78 / 91
人をバカにする鍵
嘘
しおりを挟む手を引かれたまま、僕はその手を握れなかった。
彼女は僕の指を折りたたむようにして、繋がっている形を作った。
「お待たせしました」
女性スタッフがパンフレットを手に、小走りでこちらへ戻ってきた。
わたらいさんへ、まずは一枚手渡す。
咄嗟に離そうとする僕の手を繋いだまま、彼女は片手で受け取った。
「よかったら、ご家族の分も」
わたらいさんが、先の一枚に重ねるようにして、また片手でもう一枚受け取った。
スタッフが、僕の方へ視線を移す。
「……弟さん?」
僕はどうしても、わたらいさんより小柄に見えるらしかった。
この場を切り抜けるためなら、僕はそれでも構わない。
特に訂正せずに、僕はパンフレットに片手を伸ばした。
その瞬間、繋いだままだった手を、わたらいさんが強く握り直す。
「彼は、私の友達です」
スタッフに向けられたその声は、彼女らしくなく、威嚇するように低かった。
「失礼致しました」
スタッフは、あくまでも事務的な笑顔で謝罪する。
「仲がいいんですね」
僕たちの繋がれたままの手に、一瞬だけ視線を落とした。
そのまま、僕たちはパンフレットを片手に簡単な説明をされた。
最新の空調を備えていて、湿度や温度管理がどうだとか、照明がどうだとか。
清潔感だとか24時間いつでも出し入れできるだとか、それぞれの用途に合わせた金額や広さだとか。
ついには、途中解約による違約金や火災保険、盗難保険の話まで出てきてうんざりした。
保険料は運営側が全額、負担してくれるらしい。
僕は必死に欠伸を噛み殺しながら、わたらいさんの表情を伺った。
彼女はうっすら笑みすら浮かべて、うんうんとうなずきながら、熱心にスタッフの話を聞いている――フリをしていた。
「防犯カメラは、どうなってますか?」
あまりにも、直球な彼女の質問に、僕は面食らう。
「おじいちゃん、おばあちゃんが扉を開けた瞬間に、押し込み強盗みたいなことがあっても嫌じゃないですか。今の世の中、スタッフさんだって信用できないっていうか……ごめんなさい、あなたを疑ってるわけじゃないんです。ただその……私自身、コンビニのトイレで、油断していたせいで……その……」
僕は、繋いだ手から彼女の身体の震えを感じ取り、慌てて口を挟んだ。
「えっと……防犯カメラって、ずっと誰かが見てるわけじゃない、ですよね?」
僕は、スタッフとわたらいさんを交互に見る。
わたらいさんは弾かれるように繋いでいた方の手を離し、両手で顔を覆って俯いてしまった。
肩が震えている。泣いているのかもしれない。
「もちろん必要になれば、それは必要な情報だし、必要な映像だけど……」
僕は自分でも何を言ってるかよくわからなくなっていた。
「例えば、防犯カメラの映像の前に、誰かがずっと張り付いてて……利用者が開けた瞬間を狙って入る……っていうのは、できない、ですよね?」
僕が明確に言語化したせいで、視界の隅に微かに捉えた彼女の身体の震えが大きくなったように思えた。
女性スタッフは、かなり動揺したような表情を浮かべていたが、
それでも事務的な口調を崩さなかった。
防犯カメラの映像はリアルタイムで録画・録音されており、すべて本社へ送られていること。
いちスタッフの判断で、映像を確認することはできないこと。
必要があれば、本社へ問い合わせた上で、適切に利用されること。
そういった説明を、淡々と続けた。
「……よかったら、あちらのエレベーターで、各階の収納スペースもご覧いただけますよ」
スタッフは、僕と目を合わせた。
それから、その背後にいるわたらいさんへ優しい笑顔を向けた。
「ご見学終わり次第、自由に退出していただいて、結構ですので。何かありましたら、お声掛けください」
そして、スタッフルームへと戻っていく。
拍子抜けするほどあっさりと、スタッフは僕たちを二人きりにしてくれた。
僕は、わたらいさんを見る。
彼女はエレベーター前までとぼとぼと歩いて、上階へのボタンを押した。
「……本当に泣くつもりは、なかったんだけど」
わたらいさんが、涙声で呟く。
「あんな風に『お芝居』したら、いなくなってくれないかなって、途中から、考えてた……」
それが、彼女の精いっぱいの強がりなのは、誰の目にも明らかだった。
指先や肩の震えを必死に抑え込むように、腕を組んでいるが、どうやっても止められずにいた。
「うん……そうだね」
まだ収まらない彼女の身体の震えも、流れ続ける涙も、僕はあえて指摘しない。
「すっかり、騙されたよ……」
エレベーターが、到着した。
0
あなたにおすすめの小説
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす
小木楓
恋愛
完結しました✨
タグ&あらすじ変更しました。
略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。
「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」
「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」
大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。
しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。
強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。
夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。
恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……?
「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」
逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。
それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。
「一生、私の腕の中で溺れていろ」
守るために壊し、愛するために縛る。
冷酷な仮面の下に隠された、
一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。
★最後は極上のハッピーエンドです。
※AI画像を使用しています。
お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?
すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。
お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」
その母は・・迎えにくることは無かった。
代わりに迎えに来た『父』と『兄』。
私の引き取り先は『本当の家』だった。
お父さん「鈴の家だよ?」
鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」
新しい家で始まる生活。
でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。
鈴「うぁ・・・・。」
兄「鈴!?」
倒れることが多くなっていく日々・・・。
そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。
『もう・・妹にみれない・・・。』
『お兄ちゃん・・・。』
「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」
「ーーーーっ!」
※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。
※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。
※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる