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32 褒め殺し
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薔薇が魔塔で栽培されたもので、アドキンス氏から贈られたのだと聞くと、アドルファスさんの顔が一瞬険しくなった。
「アドキンス…魔塔の…」
「昨日王宮で何かあったのですか」
「何もありません。何も…ただ彼は魔塔の者として召喚を行っただけ。それだけです」
「それだけ…ね。あなたがそう言うなら…王室と神殿、魔塔は常に良好な関係でなくてはなりません」
「わかっています。しかし聖女を抱えたことで神殿の発言力が強くなる可能性もあります。暫くはお互いの出方を見極め注視するつもりです」
「わかっているなら敢えて申しません。個人的に思うところがあっても胸のうちに収めておきなさい」
政治的な話はどこであっても微妙らしい。アドルファスさんがアドキンス氏へ抱いている気持ちがどんなものかわからないが、互いに不可侵のところもあるのだろう。
「花はすべて摘み取り活用することにしました。ユイナさんが飾るための花を希望されているなら、夕食までの間にアドルファスに案内してもらって、好きな花を摘んできてはどうかしら」
「そうだな。昨日は夜だったし、まだ庭を見ていないでしょう」
「でも、お仕事から戻られてお疲れでは?」
「まったくそんなことはない。今少しお腹に入れましたから、夕食までの運動にちょうどいいと思いますよ」
さっと立ち上がって私に右手を差し出す。これがエスコートなのだと、さすがの私も学習した。
「では、よろしくお願いします」
軽く触れるか触れないかのつもりで手を載せたが、親指以外の四本の指を長い親指で挟み込まれた。
剣だこなのか手はゴツゴツしたところもあり、よく見ると右手にも切り傷はある。
「ゆっくりしていらっしゃい。戻るまで夕食は待っているから」
庭に行って花をいくつか摘んでくるだけ。そんなに時間はかからないと思いながら、アドルファスさんに引っ張られるように庭に向かった。
何だかお見合いをして「後は若い二人で」と言って送り出されるのに似ていると思った。
「では行きましょう」
家の大きさから庭も広いんだろうと思って、勝手に学校の校庭くらいに思っていた。
部屋の窓から見えたのは芝の広場と生け垣だったから。
でも実際そこに足を踏み入れて見ると、思った以上に広かった。
生け垣を潜ると散策用の小道が続いていた。
「あちらへ行くと温室があります。こっちには小さい池が、あちらには東屋があります」
右、左、中央とアドルファスさんが指差す先には確かに建物などがあった。
「生け垣の向こうにこんな広い庭が広がっていたなんて思いませんでした」
「王宮に比べれば我が家の庭などその半分です。ここはレディ・シンクレアが嫁いでこられた時に王宮の庭に模して祖父が手を入れました」
二人でゆっくりと、時折立ち止まって庭を眺めた。
「すごいですね」
急に庭に二人で歩くことになって会話が続くかと不安だったが、アドルファスさんが話し上手で助かる。
「こんな立派なお庭、維持するのも大変でしょう?」
「雇っている庭師が優秀なんです。温室の側に彼の作業小屋があります。そこへ行ってみますか?」
庭に出てからも右手はずっと私の手を握ったままで、そんな彼に促されてついていく。
「トーマス」
小屋に近づくと、ちょうど小屋から出てきた初老の男性がいた。
「ぼっちゃ…旦那様」
「そんな歳でもないが、坊っちゃんでいい」
彼もバーティーさんもアドルファスさんのことを「坊っちゃん」と呼ぶ。昔からの使用人なのだろう。体は大きくなっても彼らには未だアドルファスさんは坊っちゃんで、偉ぶらずそんなふうに気さくに皆と接する彼に好感が持てた。
「そちらは?」
「彼女はユイナさん。昨日から我が家に滞在されている。暫くここで暮らすことになる」
「こんにちは」
「ああ、あなた様が…今朝バーティーから話を聞きました」
野外での作業のせいか、良く日に焼けた優しそうな人だった。
「ところで坊っちゃん、今日はなんの用で?」
「ユイナさんの部屋に飾る花を貰いに来た。ついでに彼女に我が家自慢の庭を案内している」
「そうですか。それじゃあとびっきり綺麗に咲いているものを選びましょう」
「一緒について行ってもいいですか?」
「もちろん」
トーマスさんとアドルファスさんと共に温室へ向かう。
今は夏に近い気候で、温室のガラスも開けてあるため外とそれほど温度差はなかった。
「ここでは魔法を使って育てていないのですか?」
「水やりなどで少し魔法に頼ることはありますが、自然に育てて手塩にかける方が咲いた時の嬉しさは何倍も違います」
「それがトーマスの誇りなんだ。手っ取り早く咲かせたがる者もいるが、レインズフォード家では代々そうやって庭を維持してきた」
「わかります。手作りって大事ですよね。それに実際自分でやってみないと技術は身に付きませんもの」
「そうなんです。よくわかってらっしゃる。坊っちゃんもその精神は大事にしてくださって、私の好きにさせてくれるんです。本当にいいご当主様です」
「ただ先祖代々の伝統を継いでいるだけだ」
「それでも、効率を重視して何でも簡素化したがる人もいます。その精神を受け継ぐのは立派だと思います。そんな方がご当主だと働く人も働き甲斐がありますよね」
