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幕間〜ロクサーヌ
7
お酒を飲みすぎたような胸のむかつきを抱えながら、その場に起き上がった。
「気持ち悪い」
自分がいる場所を見回した。今度は前と違いかなり立派な部屋にいた。
壁際に暖炉があるが、家具は寝台とキャビネットのみの殺風景な部屋だった。
寝台も適度な固さでシーツも清潔。置かれている調度品は他にはなく、質素だが綺麗に掃除されているので埃っぽくもない。
だが、窓には鉄格子がはめられていて、異様な状態であることは変わらない。
「こんなに気分が悪くなるなんて…どうして教えてくれなかったのかしら」
はしたないと思いながら、誰もいない部屋で込み上げるゲップを吐き出した。
『あなたの大事な人のことで話がある。一人でルヴェルタまで来られたし』
『ルヴェルタ』の封筒にはそれだけ書かれた手紙が入っていた。
ここに来るようにということは店の主が私に何か伝えたいことがあるのだろうか。
差出人が定かではない手紙一通でのこのこ来るのは軽率だとは思う。
でももし「大事な人」がレオポルドのことだったらと思うと、いてもたってもいられなかった。
私に届いた手紙をルブラン公に見せた。
「十中八九罠だな」
ルブラン公の意見に私も同意した。このタイミングでわざわざルブラン公の邸に届けられるなんて、誰が見てもそう思うだろう。
「でも、レオポルドを見つける手がかりかもしれません」
「しかしスタエレンスが行方不明の今、君までまた巻き込むことはできない。危険だ」
乗り気になれないルブラン公の気持ちもわかる。
私だって怖い。
「前と違い、今度は用心します」
「それでも、素人の君にそんな危険なことはさせられない。今度は捻挫ではすまないかもしれないのだぞ」
きちんと訓練を受けていたレオポルドでも捕まったのなら私など赤子の手を捻るようなものだ。
「でも、私に届いたのなら私が行かなければ」
身代わりを立てることもできない。レオポルドが私を助けに来てくれたように、私も彼を助けたい。
「確かにこのあからさまな誘いに乗ることでこの状況を打破することができるとは思った。だがやはりそれは悪手だ」
「ですが、もう三日が経とうとしています。進展と言えばソフィーらしき女性の遺体が見つかったことだけ。捜索も行き詰まっているのではないですか」
ルブラン公は座ったまま腕を組み、目を閉じて暫く考え込んでいた。
いくほども経たない内にゆっくり目を開けて、胸元から首飾りを取り出した。
首飾りの先には小さな鍵が付いていて、ルブラン公はその鍵で抽斗を開けた。
「これを渡しておく」
そこから取り出したものを私にくれた。それは小さな薬瓶だった。
「これはなんですか?」
小瓶を持ち上げると中には半透明な液体が入っていた。
「薬だ。出かける馬車の中で飲んでおくといい」
「私は別に馬車酔いはしません」
「それは酔い止めの薬ではない」
「では、何のための?」
「役に立つはずだ。騙されたと思って飲みなさい。それからこれも」
ルブラン公がくれた薬は、服用する薬の効果を打ち消す薬だった。
それを飲んだだけでは何もない。でももしそれを飲んだ後で何か薬を飲んだら、先に飲んだその薬が胃の中で薬を分解して効果を和らげてくれるらしい。
睡眠薬なら混沌するのを防ぎ、催淫剤なら疼きを抑え、毒なら致死には至らない。
王族に伝わる秘薬らしい。
こういうものが必要になるなんて王族もなかなか大変だ。
そしてもうひとつ渡されたのはベルトに収められた短剣。
それからパライン卿を呼び出し、私を誰にも悟られないよう尾行するように命令した。
「必ず君を護る。だが、決して自分から危険なことはするな。仮にスタエレンスの所在について手がかりを掴むか、彼を見つけたとしても一人で無理だと思ったら、自分の安全を確保して彼らが来るのを待て」
ルブラン公は何度も念を押した。
