クウェイル・ミルテの花嫁

橘 葛葉

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【15】執事の魔力

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オルフェは久しぶりに見る威厳ある主人の姿に、誇らしげな笑みを浮かべた。
「い、いえ、領主様。全国の……許可証が必要なんでございます」
「全国?」
緊張したままの顔が、ヘリオスに向かっていたが、震えそうな顔のまま男は口を開く。
「パラキート・ミルテ、クウェイル・ミルテ、スラッシュ・ミルテ、すべての地方に行きたいのです」
「…………」
じっと男を見下ろすヘリオス。男は体を縮こませながら、ヘリオスの言葉を待っていた。
「目的は?」
「……ぼ……わ、わたしの大切なお方を、探しております」
「大切な方とは?」
「心から敬愛する方……でございます」
ごくりと喉の鳴る音がした。
ヘリオスと同じように、オルフェも男を観察した。
オルフェは人の嘘に敏感な体質だった。ヘリオスに言わせると魔力の一種らしいのだが、自覚がないので体質だと思っている。
でも、だからこそ来客時には側に控える事ができる地位にいるのだ。
再びヘリオスはじっと男を観察している。
オルフェはそれも理解できると心中で呟いた。
このような曖昧な目的が理由の場合、もっと人は語るものだ。本当か嘘かはともかく、熱い思いを語って価値を示す。
それが目の前の男にはない。
嘘の気配もないが、違和感がずっとある。
「名は?」
問いかけるヘリオスの声は冷たい。
「はい。ウズといいます領主様」
オルフェの位置からはウズの顔は暗くてよく見えなかった。
灯りをもっと炊いていればよかったと己の仕事を反省しながら様子を伺う。
「他の者は」
ヘリオスの声で、背後に控えて跪いていた三人はそのままの姿勢で名乗る。それぞれ名乗りながら小さく頭を下げた。
「ダチュラです、領主様」
比較的、若い声だ。
「ロートと申します、領主様」
年配の男だった。
「ビンカでございます。領主様」
艶っぽく聞こえるような言い回しを使った最後の女は、チラリと顔を上げてヘリオスを見た。
ヘリオスに微笑みを見せたが、全く変わらぬ領主の表情に再び下を向く。
「本日は契約に基づいて新妻の元へ赴かねばなりません。明日の朝までお待ちください」
ヘリオスがそう言うと、ウズはあっさり頷いて引き下がった。
「もちろんでございます、領主様」
深く頭を下げたウズは先ほどと違った顔に見えて、オルフェは少し顔を捻って観察した。
「夜中に到着してしまったのですが、街に入って早々にキャラウェイ家で頂いた紹介状を狙われたので、一刻も早く領主様にお見せしようと思った次第でございます。夜中に押しかけたことをお詫び申し上げます」
これは、嘘だとオルフェの直感が働く。最初に見た時には薄い印象の顔だと思ったが、俯いている顔は随分美形に見える。何か違和感があるが、それの正体が分からない。
「部屋を用意させますので今夜はゆるりとお休みください」
意外だなと思いつつも、ヘリオスの声に表情を引き締めたオルフェ。
さっと立ち上がったヘリオスは、オルフェに目をやると身を翻して奥へ消える。
オルフェは主人を見送ると、改めて旅の一座に目を向けた。