「よくわかっていらっしゃいますね」
「そんな大げさな…」
二人でアドルファスさんを褒めると、微かに彼の耳が赤くなった。
「アドキンス…魔塔の…」
「昨日王宮で何かあったのですか」
「何もありません。何も…ただ彼は魔塔の者として召喚を行っただけ。それだけです」
「それだけ…ね。あなたがそう言うなら…王室と神殿、魔塔は常に良好な関係でなくてはなりません」
「わかっています。しかし聖女を抱えたことで神殿の発言力が強くなる可能性もあります。暫くはお互いの出方を見極め注視するつもりです」
「わかっているなら敢えて申しません。個人的に思うところがあっても胸のうちに収めておきなさい」
政治的な話はどこであっても微妙らしい。アドルファスさんがアドキンス氏へ抱いている気持ちがどんなものかわからないが、互いに不可侵のところもあるのだろう。
「花はすべて摘み取り活用することにしました。ユイナさんが飾るための花を希望されているなら、夕食までの間にアドルファスに案内してもらって、好きな花を摘んできてはどうかしら」
「そうだな。昨日は夜だったし、まだ庭を見ていないでしょう」
「でも、お仕事から戻られてお疲れでは?」
「まったくそんなことはない。今少しお腹に入れましたから、夕食までの運動にちょうどいいと思いますよ」
さっと立ち上がって私に右手を差し出す。これがエスコートなのだと、さすがの私も学習した。
「では、よろしくお願いします」
軽く触れるか触れないかのつもりで手を載せたが、親指以外の四本の指を長い親指で挟み込まれた。
剣だこなのか手はゴツゴツしたところもあり、よく見ると右手にも切り傷はある。
「ゆっくりしていらっしゃい。戻るまで夕食は待っているから」
庭に行って花をいくつか摘んでくるだけ。そんなに時間はかからないと思いながら、アドルファスさんに引っ張られるように庭に向かった。
何だかお見合いをして「後は若い二人で」と言って送り出されるのに似ていると思った。
「では行きましょう」
家の大きさから庭も広いんだろうと思って、勝手に学校の校庭くらいに思っていた。
部屋の窓から見えたのは芝の広場と生け垣だったから。
でも実際そこに足を踏み入れて見ると、思った以上に広かった。
生け垣を潜ると散策用の小道が続いていた。
「あちらへ行くと温室があります。こっちには小さい池が、あちらには東屋があります」
右、左、中央とアドルファスさんが指差す先には確かに建物などがあった。
「生け垣の向こうにこんな広い庭が広がっていたなんて思いませんでした」
「王宮に比べれば我が家の庭などその半分です。ここはレディ・シンクレアが嫁いでこられた時に王宮の庭に模して祖父が手を入れました」
二人でゆっくりと、時折立ち止まって庭を眺めた。
「すごいですね」
急に庭に二人で歩くことになって会話が続くかと不安だったが、アドルファスさんが話し上手で助かる。
「こんな立派なお庭、維持するのも大変でしょう?」
「雇っている庭師が優秀なんです。温室の側に彼の作業小屋があります。そこへ行ってみますか?」
庭に出てからも右手はずっと私の手を握ったままで、そんな彼に促されてついていく。
「トーマス」
小屋に近づくと、ちょうど小屋から出てきた初老の男性がいた。
「ぼっちゃ…旦那様」
「そんな歳でもないが、坊っちゃんでいい」
彼もバーティーさんもアドルファスさんのことを「坊っちゃん」と呼ぶ。昔からの使用人なのだろう。体は大きくなっても彼らには未だアドルファスさんは坊っちゃんで、偉ぶらずそんなふうに気さくに皆と接する彼に好感が持てた。
「そちらは?」
「彼女はユイナさん。昨日から我が家に滞在されている。暫くここで暮らすことになる」
「こんにちは」
「ああ、あなた様が…今朝バーティーから話を聞きました」
野外での作業のせいか、良く日に焼けた優しそうな人だった。
「ところで坊っちゃん、今日はなんの用で?」
「ユイナさんの部屋に飾る花を貰いに来た。ついでに彼女に我が家自慢の庭を案内している」
「そうですか。それじゃあとびっきり綺麗に咲いているものを選びましょう」
「一緒について行ってもいいですか?」
「もちろん」
トーマスさんとアドルファスさんと共に温室へ向かう。
今は夏に近い気候で、温室のガラスも開けてあるため外とそれほど温度差はなかった。
「ここでは魔法を使って育てていないのですか?」
「水やりなどで少し魔法に頼ることはありますが、自然に育てて手塩にかける方が咲いた時の嬉しさは何倍も違います」
「それがトーマスの誇りなんだ。手っ取り早く咲かせたがる者もいるが、レインズフォード家では代々そうやって庭を維持してきた」
「わかります。手作りって大事ですよね。それに実際自分でやってみないと技術は身に付きませんもの」
「そうなんです。よくわかってらっしゃる。坊っちゃんもその精神は大事にしてくださって、私の好きにさせてくれるんです。本当にいいご当主様です」
「ただ先祖代々の伝統を継いでいるだけだ」
「それでも、効率を重視して何でも簡素化したがる人もいます。その精神を受け継ぐのは立派だと思います。そんな方がご当主だと働く人も働き甲斐がありますよね」
「よくわかっていらっしゃいますね」
「そんな大げさな…」
二人でアドルファスさんを褒めると、微かに彼の耳が赤くなった。
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