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01 ■She already chose him■――彼女は既に選んでいた。

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「また街で施しをもらってきたの!? 物乞いを育てている覚えはないわよ!!」

 ヒステリックな叫び声とともに、シスター・イラの平手打ちが飛んできた。
 私は薄暗い教会の廊下に勢いよく転がって最終的には壁で頭を打ち付けた。

「……っ」

 私の名前はプラム。
 この教会兼孤児院の前に布切れ一枚に包まれて捨てられており、それを拾い上げた神父様がプラムと名付けた。
 孤児なので名字はない。


「君の髪色は桃色で珍しいね。
 君を見つけた時、大きなプラム(すもも)が落ちてると思ったよ」

 ……で、プラムって名前に即決したらしい。

 年齢は現在、10歳。
 赤ん坊の時に拾われたから、年齢ははっきりしている。

 平均的な10歳に比べると小さいほうだけど、特に小さいわけでもないと思う。
 なので私を吹っ飛ばす、シスター・イラの平手打ちはすごい力だと思う。

 たまに他の子もふっ飛ばされていて、私より小さい子でも容赦なくふっ飛ばしてる。
 ひどい怪我の時は、神父様が魔法で治してくれるけど、心はどうにもならない。
 ほとんどの子供がシスター・イラには怯えている。

 神父様は優しい人だし、公平な人なんだけど……何故、シスター・イラを野放しにしてるんだろう?
 それともシスターって、あんなものなのかな。

 そんなシスターがいるこの教会兼孤児院も、たまに訪れる旅人に待遇を聞くと、結構良い方だと言われた。
 他の孤児院ではもっと子供たちはやせ細っていて、もっと粗末な服装らしい。


 でもそれは多分……私がいるからだなって思った。

 私がおつかいで街にいくと、街の人が山盛りと言ってもいいほど、いつも何かをくれる。
 食べ物だったり、服のお古だったり。

 他の子がお使いにいくと貰えなくて、何故か私だけ。
 だから子どもたちの間で決めるお使い当番は、私が任命されることがほとんどだ。

 私が街でもらってきたものは、子どもたちで山分けしてるけど、分けられないくらい在庫が溜まってきて、近くの洞窟を倉庫にしてるくらいだ。
 国の配給品だけだと、私達も今より貧相な姿だったと思う。


 施しの品を頂いて帰った時にシスター・イラに見つかると、毎回嫌味をいわれる。
 眉間と鼻にシワを寄せ怒った犬みたいな顔で。

「物乞いなんて、恥ずかしい。お前は将来ろくでもない大人になるよ」

 物乞いなんてしてない、親切にも向こうが勝手にくれるんだって、ちょっとでも言ったら平手打ちされる。
 幸い、いただき物を取り上げられることはされないんだけど……。


 ――冒頭で私が殴られたのはこういった経緯。
 他にも掃除がなってない、洗濯物を干すのが遅い……etc、とにかくなんでもかんでも難癖つけて怒りをぶつけてくる。

 神父様は、施しものに対して怒ったりはしない。穏やかだ。

「きっとこれは君たちへの神からの恵み。人々の中にある神への信仰心が、恵まれない子どもたちに施しをくださるんだ。感謝を忘れないようにね」
 といって子供たちの頭を撫でてくれる。

 神父様っていうと白髪のおじいさんをイメージしそうだけど、街の若い女性がみんな、憧憬の眼差しでその姿が見えなくなるまで立ち尽くすような、モテモテおじさんだ。

 艷やかな少し長い黒髪に深く青い瞳。
 高身長ではないけれど、女性の好みからは外れない背丈。
 さらに祝福を与える時にぼんやりと光る身体。

 その姿は神々しく、まさに神父。
 肌もきれいだし……あれ? ひょっとしてまだ、おじさんて言っちゃいけない年齢なのかな?



