ネグレクト少年の拾い食いとヤンデレ少女の餌付け

小鳥遊愚香

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人をバカにする鍵

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 手を引かれたまま、僕はその手を握れなかった。
 彼女は僕の指を折りたたむようにして、繋がっている形を作った。

「お待たせしました」

 女性スタッフがパンフレットを手に、小走りでこちらへ戻ってきた。

 わたらいさんへ、まずは一枚手渡す。
 咄嗟に離そうとする僕の手を繋いだまま、彼女は片手で受け取った。

「よかったら、ご家族の分も」

 わたらいさんが、先の一枚に重ねるようにして、また片手でもう一枚受け取った。

 スタッフが、僕の方へ視線を移す。

「……弟さん?」

 僕はどうしても、わたらいさんより小柄に見えるらしかった。

 この場を切り抜けるためなら、僕はそれでも構わない。

 特に訂正せずに、僕はパンフレットに片手を伸ばした。
 その瞬間、繋いだままだった手を、わたらいさんが強く握り直す。

「彼は、私の友達です」

 スタッフに向けられたその声は、彼女らしくなく、威嚇するように低かった。

「失礼致しました」

 スタッフは、あくまでも事務的な笑顔で謝罪する。

「仲がいいんですね」

 僕たちの繋がれたままの手に、一瞬だけ視線を落とした。

 そのまま、僕たちはパンフレットを片手に簡単な説明をされた。

 最新の空調を備えていて、湿度や温度管理がどうだとか、照明がどうだとか。
 清潔感だとか24時間いつでも出し入れできるだとか、それぞれの用途に合わせた金額や広さだとか。

 ついには、途中解約による違約金や火災保険、盗難保険の話まで出てきてうんざりした。
 保険料は運営側が全額、負担してくれるらしい。

 僕は必死に欠伸を噛み殺しながら、わたらいさんの表情を伺った。
 彼女はうっすら笑みすら浮かべて、うんうんとうなずきながら、熱心にスタッフの話を聞いている――フリをしていた。

「防犯カメラは、どうなってますか?」

 あまりにも、直球な彼女の質問に、僕は面食らう。

「おじいちゃん、おばあちゃんが扉を開けた瞬間に、押し込み強盗みたいなことがあっても嫌じゃないですか。今の世の中、スタッフさんだって信用できないっていうか……ごめんなさい、あなたを疑ってるわけじゃないんです。ただその……私自身、コンビニのトイレで、油断していたせいで……その……」

 僕は、繋いだ手から彼女の身体の震えを感じ取り、慌てて口を挟んだ。

「えっと……防犯カメラって、ずっと誰かが見てるわけじゃない、ですよね?」

 僕は、スタッフとわたらいさんを交互に見る。
 わたらいさんは弾かれるように繋いでいた方の手を離し、両手で顔を覆って俯いてしまった。
 肩が震えている。泣いているのかもしれない。

「もちろん必要になれば、それは必要な情報だし、必要な映像だけど……」

 僕は自分でも何を言ってるかよくわからなくなっていた。

「例えば、防犯カメラの映像の前に、誰かがずっと張り付いてて……利用者が開けた瞬間を狙って入る……っていうのは、できない、ですよね?」

 僕が明確に言語化したせいで、視界の隅に微かに捉えた彼女の身体の震えが大きくなったように思えた。

 女性スタッフは、かなり動揺したような表情を浮かべていたが、
それでも事務的な口調を崩さなかった。

 防犯カメラの映像はリアルタイムで録画・録音されており、すべて本社へ送られていること。
 いちスタッフの判断で、映像を確認することはできないこと。
 必要があれば、本社へ問い合わせた上で、適切に利用されること。

 そういった説明を、淡々と続けた。

「……よかったら、あちらのエレベーターで、各階の収納スペースもご覧いただけますよ」

 スタッフは、僕と目を合わせた。
 それから、その背後にいるわたらいさんへ優しい笑顔を向けた。

「ご見学終わり次第、自由に退出していただいて、結構ですので。何かありましたら、お声掛けください」

 そして、スタッフルームへと戻っていく。
 拍子抜けするほどあっさりと、スタッフは僕たちを二人きりにしてくれた。

 僕は、わたらいさんを見る。
 彼女はエレベーター前までとぼとぼと歩いて、上階へのボタンを押した。

「……本当に泣くつもりは、なかったんだけど」

 わたらいさんが、涙声で呟く。

「あんな風に『お芝居』したら、いなくなってくれないかなって、途中から、考えてた……」

 それが、彼女の精いっぱいの強がりなのは、誰の目にも明らかだった。
 指先や肩の震えを必死に抑え込むように、腕を組んでいるが、どうやっても止められずにいた。

「うん……そうだね」

 まだ収まらない彼女の身体の震えも、流れ続ける涙も、僕はあえて指摘しない。

「すっかり、騙されたよ……」

 エレベーターが、到着した。
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