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弁護士の本分
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「優作…。大丈夫か?」
俺は柄にもなく緊張しているらしい…。
「顔、引きつってる…」
分かってるよ…。
芹が俺の手をきゅっと握った。その手の温かさに心がふっと緩んだ。
「ありがとう…芹。もう大丈夫だ」
俺は事前に電話で連絡を取っていた弘樹の実家の前に立っていた。芹が心配そうに俺のそばにいた。
「芹がいてくれて良かったよ…」
俺は意を決してインターフォンを押した。
『はい』
「あの…昨日電話でお話させて頂いた五代と鴨川と申します」
『どうぞ。今、参りますね』
ドアを開けたのは、俺のお袋と同じくらいの女性。でも、髪の白さが目立つ…。
「いらっしゃい。よく来て下さいましたね」
柔らかく微笑むその女性が弘樹の母だった。
「すみません…。私…ここに来ることが中々出来なくて」
「いいんですよ…。それだけあなたが弘樹がいないことを認められなかったんでしょう?」
「…はい。でも、すみません…」
「どうぞ。上がって下さい。お線香あげてやって下さい」
この家で育ったんだな…。初めて訪れた大切な友の実家。
「部屋も…。片付けることが出来なくて、マンションから引き上げた荷物も手を付けられなくて…」
それでも綺麗に本棚に収められたファイル類は、仕事の物も含まれているようで、細かく背表紙に内容が書かれて種類ごとに分けられ、几帳面な弘樹の性格が良く現れていた。その中には手帳も並んでいた。
「あの…手帳や仕事関係のファイル。見てもよろしいですか?」
今更何?と思われるかと母親の様子をうかがったが、嫌そうな素振りも見せず、快く見せてくれた。
弘樹が生きていた時間がそのまま残されていた。はじめの頃は夢見た仕事に就けた喜びが溢れていた。次第に苦悩が深くなっていくのが行間に滲んできて、読んでいると辛くなるほどだった。
「優作?」
「ん?弘樹は頑張ってたよ。だから余計に許せない…」
「優作もこれから…始まるね」
「そうだな」
弘樹の為に、俺は何も出来なかった。それが腑甲斐なくて荒れていったんだと今更ながら気付いた。やっと自分の弁護士としての本分を果たす時が来たんだ。
「弘樹…。お前は半人前なんかじゃない。立派な検事だったよ」
俺、時間かかったけど今回糸口を掴んだんだ。見ていてくれよ。弘樹…。
弘樹の墓参りには、母親が墓地まで連れて行ってくれた。
「海、見えるんですね」
「綺麗でしょう?あの子は海が好きだったから」
「そうですね」
夏になると海行こうぜって誘われたな。
「ずっと、弘樹が傍にいるような気がしていました。よく話しかけてました…。いつも笑った顔が浮かぶんです」
「そう…。弘樹にはあなたみたいな良いお友達がいたのね」
お墓参りしてくれてありがとうと、こちらが恐縮するほど深くお辞儀をして下さった。俺はまた来ますと弘樹の家を辞した。
家の外まで出て来て、見えなくなるまで見送ってくれていた。弘樹が生きていた時の事を知っている人間がまだいてくれる事が嬉しかったと言っていた。俺が生きている限り、弘樹は心の中で生き続けていますと返した。嬉しそうに笑う母親の姿が目に焼き付いて離れなかった。
…………………………………………………………………
俺は自殺未遂をした若手検事の家族に会いに行った。
「初めまして。弁護士の五代と申します」
「は、初めまして…。私、永山の母です」
永山大毅は去年入ったばかりの若手検事だ。それが1年ちょっとで自殺未遂…。
「何があったんですか?」
「それが…」
永山の母親は手帳を差し出した。
「あの子は…。そんなに何も出来ない半人前だったんでしょうか?」
弘樹…。お前も同じ事言われてなかったか?
「その手帳。お借りしても宜しいですか?」
しっかりした真面目な青年といったところか。業務に関する覚え書き、もらったアドバイスなど、扱った案件を実に正確に記載していた。
それが段々叱責を受けた事、言われた内容についての記載が増えていき、字も几帳面で丁寧に書かれていたのが、震えるような字に変わっていった。
病院にかかるようになると、その診断結果や服用していた薬、医者に休職を勧められた事など、追い込まれていった軌跡が辿れた。
あとはこの人自身の仕事に対する姿勢、叱責されるほど出来ない人間だったのかということ、周りの人間がこのやりとりをどう見ていたのか…。方手落ちにならないように双方の行動を見ていた人達に話が聞ければいいんだが…。
昔、俺が検事だった頃の同期が確か…。連絡取ってみるか。
「ああ…。あの人ね。他にもいるんじゃない?きついんだよね。言い方?えぐるような言い方するからさ。俺みたいに言い返す奴にはそんなにしつこく出来ないんだよ。あと、気に入った奴とかには優しい。気に入らない人間になっちゃうと、攻撃対象になるんだよね」
「なんでそれが分かってて見過ごされてるんだ?」
「仕事は出来るんだよ。対象がコロコロ変わるっていうのもあるかな。自殺未遂とかまで追い込まれるのは…。あんまりな。ないのかもしれない。真面目でよく出来る奴。自分より上に行きそうな奴を潰したい…のかな」
「じゃあ、今回の永山大毅さんは…。出来ない人間ではない?」
「出来るよ。なんであんなに責めるような言い方をされてるんだか分からなかったよ」
「永山さんの様子は?」
「そりゃ毎日のようにグチグチ言われたらな…。元気もなくなるよな…」