 ――さて、殴られた後、私はしばらく気絶していたらしい。

「プラム、大丈夫か?」
 あ……この声は。

 そのとても聞き慣れた声に目を開けると、私の上半身を抱きかかえるようにして、心配そうに顔を覗き込んでくるダークブラウンの髪の少年がいた。

「あ……ブラウニー、ありがとう。大丈夫」

 私は微笑んだ。
 目が覚めてブラウニーの腕の中とか嬉しい。
 気絶してよかった、と思うくらいに。
 つまりは私は彼が大好きなのだ。


 ブラウニーは私と同じ年齢だ。
 彼も捨て子で、神父様がチョコのような髪色をしてるから、とブラウニーと名付けられた。
 神父様は食べ物系の名前を子供たちにつけることが多い……何故。
 そこはもうちょっとなんとかならないのかしらね。

 ブラウニーの名前の由来を聞いた時に神父様は仰った。
『これは心残りなんだけどね。目が明るい茶色だったから、アプリコットとかキャラメリオとか…アーモン(ド)もいいなぁ……とか思ったんだけどね。』

 それを聞いてブラウニーに決まってよかったと思った。
 ブラウニーはその時、私の横で少し震えていた。
 ちょっと怒ってたのかもしんない……。

「いたた……」
 ズキン、と額のあたりに痛みを感じて手をあてると包帯が巻いてあった。

「大丈夫か?」
「うん。……これブラウニーが手当してくれたの? ありがとう」

「まあな。そっちは血がすぐ止まった。それより…鼻血がたくさん出てた。顔は拭いておいたけど……服が血まみれだ」

 言われて我が身を見ると、見事にスプラッタだった。
 もともと服自体が、ボロボロのワンピースにエプロンだったので、
 暗い場所で今の私が誰かと遭遇したらきっと悲鳴あげて逃げ出すかもしれない……。

 さっきから遠巻きにチビッ子たちがこちらを見ているが、心配なのは心配でも、やっぱりちょっと怖いのだろう。

「プラム、新しい服、調達してきたわよ!」

 そこへ、オレンジ色に近い金髪の少女が、服を抱えてパタパタ走ってきた。

「ベッキー、ありがとう……って、これストックの中で一番きれいなやつ。だめだよ!」

「もう、気にしないの。元はと言えばこれはあなたがもらってきたやつなんだから。
ほら、おいで!着替えるよ!」
 ベッキーはぐいぐい私を別室に引っ張っていく。

「ちょ、ちょっと待ってよー!ブラウニー、手当ありがとう、また後でね」
「おう。しばらく無理するなよ」

 もう少し、ブラウニーの腕の中にいたかったなぁ……。
 仲良しでも、そういう近さってなかなか機会ないよね。



 私はベッキーが持ってきてくれた新しい服(街の子のお下がりだけど)に、ありがたく袖を通した。

 ベッキーは私やブラウニーよりも少し年上で、一番の年長の12歳だ。
 彼女は、幼い頃に両親を馬車の事故でなくしてここに来た。
 だから彼女の名前は神父様産ではない。

「……ふふ、桃色の髪に薄桃のワンピースに白いエプロン。エメラルドみたいな瞳。まるで物語にでてきそうな女の子ね。かわいいわ、プラム」

「髪がぼっさぼさだよ!」

 容姿を褒められて私は赤面し、自分の容姿のマイナスポイントをついつい、口にする。
 見た目を褒められるのは苦手だ、なんか恥ずかしい。

「それはあなたがすぐに自分でチョキチョキ切っちゃうからでしょ? 月に一度、散髪屋さんが来てくれるのに……」

「だって、少しでものびると気持ち悪くて。短いとさっぱりするよ? そりゃベッキーみたいにきれいなストレートなら……私も伸ばすかもよ?」
 ベッキーの髪はほんとに綺麗だ。対照的に私の髪は猫っ毛気味である。

「こんなにフワフワで柔らかくて触り心地いいのに……。きっとプロに切ってもらったらもっとフワフワに……はあ」
 ベッキーの手付きが猫を愛でるかのようになってきた。これはいけない。