でも分解された薬のせいで胃がむかつくとは教えてくれなかった。何か熱いものを飲み込んだように胃の辺りが熱くなり汗も吹き出してくる。
ここに来るまでのことはぼんやりと覚えている。
完全に意識を失わなかったのは薬のおかげだろう。
どうやら飲まされたのは睡眠薬の類らしい。
『ルヴェルタ』で話をしているうちに途中からロクサーヌさんの顔つきが険しくなり、言葉も攻撃的になってきていた。
「レオポルドと結婚することになって、気分はどう? さぞかしご満悦でしょう」
どこかに後妻として入るか独身のままでいるかと思っていたのだから、レオポルドに出会えて幸運かもしれない。
でも彼女が言いたいのはレオポルドが彼女でなく私を選んだことに対する憤りに聞こえる。
「ご満悦とかどうとかあなたに関係ありません。…誰と結婚しても自分が幸せならそれが一番だと思います」
「いい子ちゃんの考えね。この世に何の問題もない夫婦なんてないと思うけれど」
「そうかも知れませんが、誰かと比べているわけではありませんから」
「正論過ぎて逆に鬱陶しいわ。その歳で今も幻想を抱いているなんて、世間知らずね。それとも頭に花でも咲いているのかしら」
「確かに私には人生経験が足りないかもしれませんが、そこまで言われるなんて失礼ではありませんか。一体私にどうしろと言うのですか」
殆ど初対面の相手に知能が足りないようなことを言われ、さすがの私もむっとなる。
「そんなにレオポルドの相手が私であることが気に入らないのですか? それともレオポルドがあなたを選ばなかったことが気に入らない?」
「勘違いしないで。私は別にレオポルドに未練があるわけではないわ」
彼女が彼の名を呼び捨てにしていることが気に入らない。
本当に未練がなければ誰が相手でも何とも思わないのではないだろうか。
「もう失礼します」
始めから嫌われている相手とこれ以上同じ空間にいるのは堪えられない。
礼儀に適っていないのはわかっているが、そもそも彼女にそんな気を遣うのもおかしい。
「待ちなさい」
立ち上がる私の手首をロクサーヌさんが掴んだ。
「気持ち悪い」
自分がいる場所を見回した。今度は前と違いかなり立派な部屋にいた。
壁際に暖炉があるが、家具は寝台とキャビネットのみの殺風景な部屋だった。
寝台も適度な固さでシーツも清潔。置かれている調度品は他にはなく、質素だが綺麗に掃除されているので埃っぽくもない。
だが、窓には鉄格子がはめられていて、異様な状態であることは変わらない。
「こんなに気分が悪くなるなんて…どうして教えてくれなかったのかしら」
はしたないと思いながら、誰もいない部屋で込み上げるゲップを吐き出した。
『あなたの大事な人のことで話がある。一人でルヴェルタまで来られたし』
『ルヴェルタ』の封筒にはそれだけ書かれた手紙が入っていた。
ここに来るようにということは店の主が私に何か伝えたいことがあるのだろうか。
差出人が定かではない手紙一通でのこのこ来るのは軽率だとは思う。
でももし「大事な人」がレオポルドのことだったらと思うと、いてもたってもいられなかった。
私に届いた手紙をルブラン公に見せた。
「十中八九罠だな」
ルブラン公の意見に私も同意した。このタイミングでわざわざルブラン公の邸に届けられるなんて、誰が見てもそう思うだろう。
「でも、レオポルドを見つける手がかりかもしれません」
「しかしスタエレンスが行方不明の今、君までまた巻き込むことはできない。危険だ」
乗り気になれないルブラン公の気持ちもわかる。
私だって怖い。
「前と違い、今度は用心します」
「それでも、素人の君にそんな危険なことはさせられない。今度は捻挫ではすまないかもしれないのだぞ」
きちんと訓練を受けていたレオポルドでも捕まったのなら私など赤子の手を捻るようなものだ。
「でも、私に届いたのなら私が行かなければ」
身代わりを立てることもできない。レオポルドが私を助けに来てくれたように、私も彼を助けたい。
「確かにこのあからさまな誘いに乗ることでこの状況を打破することができるとは思った。だがやはりそれは悪手だ」
