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町の傷跡
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帰りの後部座席で、彼女は僕の左肩に頭をもたれてうとうとしている。
わたらいさんの祖父の運転する自動車の中で、僕はぼんやりと車内を見ていた。
これは彼女の人生で、僕は先にこの車を降りていく。
運転席にはおじいちゃん、助手席にはおばあちゃん。
そして後部座席で、彼女がいつまでも安心して、ただ揺られていられたらいい。
四人乗りの軽自動車は、釣り堀から町へ出るまでの舗装されていない道を通ると、ガタガタ揺れた。
「ごめんね、ちょっと……道が悪いな」
おじいちゃんが、ルームミラー越しに後部座席を見た。
「なるべく安全運転で行くけれど……しばらくは砂利道が続くようだ。こればかりはどうしようもない」
揺れに身を任せ、彼女が僕にしがみつくと、ちょっとくすぐったかった。
助手席のおばあちゃんが、後部座席を振り返る。
「ふたりとも、もしも気分が悪くなったりしたら、すぐに教えてね」
わたらいさんが、「うん」と短く答えた。
「魚釣り、したかったんだ」 ガタガタ道を揺られている最中、わたらいさんが、寝言みたいにぽつりと言った。
「前にね、ママとパパと、ここに行こうって言ってた。でも、結局……行けなかった」
「うん。ちゃんと……覚えているよ」
僕が答えると、彼女は僕の腕に自分の腕を絡めてから恋人繋ぎにした。
二度と解けなければいいのに。
彼女の溶けてくっつけるあの呪いの力で、君のパパとママがそうなったみたいに。
「ありゃ、対向車だ……参ったな。こんな狭い山道で……」
おじいちゃんが、焦ったような声を出す。
ねえ、離れたくないって言って。
言わなくてもいいから、強く強く願って。
「……どうするんです?」
おばあちゃんも不安げな声を出す。
「さっき……バスの停留所になっていた広い場所があった」
おじいちゃんがため息を吐き、目視で後方を確認する。
「そこまでバックで……少し戻るしかないか」
僕はそれでも構わないから。
ずっと一緒にいたい。
まだ、間に合うんだよ。
ガタガタの山道を、車がゆっくり後退し始めた。
バックする車体が大きく揺れる。
タイヤが砂利を噛み、小石を弾く音が、やけに鮮明に車内に響いた。
「もう少し……左だな」
視界の隅で捉えていたおじいちゃんのハンドルを握る手が、心なしか震えて見えた。
僕たちの車は、ガードレールのない山道の隅にじりじりと追い詰められていく。
窓のすぐ外は、深い緑が口を開ける急斜面だ。
揺れている。
緑が、綺麗だ。
対向車の大型SUVが、フロントガラスから見えた。
苛立ったようにエンジンを吹かして、僕たちを急かしている。
高らかに、二度、三度と、対向車のクラクションが鳴った。
「おいおい、ちょっと待ってくれ……あんまり年寄りを虐めんでくれよ……」
おじいちゃんが、必死にハンドルを操作する。
車体がさらに左へ寄り、ふわりと一瞬、浮き上がるような感覚があった。
「ああ……っ!」
おばあちゃんが、ほとんど息を呑むように低く短く叫ぶ。
いいよ。
このまま、滑り落ちたっていい。
そうすれば、君は「わたらいさん」のまま、僕は「ぺこ」のまま、どこへも行かずに済む。
その瞬間、わたらいさんの指を、僕の手に食い込むほど強く、強く握りしめていた。
よじれの尻尾みたいに。
君のパパとママみたいに。
いつか見た背中合わせの小鳥や、一塊の煮干しみたいに。
祈るように。
二度と解けない呪いが、今この瞬間に、僕たちの間にだけ発動することを願って。
対向車が、無理にやってくる。
「待ってくれ……まだ寄せ切れていない……」
おじいちゃんの悲痛な声が漏れるけれど、対向車は止まらない。
ガリ、という不快な金属音とサイドミラーが折り畳まれる音が車体を伝わって響いた。
車体が大きく傾き、僕たちは重力に逆らえず、斜面側のドアへと倒れ込む。
上にいた僕の体は、座席に沈み込むわたらいさんを押し潰すように重なった。
密着した胸の鼓動や、彼女の体温が痛いくらいに伝わってくる。
逃げ場のない、完全な密着。
それなのに。
彼女の右手を引きちぎるような力で繋いでいた僕の指先から、ふっと彼女の力が抜けた。
僕の体の下で、絡み合っていたはずの彼女の腕だけが、するりと蛇のように解けていく。