「触り心地なの!? ちょっと、頭包帯してるし、消毒液くさいから――あれ?」
 そんなやり取りをしていたら、包帯が取れてしまった。

「あら、包帯が取れてしまったわね、やりすぎたわごめんなさ――あら?」

 二人とも、少し無言になる。

「……治っちゃった、ね」

 ついさっきまであった傷は消えてしまっていた。
 そういえば、もう痛くもなんともない。

「びっくりだわ。ここまでの酷い怪我は久しぶりだったから忘れてたわ。そうだったわね。プラムはすぐに治っちゃうんだった」

 そう、私は少しおかしい、……と自分でも思う。
 怪我をしても、しばらくしたら完治してしまう。
 昔はこれが当たり前だと思っていたけど、周りと比べるとやっぱり、ね。

 神父様は教会の皆に強く口止めをしていて、教会内だけの秘密になってる。

 教会は街から離れているし、幸い今のところ教会の外では知られていない。
 周りの人間と違うってなんだか怖い。そして寂しい。

 私もみんなと同じようなありふれた色に生まれたかった。
 この桃色の髪も、初見の人には必ずびっくりされる。
 そしてその後はみんなこの髪が好きって言ってくれる。

 そんな風に今まで容姿で嫌われたことはないけれど、どこか不安がある。
 実は人間じゃないんじゃないかって。

 今周りにいる人達は好意的だけれど、実の父母は、私が生まれてどう思っただろう。
 魔物の子が生まれたとか思って捨てたんじゃないだろうか、とかそんなことを考えてしまう。

「ねえ、プラム。今日決まったんだけど……実は私、もうすぐこの教会から卒業するの。引取先が決まったの」
 ベッキーが唐突に言った。

「え……うそ」
 ベッキーの顔は曇ってる。

「だって、就職は? 資格試験、がんばって勉強してたじゃない……!」

「うん、でも、引取先でも勉強させてはくれるみたい。商家で、そのままそこで家業を手伝う形で
働けるみたいだし……私ももう12歳だし、頼んで長引かせてもらっても13歳までだから……。
どのみち、もうここにはいられないかなって……」

 とても不安そうだ。不安に決まってる。

 大丈夫だよ、なんてとても言えない。
 この日がくるのはわかってた。
 ここにいる子供たちみんなに、いずれは訪れる日。

 引取先が見つかるか、教会にいる間に何かしらのスキルを身につけて教会を出た後、自分で生きる道を探すかのざっくりとした二択。

「手紙、絶対書くわ」
 ぎゅ、とベッキーは私を抱きしめる。

「わ、私も書くよ、絶対。ブラウニーやチビたちにも絶対に書かせる!」

 私も抱きしめ返した。涙が出てきた。
 このやり取り、何回目だろう。
 去年はアリーと、その前の年はピレーナと……。


 その夜中、ベッドに入ってから私は眠れずにいた。
 眠るのが怖かった。

 『特別な夢』を見る気がしたからだ。

 この『特別な夢』は将来おこりえる夢だったり、もしくは結果を知らせる夢だったり。
 認めたくないけど、夢なようで夢じゃない気がする。

 それに実際、本当に夢の内容が起こったのかどうかわからない時が多いからだ。

 日中、起きてる時でも刹那にこれから起こることが絵で頭に浮かぶことがあるし、それで蛇に噛まれるのを回避したこともあるから、ただの夢ですませる気分にはならない。

「うう……」
 枕を抱きしめて、ちょっと唸った。

 隣のベッドのブラウニーが心配そうにチラリとこっちを見た。
 あ、まだ起きてた。ごめん、静かにしなきゃ。
 変な声だしたら心配するよね……。

 私が、なんでもないよ、という意味で微笑みを浮かべると、ブラウニーも笑顔で返してくれた。


 ――アリーとピレーナに関する夢も実は昔見たことがあって、口に出すのもはばかるような嫌な夢だった。
 その夢を見てから、あの二人からは手紙が来なくなったっけ…。

 今日はベッキーに関わる夢を見る気がする。
 どうかどうか、神様。
 ベッキーの夢を見るなら、どうかベッキーが幸せな夢を見せてください。
 お願いします……。

 そんなに懸命に祈っている割に、実は眠気に抗っていた私は、
 しばらくして夢の中に落ちたのだった。

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