50 / 118
50 唯一無二
しおりを挟む
名前を呼ばれたと思ったのは気のせいではなかった。
「街中で使うのは本来なら禁止されています」
「え、では…」
私を探すためにアドルファスさんは禁じられていることをしたのか。
「大丈夫、そのために警備兵を巻き込んだんです。彼らに事前に許可を取ってあります」
「そうなんですね」
「反応が弱かったので、もしかして返事ができない状態なのではと焦りました」
「すみません…気のせいかと」
「知らなかったのです。ただ、呼ばれたからと何でも返事していいものではありません。不埒な目的で呼びかける者もいますから」
「わかりました」
知らない人についていかないように。
子どもがよく言われる言葉だ。それも仕方ない。この世界に来たばかりで、当たり前の常識さえ私には持ち合わせていない。
治安のいい日本とここでは違うのだ。
「僅かに反応があった方向に今度は別の魔法を使ってあなたの姿を探しました」
「もしかして、あのダイヤモンドダストみたいなものも…」
多くの人を動かし、禁じられている魔法まで使って私を捜索してくれた。それほどに心配させてしまった。
「何もなくて良かった」
膝の上に置いた手をアドルファスさんの大きな手が包む。
心の底から安堵した様子の彼を見て、本当に心配させてしまったんだと更に罪悪感が募った。
けれど門番たちを責めた時の、アドルファスさんの容赦ない厳しい態度には驚いた。
「私が軽率だったことは認めます。でもそのことで第三者をあんな風に怒るのはやめてください。アドルファスさんが損をするだけです」
彼らの怯えた顔。あれではアドルファスさんが暴君のように思われる。とても親切でいい人なのに、彼への心象が悪くなるのは申し訳なかった。
「外へ出ようとしたのが聖女なら、彼らは絶対に気づいたでしょう。忙しかったからは言い訳です。神殿内であなたを軽んじる気風があるから、今回のようなことになったんです」
「でも、それは仕方がありません。聖女と私では…」
「いいえ、聖女同様、あなたも唯一無二です。異世界に無理矢理引っ張り込んでおきながら、後は知らぬ存ぜぬなど…それはあまりに無責任です。その上、怪我などさせたなら…」
唯一無二なんて言われ、思わず息を呑んだ。
他に代わりのない存在。人でも物でも大切な存在に対して使われる言葉だ。
聖女にならわかるが、アドルファスさんに取っては私もそうだと言うこと?恋人にならないかという話からそんな言葉を吐かれると、更に意識してしまう。
「どうかしましたか?」
意識して言った言葉ではなかったのか、当の本人は涼しい顔をしている。まさか昨夜のことを忘れてるなんてことは…
「い、いえ…」
でも昨夜のこともあるし、彼は私を異世界人の向先唯奈というだけでなく、異性として認識しているんだろうか。
「そのブレスレット、他にはないのですか」
「え、ブレスレットですか?」
ドキドキしていると、不意にブレスレットの話になった。
「はい。ブレスレットでも何でもいいですが」
「えっとないことはないのですが…」
もう一つ少し幅広の革の切れ端で作った分をポケットから出した。
「それもあなたが作ったものですか?」
「そうです」
「私にいただげすか?」
「え、それは、構いませんが…でも私よりファビオさんの方が格段に上手なので、そっちを買った方が…」
「いいえ、これがいいです」
「じゃ、じゃあどうぞ…」
「ありがとうございます」
アドルファスさんは嬉しそうに私の手からブレスレットを取り、それを自分の右手首に巻いて感触を確かめるように撫でた。
「自分で作っておいてなんですが、大したものでは…アドルファスさんなら宝石が付いた立派なものをお持ちなのでは?」
そもそもアクセサリーを付けるのかどうかもわからない。
「ジャラジャラしたのは好きではありません。もともと魔法の付与が付いた実用的なものしか付けませんから」
「魔法付与?」
「身体防御、魔法防御、状態異常の無効化、魔法効果の増幅、身体強化など、魔石などに術式を組み込んでそれらを装身具として身につけるんです。女性はそんなものがなくても美しさだけで装飾品として持っていますが」
パワーストーンを使ってアクセサリーを作るみたいなものだろうか。それらよりずっと確実な効果が得られそう。
「なら尚更そんな余り物みたいなものは…」
「いいえ、ユイナさんが作ったものだからほしいのであって、それ以外に興味はありません」
手を後ろに回して、私の手が届かないようにする姿は、おもちゃを取り上げられまいとする子どもみたい。
ダダをこねる姿がさっきとギャップがあり過ぎる。
「アドルファスさんが構わないなら…」
「あなたの手作りがいいんです」
