそうじゃない。
「ドライヤーと言う髪を乾かす道具がありました。でも私くらいの長さで乾かすのに時間がかかったので、もっと長いとさらに時間かかかります。おまけに熱で髪も痛みます」
「お望みとあればいつでも、喜んであなた専属のドライヤーになって、いつでも乾かして差し上げます」
「そんな、専属なんて…贅沢な」
専属ドライヤーって…髪を乾かすためだけに大げさだと思いながら、彼なりの冗談なのかなとも考える。
「これくらい私には簡単なことです。あなたが喜んでくれるなら何でもして差し上げたい」
「レインズフォード卿は…どうしてそこまで私に親切にしてくれるのですか?」
裏があるとは思いたくないが、つい深読みしてしまう。
聖女召喚の歴史を聞いて、この世界の人たちが私のように異世界から突然連れてこられた人を大切にしようという決意はわかった。でもいくら聖女と共に異世界から召喚された気の毒な人間だと言っても、ここまで至れりつくせりに世話を焼いてくれるのは、この世界の常識なのだろう。衣食住を普通に面倒を見るだけで充分な筈。
専属ドライヤーなんて申し出は、かなり踏み込んでいると思うのはおかしいだろうか。
「レインズフォード卿などと格式ばった名で呼ばれたくありません。どうかもう一度アドルファスと呼んでください」
「…でも…」
言われたとおりにするのは簡単。勤務先は女子校だけど、通った学校はずっと共学だった。今も仲のいい男友達もいて、男女の友情はあると思っている。
だから彼が名前で呼んでほしいと言うなら呼べないことはない。
「なぜあなたに親切にするか…その理由を知りたいですか」
私の質問を彼が繰り返す。
「それは、私が巻き込まれた気の毒な異世界人だから」
「それもそうですが…」
ふっと息を吐いて彼が一歩前に近づいた。
身長差は約ニ十センチ? 私の目線は彼の胸の高さにやっと届くくらい。肩幅もあり鍛えたがっしりした体の彼が前に立つと威圧感が更に増す。
「そんなに怖がらないでください。あなたを傷つける気持ちは露ほどもありません」
「今日初めて会ったばかりの聖女でもない、取るに足らない私に何かしようと考えているとは思いません」
私を傷つけても彼に何の特もない。気の毒な異世界人だから保護した以外に、ここまでしてくれる理由なんてあるのだろうか。
「ただの暇つぶし…面白いから?」
「私がそんな暇人に見えますか?」
アイスブルーの瞳がじっと私を見下ろす。目は口ほどに物を言うと言われるが、彼のことを良く知らないので、考えていることなどわかるはずもない。ただ、だてや酔狂で人をからかうような人にも見えない。
「わかりません。聖女召喚に巻き込んだことの責任以外の理由なんて…」
「残りの理由は、これからの私の行動を見てあなたが見つけてください」
そう言うと、彼は手袋をした左手を上げようとして、すぐに下ろし、今度は右手で私の寝間着の右側の襟を持ち上げて正した。
いつの間にか肩から襟がずり落ちていたみたい。
「早くあなたの体に合った衣服を手配します」
襟から手を放す際に私の鎖骨に沿って彼の指がさっと触れた。
偶然だとは思うが、その時に一瞬彼の瞳が微妙に揺れた。
ただその揺れが示す感情が何なのか私にはわからない。
いや、わかっていて、認めたくないだけなのかも。
「おやすみなさい。また明日」
彼は部屋を出る直前、一度振り返って私を見た。
「おやすみなさい」
その夜、彼の言った意味を考えて、明け方近くまで眠れなかった。
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