ラストレター

ハジメユキノ

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五代の後悔

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「何でお前…!俺に一言でも言ってくれてたら…」
五代はその知らせを聞いて、その場に崩れ落ちた。

「優作!やったぞ!これで俺達、検事になれる!」
司法試験、1年間の司法修習を受けて司法修習考試に合格し、やっと裁判官、検察官、弁護士の法曹三者になる資格が与えられる。それから法務省の採用試験。二人はその試験の結果を待っていた。
正義感が強く、バカみたいに真っ当で勉強ばかりしている弘樹と真反対の性格の俺は、何故か馬が合いいつもつるんでいた。
「お前はいいよな。そんな勉強してる風でもないのに余裕で試験通って」
「馬鹿か?お前は…。俺だってちゃんとやるときはやってるんだよ」
「そうかぁ?」
疑いの眼差しで俺を見る弘樹に、
「ここの出来が違うからな(笑)」
と、指でこめかみを指して笑った。すると弘樹は、怒ることもなく納得したように頷く。
「お前は…変わった奴だよ」
昔から出来の良かった俺は、何かと嫉妬され、足を引っ張られることばかりだった。そんな俺をそのまま受け入れて、ひがむでもなく『お前は凄いな』なんていつも言う。弘樹の方がよっぽど懐が深い凄い奴だと俺はずっと思っていた。
「人を変人扱いすんな!」
口調は怒ってるのに顔は笑っていた。俺はこの笑顔を見る度に、胸の中に小さな灯りが灯った。俺が間違えずにここまで来れたのは、こいつが隣にいたからだ。
「これからも同期として一緒に頑張ろうな(笑)」
「お前には負けないからな(笑)」
お互いに顔を見合わせて笑ったのを思い出す度に胸が苦しくなる時が来るなんて、その時の俺は微塵も感じていなかった…。

地方に異動した弘樹は、毎日のように遅くまで残業していた。夜中によくラインを送ってきた弘樹は、次第に文面に疲れが滲むようになっていた。俺はそんな弘樹が心配で、ラインを受け取るとすぐに電話をかけるようになっていった。
「もしもし?弘樹?」
『おっ!また電話くれたのか(笑)』
「お前が疲れてそうだったから…」
『いや、さ。今日、俺の出した書類がダメでさ。だいぶ言われて…』
「だって、すぐ上の上司はハンコ押したんだろ?」
『でもさ、次席がダメだって…。いつまで半人前なんだって言われてさ。さすがに落ち込むって言うか…』
「お前は半人前なんかじゃないぞ!俺より努力家だ。俺はそこをいつも買ってるんだからな!ホントだぞ」
『…。ありがとう。お前くらいだよ、そう言ってくれるの…』
俺くらいって…。弘樹…。お前の仕事は俺も良く知ってる。絶対負けるなよ!
あの時、俺は思っていたことを何で言わなかったんだ?伝えたいことは言葉にしておかないと後悔する…。そんな当たり前の事を痛感したのは、それからまもなくのことだった。