私が諦めたのがわかり、腕を前に出して愛しそうにブレスレットを触る。
まるで愛撫しているみたいに見えるのは錯覚だろうか。
「あなたの体温が伝わってくるようです」
腕を上げて口づけまでする始末だ。
アドルファスさんの唇が目に入り、ふいに昨晩のことが思い出された。
アイスブルーの瞳と目が合い、何を考えているか見透かされそうで顔を背けた。
あまり勢いよく顔を背けたので、かえって意識していることがばれたのか、クスリとアドルファスさんから忍び笑いが洩れた。
「少しは考えてくれましたか?」
「へ?」
ドストレートに訊ねられ、振り向いて間抜けな返事をしてしまった。
「恋人になる、という話です」
やっぱり忘れていなかった。
「街中で使うのは本来なら禁止されています」
「え、では…」
私を探すためにアドルファスさんは禁じられていることをしたのか。
「大丈夫、そのために警備兵を巻き込んだんです。彼らに事前に許可を取ってあります」
「そうなんですね」
「反応が弱かったので、もしかして返事ができない状態なのではと焦りました」
「すみません…気のせいかと」
「知らなかったのです。ただ、呼ばれたからと何でも返事していいものではありません。不埒な目的で呼びかける者もいますから」
「わかりました」
知らない人についていかないように。
子どもがよく言われる言葉だ。それも仕方ない。この世界に来たばかりで、当たり前の常識さえ私には持ち合わせていない。
治安のいい日本とここでは違うのだ。
「僅かに反応があった方向に今度は別の魔法を使ってあなたの姿を探しました」
「もしかして、あのダイヤモンドダストみたいなものも…」
多くの人を動かし、禁じられている魔法まで使って私を捜索してくれた。それほどに心配させてしまった。
「何もなくて良かった」
膝の上に置いた手をアドルファスさんの大きな手が包む。
心の底から安堵した様子の彼を見て、本当に心配させてしまったんだと更に罪悪感が募った。
けれど門番たちを責めた時の、アドルファスさんの容赦ない厳しい態度には驚いた。
「私が軽率だったことは認めます。でもそのことで第三者をあんな風に怒るのはやめてください。アドルファスさんが損をするだけです」
彼らの怯えた顔。あれではアドルファスさんが暴君のように思われる。とても親切でいい人なのに、彼への心象が悪くなるのは申し訳なかった。
「外へ出ようとしたのが聖女なら、彼らは絶対に気づいたでしょう。忙しかったからは言い訳です。神殿内であなたを軽んじる気風があるから、今回のようなことになったんです」
「でも、それは仕方がありません。聖女と私では…」
「いいえ、聖女同様、あなたも唯一無二です。異世界に無理矢理引っ張り込んでおきながら、後は知らぬ存ぜぬなど…それはあまりに無責任です。その上、怪我などさせたなら…」
唯一無二なんて言われ、思わず息を呑んだ。
他に代わりのない存在。人でも物でも大切な存在に対して使われる言葉だ。
聖女にならわかるが、アドルファスさんに取っては私もそうだと言うこと?恋人にならないかという話からそんな言葉を吐かれると、更に意識してしまう。
「どうかしましたか?」
意識して言った言葉ではなかったのか、当の本人は涼しい顔をしている。まさか昨夜のことを忘れてるなんてことは…
「い、いえ…」
でも昨夜のこともあるし、彼は私を異世界人の向先唯奈というだけでなく、異性として認識しているんだろうか。
「そのブレスレット、他にはないのですか」
「え、ブレスレットですか?」
ドキドキしていると、不意にブレスレットの話になった。
「はい。ブレスレットでも何でもいいですが」
「えっとないことはないのですが…」
もう一つ少し幅広の革の切れ端で作った分をポケットから出した。
「それもあなたが作ったものですか?」
「そうです」
「私にいただげすか?」
「え、それは、構いませんが…でも私よりファビオさんの方が格段に上手なので、そっちを買った方が…」
「いいえ、これがいいです」
「じゃ、じゃあどうぞ…」
「ありがとうございます」
アドルファスさんは嬉しそうに私の手からブレスレットを取り、それを自分の右手首に巻いて感触を確かめるように撫でた。
「自分で作っておいてなんですが、大したものでは…アドルファスさんなら宝石が付いた立派なものをお持ちなのでは?」
そもそもアクセサリーを付けるのかどうかもわからない。
「ジャラジャラしたのは好きではありません。もともと魔法の付与が付いた実用的なものしか付けませんから」
「魔法付与?」
「身体防御、魔法防御、状態異常の無効化、魔法効果の増幅、身体強化など、魔石などに術式を組み込んでそれらを装身具として身につけるんです。女性はそんなものがなくても美しさだけで装飾品として持っていますが」
