掌編書きが10万字超えの小説を書けるようになるまで

小鳥遊愚香

文字の大きさ
3 / 3

より濃密な表現を抽出せよ!短歌作りのすすめ

しおりを挟む
 二つ目の訓練は、短歌作りだ。

 これは結果論なので、話半分で聞いてほしい。かの流行病の時に漂った濃厚な死の気配に耐えかねて、死に際には辞世の句をこさえようと、私は短歌の通信講座を習い始めた。これが、後々小説作りにも役立っているように思えている。

 「なぜ長編を書くために短歌を?」と拍子抜けするかもしれない。長編の各エピソードを魅力的な掌編として機能させるには、表現を削ぎ落とし、核となる感情や情景を鋭く抽出する必要がある。思いつくだけ全部書くのではなく、これぞというものを取捨選択する作業を磨くのだ。

 よく知らない人のために、短歌について簡単に説明する。
 短歌は「五・七・五・七・七」という限られた形式で、一つの物語を表現する。この訓練は、文章がだらしなく長くなりがちな私のようなにわか物書きにとって、エピソードや描写をシャープにするための、表現のダイエットのようなものだった。



 講座では、まず歌にしたい情景を文章で説明し、その隣に短歌を書き出す。実際に私が提出した例を挙げてみよう。


①聾学校の生徒たち
情景説明:バス停で聾学校の生徒たちがバスを待っている。彼らは大いに盛り上がっており、非常に楽しそうなのだが、手話が読めない私には、それが不思議な疎外感ともどかしさを抱かせた。


自作:バス停で笑い転げる子供らの手話が読みとれずもどかしい午後

添削後:バス停で笑い転げる生徒らの手話が読めずにもどかしい午後

 「子供」よりも「生徒」とする方が、聾学校という背景のニュアンスがより正確に伝わるとのことだった。
 なるほど。こうした微細な言葉の選択が、物語の解像度を左右するのかもしれない。



 せっかくなので、もう一つ。

②棺の中の故人
情景説明:閉所恐怖症だった故人は、生涯、飛行機に乗ることはなかった。そんな故人が、さらに狭い箱である棺に入って安らかに眠っていることで、改めてこの人は死んだのだと実感させられた。(それと同時に、これまで自分の中で)漠然としていた死の概念(幸か不幸か、私が26歳になるまで、周りの人間が死ぬ事が無かった為)にハッキリと形を与えられた気がして、じっと見てしまった。

※この説明が既に長くて辿々しいのは目をつぶって欲しい。


自作:閉所恐怖症だった故人が安らかに眠る棺にじっと死を見る

添削後:閉所恐怖症なりし故人が安らかに眠る棺に死をじっと見る

 「じっと」という副詞を「見る」の直前に置くことで、視線の強さが際立つとのこと。
 短歌は基本的な文章スキルも磨かせてくれる。必要な情緒だけを、鮮やかに立ち上がらせることができるようになる。

 こんな感じ。
 ここに載せたのは、これでもかなりこなれてきた頃の作品なので、習い初めの頃は「アイディアと着眼点は認めるが、それに伴う短歌スキルがない」というかなり耳が痛い総評をいただくことがあった。

 短歌で培った表現の凝縮力は、ストーリーの描写を冗長にさせず、必要な情報と情緒だけを鮮やかに立ち上がらせる力として大いに役立っているように思う。

 私は仕事の休憩時間に毎日ひとつ短歌を作っていた。「57577」という専用アプリや、毎日歌会のような日替わりお題と発表の場を設けているところへ、思いつくだけ投稿した。

 このランダムなお題形式も、アウトプットする上で非常に刺激的だった。お題として提示されなければ、考えもしなかったであろうことについてあれこれ頭を悩ませる時間も悪くない。

 もちろん、出ない日は出ない。10分考えてダメなら潔く諦める。そのくらいの気軽さで言葉を削ぎ落とす習慣を持つことが、結果として重厚な物語を支える地味な筋トレとなりえるのではないだろうか。

 
 あなたも一首、詠んでみては?
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

熟女教師に何度も迫られて…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
二度と味わえない体験をした実話中心のショート・ショート集です

アルファポリスであなたの良作を1000人に読んでもらうための25の技

MJ
エッセイ・ノンフィクション
アルファポリスは書いた小説を簡単に投稿でき、世間に公開できる素晴らしいサイトです。しかしながら、アルファポリスに小説を公開すれば必ずしも沢山の人に読んでいただけるとは限りません。 私はアルファポリスで公開されている小説を読んでいて気づいたのが、面白いのに埋もれている小説が沢山あるということです。 すごく丁寧に真面目にいい文章で、面白い作品を書かれているのに評価が低くて心折れてしまっている方が沢山いらっしゃいます。 そんな方に言いたいです。 アルファポリスで評価低いからと言って心折れちゃいけません。 あなたが良い作品をちゃんと書き続けていればきっとこの世界を潤す良いものが出来上がるでしょう。 アルファポリスは本とは違う媒体ですから、みんなに読んでもらうためには普通の本とは違った戦略があります。 書いたまま放ったらかしではいけません。 自分が良いものを書いている自信のある方はぜひここに書いてあることを試してみてください。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

真面目な女性教師が眼鏡を掛けて誘惑してきた

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
仲良くしていた女性達が俺にだけ見せてくれた最も可愛い瞬間のほっこり実話です

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...