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僕の家
あさぼらけ
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疑いようのない尿意。そして蒸されるような暑さで、自然と目が覚めた。
閉じられたカーテンの隙間から、朝の光が漏れている。外から、微かにラジオ体操の音が聞こえた。
わたらいさんは、大の字で片方の腕を僕の方に向けたまま、少し離れたところに仰向けで寝ている。暑かったのか、寝相が悪いのか、掛け布団は全て僕の方に押し付けられていた。
どうりで暑いわけだ。分厚い布団の中から這い出しながら、僕は思わず笑ってしまう。
彼女を起こさないように、そっと頭を上げ、腕を使って背中を床から離す。少しだけ、頭が重い。
昨日の夜は、まるで使い物にならなかった自分の足に力を入れる。膝を立てることができる。立てそうだ。
安心も疑問もない。僕の意識は今や全く別のところにある。
限界だった。
もう一滴も溜めておけないほど、破裂寸前に膀胱が膨れ上がっている。
一刻も早く、トイレへ。
今、僕の頭を占めているのは、それだけだった。
体操座りのように膝を身体に寄せた体勢からそっと立ち上がろうとしたその時、わたらいさんが寝返りを打った。
大の字で寝ていたその腕が、まるで獲物を捕らえる網のように、静かに僕に絡みつく。
僕の太ももの上に、彼女の細く、脱力して重い腕が乗る。
「……んんぅ」
寝返りのついでに、彼女の顔がぐっと近づく。昨夜の甘噛みの再来を予感させる、確実に何かが起こるだろう距離の詰め方。
かわいい。愛おしい。抱きしめたい。見守りたい。起こしたくない。
彼女の腕にぐっと力が籠り、ベルトみたいに腰に巻きつく。その圧迫感に、限界の膀胱が悲鳴を上げた。
「あっ、ちょ……っ!だめだめやばいやばいっ」
かわいい。愛おしい。抱きしめたい。見守りたい。起こしたくない。
でも、今はそれ以上に、僕の尊厳が危うい。
昨夜の息苦しさとは別の種類の冷や汗が、背中を伝う。
抜け出すために僕が身をよじると、彼女の腕は緩むどころか、かえって強く締め付けてくる。
「起きてっ!起きてわたらいさんっ!離してっ!」
もういっそ、起こすつもりで声を張り上げた。絡みつく腕を引き剥がすために、両手で必死に隙間を作る。
それも無意味だと悟ると、とうとう僕は彼女の身体を直接揺さぶるしかなかった。
「もうだめっ、本当に離してっ!」
必要とされていることがこんなにも安心できるなんて。
昨日の微睡みの中では、確かに思っていたけど、今すぐに撤回したい。
誰かに必要とされることには、これほど深刻なリスクが伴うなんて聞いていない。
「起きてっ! お願いだからっ!」
必死に揺さぶり、さらに声を張り上げた。
わたらいさんの長いまつげが、ピクリと震える。まぶたの隙間から濡れたような瞳が僕を捉えた気がした。
よかった、やっと気づいてくれた。
ホッとしたのも一瞬のことで、彼女は「ん……ふふ」と、幸せそうな吐息を漏らし、僕の腰を掴んでいた手に力を込めたまま、再び深い眠りへと沈んでいった。
眠りが深すぎる。ドリンクバーに何か悪いものでも入れられていたのかと疑うほどに。
「ねえ!トイレ!すぐ戻るから!トイレに行きたいの!」
僕の絶叫に、わたらいさんの瞼が少しだけ持ち上がる。そして、夢と現実の狭間から優しい声で囁いた。
「……んん、すればいいじゃん……ここで。よじれは……いつもそうしてる……」
彼女は微笑み、それを許可するように腕を解いた。
「できないよっ!」
僕は叫んだ。その勢いのままに部屋を飛び出し、転がり込むようにしてトイレに入る。
ギリギリ、ギリギリで間に合った。
溶けそうな安心感と共に、外の情報が途端に鮮明になる。