謁見室から廊下に出された旅の一行は、オルフェの指示で男性の使用人に案内されるがまま客間に向かった。居間に付属して五部屋の寝室があり、まるで宿のような場所だった。
夜食としてテーブルにスープとパンが用意されている。
それぞれが感謝の意を告げると、使用人は一礼して部屋を出ていく。
「ふう……」
ウズはフードを取るとほっと大きく息を吐いた。薄い印象だったその青年は、顔を覆っていた薄いベールを捲る。すると中から美形の顔が現れた。
「暑かった」
顔の印象を変える魔法のベールだ。パタパタと手で顔を仰ぐと、他の人物に顔を向けて再び口を開く。
「緊張しましたね」
ウズの言葉に頷いたダチュラは、ロートに顔を向けると言った。
「朝まで待つしかないか。ま、屋内でゆっくりできるんだから、逆に感謝だな」
ロートは無表情のまま無言で頷いた。
「それにしても聞いたか、あの噂」
ダチュラの言葉に反応したのはビンカ。
「あの時に魔法を使うってんでしょ?」
忍び笑うダチュラの声が部屋に小さく響く。
「でも、ここの夫婦は政略結婚なんでしょ?愛はないって聞いたけど」
ビンカが服の中に入り込んだ髪を出しながら言った。それにはロートが答える。
「愛はなくとも跡取りは必要だろう。体を繋げりゃいつかは孕むさ」
「可哀想な領主様。愛のない家庭なんて。きっと気持ちよくない夫婦生活を送っているわ」
その言葉に、無表情のロートが言う。
「慰めてさしあげたらどうだ?」
「もちろんそのつもりよ。その代わり……」
ビンカはロートではなく、ダチュラに顔を向けて言った。
「わかってる。しっかり捕まえておけよ、朝までな」
そう言うとビンカは髪を手で弾きながら言った。
「あたしを誰だと思ってんの?魅了の香水だって持ってるのよ」
胸の谷間に指を差し込んだビンカは、にやりと三人に笑うと小さな小瓶を取り出した。見せつけるように液体を胸の谷間に染み込ませると、蓋をした瓶を放り投げる。そして服を右手で掴むと、ぐいっと剥ぎ取った。
体のラインがくっきり見える、薄い布一枚になったビンカは、脱いだ服を三人の方に放り投げると、踵を返して単独行動を開始した。








「旦那様、少し宜しいですか?」
部屋の手配を終えたオルフェは、ヘリオスを追って執務室へ来ていた。
「こんな時間にやってきたわりに、許可証をすぐに要求しませんでしたね。もしや、ミルテが目的の可能性はありませんか?」
祝福の木ミルテ。
それは地下で管理されていた。
古の時代、王から三つの領地の領主にそれぞれ与えられたとされる植物。
その地方に根を張り、祝福をもたらすと言われている特別な木だった。
ゆえに、各地方には名称の後にミルテと付いている。
ヘリオスの身につけている指輪が扉の鍵であり、オルフェ以外の使用人は誰も入ったことがない。
現在それは神話として語られる。
ゆえに、本当に植物としての木が存在していると知っているものは少ない。
「ミルテの存在を知っているというのか?」
「噂だけでも信じて来る者が時々おりますでしょう?アレの類かと」
なるほど、と顎を抱えて考え込むヘリオス。
「念の為警戒しておくとしよう」
「かしこまりました。わたくしもそれとなく見回っておきます」








「領主様!助けてください」
ヘリオスがオルフェと分かれて寝室へと向かう途中の事である。
背後からそう声をかけてくる女の声。
何事かと振り返ると、胸元を隠すように腕をクロスさせた女が駆け寄ってくる。
どんっとヘリオスの胸元に飛び込むと、腕を腰に回してしがみ付く女。
「誰だ」
「ビンカでございます、領主様。助けてください」
「誰だって?」
首を傾げたヘリオスに、ビンカは下から顔を覗かせ、見上げながら言った。真っ赤で艶やかな唇が弧を描く。
「先ほどご挨拶した旅の者でございます。領主様、お助けください」
あぁ、さきほどの……とヘリオスは思ったが、それがなぜ助けを求めているのか不明だ。
「何かあったのですか?もしや、仲間割れ……」
「いいえ領主様」
ヘリオスの胸元で首を激しく横に振るビンカは、再び見上げると目を潤ませて言う。
「体が疼いて仕方ないのです、領主様。貴方様の美しさに心奪われて……」
ビンカはそう言うと、胸の谷間に指を入れから引き抜き、その指をヘリオスの鼻へ近づける。
鼻腔をくすぐる刺激的な薔薇の香りに、くらりと目眩を覚えたヘリオス。
「なに、を、する」
「あたしのここに……熱いものをくださいな、領主様」
自分の下を指して、ぐっと体を密着させてくるビンカに押されて、ヘリオスは壁に背を預けてしまう。手を退けたビンカの胸はすでに顕になっており、弾けるように大きな乳房を揺らしながらヘリオスに近寄ってくる。
薔薇の香りと共に、体が上手く動かせないでいる。そんなヘリオスの手を、ビンカが勝手に持ち上げて自身の股間に押し当てた。
「やめ……ろ……」
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