「ですが、もう三日が経とうとしています。進展と言えばソフィーらしき女性の遺体が見つかったことだけ。捜索も行き詰まっているのではないですか」
ルブラン公は座ったまま腕を組み、目を閉じて暫く考え込んでいた。
いくほども経たない内にゆっくり目を開けて、胸元から首飾りを取り出した。
首飾りの先には小さな鍵が付いていて、ルブラン公はその鍵で抽斗を開けた。
「これを渡しておく」
そこから取り出したものを私にくれた。それは小さな薬瓶だった。
「これはなんですか?」
小瓶を持ち上げると中には半透明な液体が入っていた。
「薬だ。出かける馬車の中で飲んでおくといい」
「私は別に馬車酔いはしません」
「それは酔い止めの薬ではない」
「では、何のための?」
「役に立つはずだ。騙されたと思って飲みなさい。それからこれも」
ルブラン公がくれた薬は、服用する薬の効果を打ち消す薬だった。
それを飲んだだけでは何もない。でももしそれを飲んだ後で何か薬を飲んだら、先に飲んだその薬が胃の中で薬を分解して効果を和らげてくれるらしい。
睡眠薬なら混沌するのを防ぎ、催淫剤なら疼きを抑え、毒なら致死には至らない。
王族に伝わる秘薬らしい。
こういうものが必要になるなんて王族もなかなか大変だ。
そしてもうひとつ渡されたのはベルトに収められた短剣。
それからパライン卿を呼び出し、私を誰にも悟られないよう尾行するように命令した。
「必ず君を護る。だが、決して自分から危険なことはするな。仮にスタエレンスの所在について手がかりを掴むか、彼を見つけたとしても一人で無理だと思ったら、自分の安全を確保して彼らが来るのを待て」
ルブラン公は何度も念を押した。
でも分解された薬のせいで胃がむかつくとは教えてくれなかった。何か熱いものを飲み込んだように胃の辺りが熱くなり汗も吹き出してくる。
ここに来るまでのことはぼんやりと覚えている。
完全に意識を失わなかったのは薬のおかげだろう。
どうやら飲まされたのは睡眠薬の類らしい。
『ルヴェルタ』で話をしているうちに途中からロクサーヌさんの顔つきが険しくなり、言葉も攻撃的になってきていた。
「レオポルドと結婚することになって、気分はどう? さぞかしご満悦でしょう」
どこかに後妻として入るか独身のままでいるかと思っていたのだから、レオポルドに出会えて幸運かもしれない。
でも彼女が言いたいのはレオポルドが彼女でなく私を選んだことに対する憤りに聞こえる。
「ご満悦とかどうとかあなたに関係ありません。…誰と結婚しても自分が幸せならそれが一番だと思います」
「いい子ちゃんの考えね。この世に何の問題もない夫婦なんてないと思うけれど」
「そうかも知れませんが、誰かと比べているわけではありませんから」
「正論過ぎて逆に鬱陶しいわ。その歳で今も幻想を抱いているなんて、世間知らずね。それとも頭に花でも咲いているのかしら」
「確かに私には人生経験が足りないかもしれませんが、そこまで言われるなんて失礼ではありませんか。一体私にどうしろと言うのですか」
殆ど初対面の相手に知能が足りないようなことを言われ、さすがの私もむっとなる。
「そんなにレオポルドの相手が私であることが気に入らないのですか? それともレオポルドがあなたを選ばなかったことが気に入らない?」
「勘違いしないで。私は別にレオポルドに未練があるわけではないわ」
彼女が彼の名を呼び捨てにしていることが気に入らない。
本当に未練がなければ誰が相手でも何とも思わないのではないだろうか。
「もう失礼します」
始めから嫌われている相手とこれ以上同じ空間にいるのは堪えられない。
礼儀に適っていないのはわかっているが、そもそも彼女にそんな気を遣うのもおかしい。
「待ちなさい」
立ち上がる私の手首をロクサーヌさんが掴んだ。
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