トーストの焼ける匂い、ママが淹れたコーヒーの香り。
リビングから、ママの鼻歌が聞こえた。
閉じられたカーテンの隙間から、朝の光が漏れている。外から、微かにラジオ体操の音が聞こえた。
わたらいさんは、大の字で片方の腕を僕の方に向けたまま、少し離れたところに仰向けで寝ている。暑かったのか、寝相が悪いのか、掛け布団は全て僕の方に押し付けられていた。
どうりで暑いわけだ。分厚い布団の中から這い出しながら、僕は思わず笑ってしまう。
彼女を起こさないように、そっと頭を上げ、腕を使って背中を床から離す。少しだけ、頭が重い。
昨日の夜は、まるで使い物にならなかった自分の足に力を入れる。膝を立てることができる。立てそうだ。
安心も疑問もない。僕の意識は今や全く別のところにある。
限界だった。
もう一滴も溜めておけないほど、破裂寸前に膀胱が膨れ上がっている。
一刻も早く、トイレへ。
今、僕の頭を占めているのは、それだけだった。
体操座りのように膝を身体に寄せた体勢からそっと立ち上がろうとしたその時、わたらいさんが寝返りを打った。
大の字で寝ていたその腕が、まるで獲物を捕らえる網のように、静かに僕に絡みつく。
僕の太ももの上に、彼女の細く、脱力して重い腕が乗る。
「……んんぅ」
寝返りのついでに、彼女の顔がぐっと近づく。昨夜の甘噛みの再来を予感させる、確実に何かが起こるだろう距離の詰め方。
かわいい。愛おしい。抱きしめたい。見守りたい。起こしたくない。
彼女の腕にぐっと力が籠り、ベルトみたいに腰に巻きつく。その圧迫感に、限界の膀胱が悲鳴を上げた。
「あっ、ちょ……っ!だめだめやばいやばいっ」
かわいい。愛おしい。抱きしめたい。見守りたい。起こしたくない。
でも、今はそれ以上に、僕の尊厳が危うい。
昨夜の息苦しさとは別の種類の冷や汗が、背中を伝う。
抜け出すために僕が身をよじると、彼女の腕は緩むどころか、かえって強く締め付けてくる。
「起きてっ!起きてわたらいさんっ!離してっ!」
もういっそ、起こすつもりで声を張り上げた。絡みつく腕を引き剥がすために、両手で必死に隙間を作る。
それも無意味だと悟ると、とうとう僕は彼女の身体を直接揺さぶるしかなかった。
「もうだめっ、本当に離してっ!」
必要とされていることがこんなにも安心できるなんて。
昨日の微睡みの中では、確かに思っていたけど、今すぐに撤回したい。
誰かに必要とされることには、これほど深刻なリスクが伴うなんて聞いていない。
「起きてっ! お願いだからっ!」
必死に揺さぶり、さらに声を張り上げた。
わたらいさんの長いまつげが、ピクリと震える。まぶたの隙間から濡れたような瞳が僕を捉えた気がした。
よかった、やっと気づいてくれた。
ホッとしたのも一瞬のことで、彼女は「ん……ふふ」と、幸せそうな吐息を漏らし、僕の腰を掴んでいた手に力を込めたまま、再び深い眠りへと沈んでいった。
眠りが深すぎる。ドリンクバーに何か悪いものでも入れられていたのかと疑うほどに。
「ねえ!トイレ!すぐ戻るから!トイレに行きたいの!」
僕の絶叫に、わたらいさんの瞼が少しだけ持ち上がる。そして、夢と現実の狭間から優しい声で囁いた。
「……んん、すればいいじゃん……ここで。よじれは……いつもそうしてる……」
彼女は微笑み、それを許可するように腕を解いた。
「できないよっ!」
僕は叫んだ。その勢いのままに部屋を飛び出し、転がり込むようにしてトイレに入る。
ギリギリ、ギリギリで間に合った。
溶けそうな安心感と共に、外の情報が途端に鮮明になる。
トーストの焼ける匂い、ママが淹れたコーヒーの香り。
リビングから、ママの鼻歌が聞こえた。
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