「他にもって言ってたよな。知ってたら紹介してくれないか?話を聞きたいんだ」
「最高検には…。地方に異動になったり、辞めて弁護士になってる奴も…。聞いてみるよ。でも、あんまり期待すんなよ」
俺は柄にもなく緊張しているらしい…。
「顔、引きつってる…」
分かってるよ…。
芹が俺の手をきゅっと握った。その手の温かさに心がふっと緩んだ。
「ありがとう…芹。もう大丈夫だ」
俺は事前に電話で連絡を取っていた弘樹の実家の前に立っていた。芹が心配そうに俺のそばにいた。
「芹がいてくれて良かったよ…」
俺は意を決してインターフォンを押した。
『はい』
「あの…昨日電話でお話させて頂いた五代と鴨川と申します」
『どうぞ。今、参りますね』
ドアを開けたのは、俺のお袋と同じくらいの女性。でも、髪の白さが目立つ…。
「いらっしゃい。よく来て下さいましたね」
柔らかく微笑むその女性が弘樹の母だった。
「すみません…。私…ここに来ることが中々出来なくて」
「いいんですよ…。それだけあなたが弘樹がいないことを認められなかったんでしょう?」
「…はい。でも、すみません…」
「どうぞ。上がって下さい。お線香あげてやって下さい」
この家で育ったんだな…。初めて訪れた大切な友の実家。
「部屋も…。片付けることが出来なくて、マンションから引き上げた荷物も手を付けられなくて…」
それでも綺麗に本棚に収められたファイル類は、仕事の物も含まれているようで、細かく背表紙に内容が書かれて種類ごとに分けられ、几帳面な弘樹の性格が良く現れていた。その中には手帳も並んでいた。
「あの…手帳や仕事関係のファイル。見てもよろしいですか?」
今更何?と思われるかと母親の様子をうかがったが、嫌そうな素振りも見せず、快く見せてくれた。
弘樹が生きていた時間がそのまま残されていた。はじめの頃は夢見た仕事に就けた喜びが溢れていた。次第に苦悩が深くなっていくのが行間に滲んできて、読んでいると辛くなるほどだった。
「優作?」
「ん?弘樹は頑張ってたよ。だから余計に許せない…」
「優作もこれから…始まるね」
「そうだな」
弘樹の為に、俺は何も出来なかった。それが腑甲斐なくて荒れていったんだと今更ながら気付いた。やっと自分の弁護士としての本分を果たす時が来たんだ。
「弘樹…。お前は半人前なんかじゃない。立派な検事だったよ」
俺、時間かかったけど今回糸口を掴んだんだ。見ていてくれよ。弘樹…。
弘樹の墓参りには、母親が墓地まで連れて行ってくれた。
「海、見えるんですね」
「綺麗でしょう?あの子は海が好きだったから」
「そうですね」
夏になると海行こうぜって誘われたな。
「ずっと、弘樹が傍にいるような気がしていました。よく話しかけてました…。いつも笑った顔が浮かぶんです」
「そう…。弘樹にはあなたみたいな良いお友達がいたのね」
お墓参りしてくれてありがとうと、こちらが恐縮するほど深くお辞儀をして下さった。俺はまた来ますと弘樹の家を辞した。
家の外まで出て来て、見えなくなるまで見送ってくれていた。弘樹が生きていた時の事を知っている人間がまだいてくれる事が嬉しかったと言っていた。俺が生きている限り、弘樹は心の中で生き続けていますと返した。嬉しそうに笑う母親の姿が目に焼き付いて離れなかった。
…………………………………………………………………
俺は自殺未遂をした若手検事の家族に会いに行った。
「初めまして。弁護士の五代と申します」
「は、初めまして…。私、永山の母です」
永山大毅は去年入ったばかりの若手検事だ。それが1年ちょっとで自殺未遂…。
「何があったんですか?」
「それが…」
永山の母親は手帳を差し出した。
「あの子は…。そんなに何も出来ない半人前だったんでしょうか?」
弘樹…。お前も同じ事言われてなかったか?
「その手帳。お借りしても宜しいですか?」
しっかりした真面目な青年といったところか。業務に関する覚え書き、もらったアドバイスなど、扱った案件を実に正確に記載していた。
それが段々叱責を受けた事、言われた内容についての記載が増えていき、字も几帳面で丁寧に書かれていたのが、震えるような字に変わっていった。
病院にかかるようになると、その診断結果や服用していた薬、医者に休職を勧められた事など、追い込まれていった軌跡が辿れた。
あとはこの人自身の仕事に対する姿勢、叱責されるほど出来ない人間だったのかということ、周りの人間がこのやりとりをどう見ていたのか…。方手落ちにならないように双方の行動を見ていた人達に話が聞ければいいんだが…。
昔、俺が検事だった頃の同期が確か…。連絡取ってみるか。
「ああ…。あの人ね。他にもいるんじゃない?きついんだよね。言い方?えぐるような言い方するからさ。俺みたいに言い返す奴にはそんなにしつこく出来ないんだよ。あと、気に入った奴とかには優しい。気に入らない人間になっちゃうと、攻撃対象になるんだよね」
「なんでそれが分かってて見過ごされてるんだ?」
「仕事は出来るんだよ。対象がコロコロ変わるっていうのもあるかな。自殺未遂とかまで追い込まれるのは…。あんまりな。ないのかもしれない。真面目でよく出来る奴。自分より上に行きそうな奴を潰したい…のかな」
「じゃあ、今回の永山大毅さんは…。出来ない人間ではない?」
「出来るよ。なんであんなに責めるような言い方をされてるんだか分からなかったよ」
「永山さんの様子は?」
「そりゃ毎日のようにグチグチ言われたらな…。元気もなくなるよな…」
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