あるときからプツリと弘樹からラインの返信が来なくなって、電話も出なくなった。何度目かの電話に出たのは弘樹の母だった。
「もしもし?弘樹?」
『あの…。弘樹の母です』
「あ…。すみません。俺、いや私五代と申します。弘樹さんは…」
電話の向こうからすすり泣くような声が聞こえた。その時、何故か心臓が激しく痛み、俺は目をつぶった。そのまま何も言わないで電話を切ってくれと願った。でも、そんな願いが通じるはずもない。
『弘樹…弘樹は死にました…』
やめてくれ!嘘だと言ってくれ!そんな話、聞きたくない!
「そんな…。弘樹は」
『自分のマンションで…首を…』
それ以上言葉にならず、電話の向こうの弘樹の母だという女性のすすり泣く声だけが聞こえた。俺はそれから何かを言ったように思うけれど、何を言ったのか覚えていなかった。とにかくお悔やみを言ったんだと思う。俺は一刻も早く独りになりたいと願った。
電話を切った後、自分の中の何か大切なものがなくなっていることに気付いた。それは絶対に無くしてはならないもののはずなのに、それがあったはずの場所は空っぽになっていた。涙さえ出ない。言葉も出てこない。俺は動かない頭から絞り出すように言葉を探した。
何時間言葉を探し続けたか…。日の光が入っていたはずの俺の部屋の中はいつの間にか暗くなっていた。突然、金縛りが解けたように掠れた声が出た。
「何でお前…!俺に一言でも言ってくれてたら…」
何時間立ち尽くしていたんだろう。俺の目は外の見慣れた景色を映していたはずなのに、何も見えていなかった。体から力が抜け、固いフローリングに膝を強くぶつけたが痛みは感じなかった。
「俺は何で泣けないんだ?弘樹は何で…何で俺に何も言わないで…」
逝ってしまったんだ?いや。そんなわけない。あいつが死ぬなんて…。
月明かりが部屋をぼんやりと照らしていた。ツルツルとしたフローリングに生温かいものが一滴零れた。弘樹にもう二度と会えない事を俺の脳がやっと理解したようだ。這いつくばる俺の目から涙がこぼれ落ちて、床にたまっていく。いびつな形に広がっていく涙に月明かりが反射していた。歪んだ俺の顔が映り込む。そうだ。俺の顔も悔しさに歪んでいるんだろう。
「俺はあいつに何もしてやれなかった…」

俺はせっかく入った検察庁を辞め、都内で一番大手の弁護士事務所に入った。正義って何なんだ?弘樹を追い込んだはずの次席検事はいつの間にか最高検察庁に異動し、弘樹の自殺に関して誰も咎められる事はなかった。
………………………………………………………………
五代はソファで寝てしまったらしく、飲みかけのウイスキーが溶けてしまった氷で薄まり、グラスの水滴がテーブルにシミを作っていた。
「久しぶりに見たな…」
弘樹…。お前がいなくなってから、俺は非道い人間になってるよ。昨日なんて、俺好みの綺麗な男を事務所で抱いたんだ。成功報酬の代わりに…。
「俺が男もイケるって知ったら、弘樹は驚くだろうな(笑)」
きっと、俺は女が好きだから無理だぞ!なんて後ずさりするんだろうな…。お前は俺の範疇じゃないから安心しろよ、なんて笑ってさ。
「でも…。誰とでも寝るって紹介してきた奴から聞いてて、しかもセフレだって言うからさ…。じゃあ、手え出してもいいかなって。なのに、あいつは気持ち良くて善がってたくせに、イク時になると寂しそうな顔になるんだ。心の中に誰かいるんだろうなって…。俺は…。初めてその誰かに嫉妬した。俺、初めて嫉妬したんだ。気持ち良くさせたのは俺だぞ?俺を見て欲しいって思っちゃったんだよな…」
絶対言わないけどな。
なんで?言えばいいじゃないか(笑)
俺の中の弘樹が笑っていた。
お前は素直じゃないからな(笑)。
そうだよ。俺は素直になんかならない。外に出る前にきちんと鎧を着けて、どんな非道い言葉もはねつける。誰にも素顔は見せない。弱味を見せた途端、後ろから切りつけられるからな。
優作はもっと幸せになっていいんだぞ?お前を愛してくれる人がこの世に絶対いるから…。
弘樹はそう言うけど、俺はお前を助けられなかったんだぞ?だから幸せになんかならなくていいんだ。
馬鹿だな…。俺が勝手に死んだんだから、お前はもう忘れていいんだ。俺は、お前と友達だったことを嬉しく思ってるんだ。何年経ったと思ってる!もう10年だ。こんなに長いこと心の中に居させてくれてありがとうな…。

ハッと気がつくと時計はさっき見たときより一時間ほど進んでいた。またソファで眠ってしまったようだ。
「弘樹…。ありがとうなんて言うな。一生俺の中で生きてろよ。お前だけが本当の俺を知ってるんだ。お前がここにいないと、俺は人でなしに成り下がって行くぞ?」
もうだいぶ人でなしだがな(笑)。一度寝た人間とは二度と寝ない。俺が誰かを愛する事なんてあり得ない。俺が生きてるって実感するのは、誰かを抱いてる時だけだ。相手は誰でもいい。好みの奴ならな。
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