密着しているのに、遠い。
死の気配が、冷たい風のように、僕たちの間を通り抜けた。
わたらいさんの祖父の運転する自動車の中で、僕はぼんやりと車内を見ていた。
これは彼女の人生で、僕は先にこの車を降りていく。
運転席にはおじいちゃん、助手席にはおばあちゃん。
そして後部座席で、彼女がいつまでも安心して、ただ揺られていられたらいい。
四人乗りの軽自動車は、釣り堀から町へ出るまでの舗装されていない道を通ると、ガタガタ揺れた。
「ごめんね、ちょっと……道が悪いな」
おじいちゃんが、ルームミラー越しに後部座席を見た。
「なるべく安全運転で行くけれど……しばらくは砂利道が続くようだ。こればかりはどうしようもない」
揺れに身を任せ、彼女が僕にしがみつくと、ちょっとくすぐったかった。
助手席のおばあちゃんが、後部座席を振り返る。
「ふたりとも、もしも気分が悪くなったりしたら、すぐに教えてね」
わたらいさんが、「うん」と短く答えた。
「魚釣り、したかったんだ」 ガタガタ道を揺られている最中、わたらいさんが、寝言みたいにぽつりと言った。
「前にね、ママとパパと、ここに行こうって言ってた。でも、結局……行けなかった」
「うん。ちゃんと……覚えているよ」
僕が答えると、彼女は僕の腕に自分の腕を絡めてから恋人繋ぎにした。
二度と解けなければいいのに。
彼女の溶けてくっつけるあの呪いの力で、君のパパとママがそうなったみたいに。
「ありゃ、対向車だ……参ったな。こんな狭い山道で……」
おじいちゃんが、焦ったような声を出す。
ねえ、離れたくないって言って。
言わなくてもいいから、強く強く願って。
「……どうするんです?」
おばあちゃんも不安げな声を出す。
「さっき……バスの停留所になっていた広い場所があった」
おじいちゃんがため息を吐き、目視で後方を確認する。
「そこまでバックで……少し戻るしかないか」
僕はそれでも構わないから。
ずっと一緒にいたい。
まだ、間に合うんだよ。
ガタガタの山道を、車がゆっくり後退し始めた。
バックする車体が大きく揺れる。
タイヤが砂利を噛み、小石を弾く音が、やけに鮮明に車内に響いた。
「もう少し……左だな」
視界の隅で捉えていたおじいちゃんのハンドルを握る手が、心なしか震えて見えた。
僕たちの車は、ガードレールのない山道の隅にじりじりと追い詰められていく。
窓のすぐ外は、深い緑が口を開ける急斜面だ。
揺れている。
緑が、綺麗だ。
対向車の大型SUVが、フロントガラスから見えた。
苛立ったようにエンジンを吹かして、僕たちを急かしている。
高らかに、二度、三度と、対向車のクラクションが鳴った。
「おいおい、ちょっと待ってくれ……あんまり年寄りを虐めんでくれよ……」
おじいちゃんが、必死にハンドルを操作する。
車体がさらに左へ寄り、ふわりと一瞬、浮き上がるような感覚があった。
「ああ……っ!」
おばあちゃんが、ほとんど息を呑むように低く短く叫ぶ。
いいよ。
このまま、滑り落ちたっていい。
そうすれば、君は「わたらいさん」のまま、僕は「ぺこ」のまま、どこへも行かずに済む。
その瞬間、わたらいさんの指を、僕の手に食い込むほど強く、強く握りしめていた。
よじれの尻尾みたいに。
君のパパとママみたいに。
いつか見た背中合わせの小鳥や、一塊の煮干しみたいに。
祈るように。
二度と解けない呪いが、今この瞬間に、僕たちの間にだけ発動することを願って。
対向車が、無理にやってくる。
「待ってくれ……まだ寄せ切れていない……」
おじいちゃんの悲痛な声が漏れるけれど、対向車は止まらない。
ガリ、という不快な金属音とサイドミラーが折り畳まれる音が車体を伝わって響いた。
車体が大きく傾き、僕たちは重力に逆らえず、斜面側のドアへと倒れ込む。
上にいた僕の体は、座席に沈み込むわたらいさんを押し潰すように重なった。
密着した胸の鼓動や、彼女の体温が痛いくらいに伝わってくる。
逃げ場のない、完全な密着。
それなのに。
彼女の右手を引きちぎるような力で繋いでいた僕の指先から、ふっと彼女の力が抜けた。
僕の体の下で、絡み合っていたはずの彼女の腕だけが、するりと蛇のように解けていく。
密着しているのに、遠い。
死の気配が、冷たい風のように、僕たちの間を通り抜けた。
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