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拐われた私。 一度目

ルシアスは優しい?

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「落ち着きましたか? サクラ」

気遣いに満ちた優しい声が、ルシアスを見つめたまま動かないサクラの耳に届く。
何処か遠くを見るようにぼおっとした瞳が夢から醒めたように大きく見開かれる。

「はい。ルシアスさん。ありがとうございます…」

とても綺麗な男性に微笑みかけられて、少しぼおっとしていたみたいだ。
あれだけ泣いていたというのに、何だか現金過ぎて恥ずかしい。


防衛本能というのだろうか。
自分の心を守る為に自然と現実逃避出来る対象へと意識が逸れたのだが。

それは、辛い現実を直視し続けるのが厳しい時に、小説や漫画や偶像アイドルに夢中になることで現実を忘れるようなもの。

幼いサクラが無意識にやっていたこと。


「それはよかった。お茶の用意をさせますね」

ルシアスさんはそういうと、指を鳴らした。
鳴らした指先から光の粒子みたいなものが微かに舞う。


「きれい……」

思わず呟いたサクラにルシアスは微笑む。

「伝達の魔法の一種です。伝えたい事を魔力に込めて指定の人物の脳内に直接届ける事が出来るのですよ」

サクラには少し難しい説明だが、ルシアスの言いたい事は何となくわかったので頷く。

「私にも使えますか?」

物語の世界でしか聞いた事も見た事もない“魔法”というもの。
わくわくしてしまう心を止められない。


「勿論です。異界から召喚される聖女様にはかなり膨大な魔力が秘められているはずです。
サクラならきっとたくさんの魔法を使う事が出来るでしょう」

「そうなのですね! 魔法はお話の世界だけだと思っていたので、使ってみたいです」

「私がサクラの魔法の講師になるはずです。頑張りましょうね」

「はい!」


すごく優しくて、とても綺麗なルシアスさんが先生になってくれるなんて。
サクラにとっては願ったり叶ったりである。



サクラに対して見せている“凄く優しい人”であるルシアス。
その彼の普段の姿は、魔法術騎士団の団長より上の総長という身分に相応しい非情な男であった。

自己の感情を一切排し全てを淡々と総長としての職務として片付ける。
団の規律のみを徹底しで厳守させ、そこに手心や情などは一切介さない事で有名だ。

ルシアス・グランズデールという名の通り、実は王族である。
現王の弟、王弟である彼は、若くして総長という地位にまで登りつめた。
無論王位継承権を持つ事から大きな権力を所持してはいるが、国の国防を担う機関は徹底して実力主義であった。
権力者だから優遇されて昇進出来るという事はない。
まして総長という職はそれだけで就任出来る程甘い役職ではなかった。

ルシアスはほんの幼い頃から他者とは次元の違う魔力を体内に宿していた。
魔力や美貌に優れた妃を娶り代々続く王族。
その血筋は脈々と受け継がれ、当然の事ながら子へと受け継がれている。

その王族の血筋を持つルシアスは美貌と魔力を生まれる前から約束されている。
そこに魔法の才能と桁違いの魔力を持って育ってきた。
能力に恵まれても奢らずそれを限界まで研鑽し成長してきた。
努力をする天才は他の追随を許さない。
ルシアスが若くして総長に就任したのは、本人の血の滲む程の努力あってこそであった。

総長に就任するまでに、それを妬む者、足を引っ張る者は腐る程出て来たが、容赦なく、悉く、排除してきた。

美貌と権力と才能に恵まれた王弟、幸いな事に王である兄とは仲が良かった為、王位で争う事はなかった。
ルシアス本人が徹底して王位を願っていない態度と言動を周知させていた事が大きい。
兄に王子が二人生まれてはいるが、まだ幼い為に念のために継承権を持たされてるに過ぎない。
王位など一度とし望んだ事はないのだった。

様々な誘惑や思惑を全てを捻じ伏せ跳ね返して来たルシアス・グランズデール。
その徹底した堅い厳しさから、宝石の中でも抜群の硬度を誇るダイヤモンドに例えられ“金剛の魔術師”と呼ばれている。
ルシアス本人は嫌っている渾名なので、ルシアスの前では絶対に口にしてならない渾名である。

実は、裏では命知らずのバカ達から“銀色の最凶悪魔”とも例えられているが――――
それは当然の事ながらルシアスの知る所ではなかった。


ということで、実はサクラに対してのルシアスの態度は普段のルシアスを知る人間にはギョッとする程に違和感がある。
最もルシアスと接する事の多い側近二人は、きっと卒倒する程だろう。
「なぜ優しいのか?」と今のルシアス本人に尋ねる勇者が居たとしたら、ルシアスはこう答えただろう。
「贖罪」と「苦しいほどの罪悪感を感じているから」と答えたかもしれない。



温かなお茶と甘い匂いを漂わせた数種類の美味しそうな焼き菓子が、座るサクラの前に置かれた。
メイド? さんみたいな格好をした女性はテーブルセッティングを終えると、一礼して退室していった。

ふうふうと熱いお茶に息を吹きかけ頃合いをみてちょっとだけ口にする。

(まだ熱い…啜ったりするのはお行儀悪いよね?)

外国の人はスープとかをスプーンでそっとすくって音を立てずに口に運んで飲む…とテレビで見た気がする。
啜る文化というのが恐らくないから、ラーメンとかうどんとか温かい麺類を啜るのがなかなか出来ないとか……

ここは外国じゃなくて異世界だけど…室内の装飾を見る限り洋風な気がした。

(試しに啜ってみる?)


そんな事を黙々と考えているサクラにルシアスは微笑みながら見守る。


「さてサクラ。まだ話は終わりではないのです。本題はここからになります――――」

しばらくしてルシアスはサクラにそう話す。

「本題ですか?」

「サクラ、貴女には聖女として行って貰いたい事があるのです。勿論、一年程この世界のことについてや魔法を学んで貰ってからの話になりますが…」

ルシアスの話はサクラも何となく想像していた話だった。

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