パワーストーンを使ってアクセサリーを作るみたいなものだろうか。それらよりずっと確実な効果が得られそう。
「なら尚更そんな余り物みたいなものは…」
「いいえ、ユイナさんが作ったものだからほしいのであって、それ以外に興味はありません」
手を後ろに回して、私の手が届かないようにする姿は、おもちゃを取り上げられまいとする子どもみたい。
ダダをこねる姿がさっきとギャップがあり過ぎる。
「アドルファスさんが構わないなら…」
「あなたの手作りがいいんです」
私が諦めたのがわかり、腕を前に出して愛しそうにブレスレットを触る。
まるで愛撫しているみたいに見えるのは錯覚だろうか。
「あなたの体温が伝わってくるようです」
腕を上げて口づけまでする始末だ。
アドルファスさんの唇が目に入り、ふいに昨晩のことが思い出された。
アイスブルーの瞳と目が合い、何を考えているか見透かされそうで顔を背けた。
あまり勢いよく顔を背けたので、かえって意識していることがばれたのか、クスリとアドルファスさんから忍び笑いが洩れた。
「少しは考えてくれましたか?」
「へ?」
ドストレートに訊ねられ、振り向いて間抜けな返事をしてしまった。
「恋人になる、という話です」
やっぱり忘れていなかった。
17
あなたにおすすめの小説
『婚約破棄された悪役令嬢ですが、嫁ぎ先で“連れ子三人”の母になりました ~三人の「ママ」が聞けるまで、私は絶対に逃げません~』
放浪人
恋愛
「母はいりません」と拒絶された悪役令嬢が、最強の“ママ”になるまでの物語。
「君のような可愛げのない女は、王妃にふさわしくない」
身に覚えのない罪で婚約破棄され、“悪役令嬢”の汚名を着せられたクラリス。 彼女が新たに嫁いだのは、北方の辺境を守る「氷の公爵」ことレオンハルト・フォン・グレイフだった。
冷え切った屋敷で彼女を待っていたのは、無表情な夫と、心に傷を負った三人の連れ子たち。 「僕たちに、母はいりません」 初対面で突きつけられた三つの拒絶。しかし、クラリスは諦めなかった。
「称号はいりません。私が欲しいのは――あなたたち三人の『ママ』になれる日だけです」
得意の生活魔法『灯(ともしび)』で凍えた部屋を温め、『鎮(しずめ)』の歌で夜泣きを癒やし、家政手腕で荒れた食卓を立て直す。 クラリスの献身的な愛情は、頑なだった子供たちの心を解きほぐし、やがて不器用な夫の氷の心さえも熱く溶かしていく。
これは、不遇な悪役令嬢が「最強の母」となり、家族を脅かす元婚約者や魔獣たちを華麗に撃退し、最愛の家族から「ママ」と呼ばれるその日までを綴った物語。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました【完結】
iru
恋愛
第19回 恋愛小説大賞エントリーしています。ぜひ1票お願いします。
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
第3皇子は妃よりも騎士団長の妹の私を溺愛している 【完結】
日下奈緒
恋愛
王家に仕える騎士の妹・リリアーナは、冷徹と噂される第3皇子アシュレイに密かに想いを寄せていた。戦の前夜、命を懸けた一戦を前に、彼のもとを訪ね純潔を捧げる。勝利の凱旋後も、皇子は毎夜彼女を呼び続け、やがてリリアーナは身籠る。正妃に拒まれていた皇子は離縁を決意し、すべてを捨ててリリアーナを正式な妃として迎える——これは、禁じられた愛が真実の絆へと変わる、激甘ロマンス。
異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜
京
恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。
右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。
そんな乙女ゲームのようなお話。
料理がマズいと言われ続けて限界がきたので、もっとマズいものを作って差し上げたら旦那様に泣かれてしまいました
九条 雛
恋愛
和平の証として魔族の元へと嫁がされたエルネットは、作った料理が不味いと毎日なじられ続けていた。
それでも魔族の慣わしとして、家族の口へと入る料理は彼女が作らねばならないらしい。
侯爵家の令嬢で、料理をしたことがなかった自分が悪いのだと努力を続けるエルネットだったが、それでも夫は彼女の料理を不味いと言い捨て、愛人の元へ通いに行くと公言する。
ほとんど限界を迎えていた彼女の中で、ついに何かがプツリと切れた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる