3 / 17
宵闇
しおりを挟む
午前様で珍しくベロベロになった周作が帰ると、雪がダイニングのテーブルでうたた寝をしていた。起こさないようにしたつもりだったが、ハチの寝床につまづき、ハチが転がり出てきた。尻尾を踏まれたハチはフギャーと鳴いて逃げだし、結局雪を起こしてしまった。
「ん?おかえりなさい」
雪は午前様の周作にも角を出さず、嬉しそうに笑った。
「ごめん…。飲み過ぎちゃった」
周作は怒られても仕方ないと思っていたが、雪は酒臭い俺に抱きついてきた。
「いいの。だっていつも真っ直ぐ帰ってきてくれてて、加戸さんと飲みに行けなかったでしょ?」
「…。雪…好きだよ」
キスしようとしたら嫌がられた。
「周作さん…。お酒くさい」
「えー!やだ!したい!」
「とりあえずお風呂入ってきてね」
「分かりましたよ…」
周作がお風呂から上がって寝室に入ると、雪が本を読みながら待っていてくれた。
「雪、心配して起きてた?」
「うん。ちょっとね。初めての午前様だったから」
ちょっと困った顔で笑った。
「…。ごめん。この前の人の事が気になっちゃって加戸に聞いてもらってた」
「そうかなって思ってた。周作さん優しいから言えなかったのかなって」
周作は雪の気持ちが知りたかった。
「…雪はあの人の事、許せるの?俺は雪をひとりぼっちでハルを育てさせたことがどうしても許せないんだ」
雪は微笑んでいた。
「私はハルを授かったとき、それまではあの人が一番だったのが、ハルが一番に変わったの。一人の女だったのが、この子の母に変わったっていうのかな?反対されるくらいなら、私と一緒になってくれなくてもいいって」
「反対するような人だった?」
「分かんない。でも、あの人は奥さんを愛してたの」
「だから諦めた?」
「あの人のことはね。諦めようって」
「諦められたの?」
雪は静かに微笑んで、
「すぐには出来なかったけど、必死に生きてたらハルが私に笑いかけてくれたから…。思い出すことがだんだん少なくなって。絶対に迎えに来ないってわかってたから」
「絶対?」
「そう。絶対に。そういうものだと思ってたし、実際そうだったの」
周作は雪の肩に頭を乗せた。雪は周作の頭を愛おしそうに撫でた。
「でもね、私は一人で頑張ったわけじゃないの。ハルも頑張ってくれた。保育所の先生やお迎えに行ってくれた父と母、近所のおじいちゃんや、おばあちゃん、職場の先生やリカコちゃん。いろんな人が助けてくれた」
雪は周作に晴れやかな笑顔で続けた。
「私はそもそも家庭のある人を愛したのが間違いだったの。私だって、あの人の奥さんを苦しめたのよ。私が許す許さないの問題ではないの」
「…。そうだね」
「ごめんなさい。こんな人で。あなたにもハルにも余計な荷物を背負わせてしまった…」
周作は雪の過ちに対して目を逸らしていたことに気付かされた。雪も自分の過ちを再び口にすることは、古傷から血を流すようなものだろう。それでも、俺が納得出来てないのを分かって、あえて言葉にして教えてくれた。
「俺、今の雪が大好きだ。今、俺の目の前にいる君が俺の全てだ」
雪の目に灯りがキラッと反射した。流れ出さない涙が浮かんでいた。雪はここで泣くのは違うと思っているんだろう。
「私、あの時の決断が間違ってなかったって思える。あの人にしがみついていたら、周作さんには出会えなかった。ここに、あなたのところにやって来られて幸せだから」
周作は雪を抱き寄せた。雪は黙って泣いているようだった。
「ん?おかえりなさい」
雪は午前様の周作にも角を出さず、嬉しそうに笑った。
「ごめん…。飲み過ぎちゃった」
周作は怒られても仕方ないと思っていたが、雪は酒臭い俺に抱きついてきた。
「いいの。だっていつも真っ直ぐ帰ってきてくれてて、加戸さんと飲みに行けなかったでしょ?」
「…。雪…好きだよ」
キスしようとしたら嫌がられた。
「周作さん…。お酒くさい」
「えー!やだ!したい!」
「とりあえずお風呂入ってきてね」
「分かりましたよ…」
周作がお風呂から上がって寝室に入ると、雪が本を読みながら待っていてくれた。
「雪、心配して起きてた?」
「うん。ちょっとね。初めての午前様だったから」
ちょっと困った顔で笑った。
「…。ごめん。この前の人の事が気になっちゃって加戸に聞いてもらってた」
「そうかなって思ってた。周作さん優しいから言えなかったのかなって」
周作は雪の気持ちが知りたかった。
「…雪はあの人の事、許せるの?俺は雪をひとりぼっちでハルを育てさせたことがどうしても許せないんだ」
雪は微笑んでいた。
「私はハルを授かったとき、それまではあの人が一番だったのが、ハルが一番に変わったの。一人の女だったのが、この子の母に変わったっていうのかな?反対されるくらいなら、私と一緒になってくれなくてもいいって」
「反対するような人だった?」
「分かんない。でも、あの人は奥さんを愛してたの」
「だから諦めた?」
「あの人のことはね。諦めようって」
「諦められたの?」
雪は静かに微笑んで、
「すぐには出来なかったけど、必死に生きてたらハルが私に笑いかけてくれたから…。思い出すことがだんだん少なくなって。絶対に迎えに来ないってわかってたから」
「絶対?」
「そう。絶対に。そういうものだと思ってたし、実際そうだったの」
周作は雪の肩に頭を乗せた。雪は周作の頭を愛おしそうに撫でた。
「でもね、私は一人で頑張ったわけじゃないの。ハルも頑張ってくれた。保育所の先生やお迎えに行ってくれた父と母、近所のおじいちゃんや、おばあちゃん、職場の先生やリカコちゃん。いろんな人が助けてくれた」
雪は周作に晴れやかな笑顔で続けた。
「私はそもそも家庭のある人を愛したのが間違いだったの。私だって、あの人の奥さんを苦しめたのよ。私が許す許さないの問題ではないの」
「…。そうだね」
「ごめんなさい。こんな人で。あなたにもハルにも余計な荷物を背負わせてしまった…」
周作は雪の過ちに対して目を逸らしていたことに気付かされた。雪も自分の過ちを再び口にすることは、古傷から血を流すようなものだろう。それでも、俺が納得出来てないのを分かって、あえて言葉にして教えてくれた。
「俺、今の雪が大好きだ。今、俺の目の前にいる君が俺の全てだ」
雪の目に灯りがキラッと反射した。流れ出さない涙が浮かんでいた。雪はここで泣くのは違うと思っているんだろう。
「私、あの時の決断が間違ってなかったって思える。あの人にしがみついていたら、周作さんには出会えなかった。ここに、あなたのところにやって来られて幸せだから」
周作は雪を抱き寄せた。雪は黙って泣いているようだった。
0
あなたにおすすめの小説
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
傷痕~想い出に変わるまで~
櫻井音衣
恋愛
あの人との未来を手放したのはもうずっと前。
私たちは確かに愛し合っていたはずなのに
いつの頃からか
視線の先にあるものが違い始めた。
だからさよなら。
私の愛した人。
今もまだ私は
あなたと過ごした幸せだった日々と
あなたを傷付け裏切られた日の
悲しみの狭間でさまよっている。
篠宮 瑞希は32歳バツイチ独身。
勝山 光との
5年間の結婚生活に終止符を打って5年。
同じくバツイチ独身の同期
門倉 凌平 32歳。
3年間の結婚生活に終止符を打って3年。
なぜ離婚したのか。
あの時どうすれば離婚を回避できたのか。
『禊』と称して
後悔と反省を繰り返す二人に
本当の幸せは訪れるのか?
~その傷痕が癒える頃には
すべてが想い出に変わっているだろう~
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
課長と私のほのぼの婚
藤谷 郁
恋愛
冬美が結婚したのは十も離れた年上男性。
舘林陽一35歳。
仕事はできるが、ちょっと変わった人と噂される彼は他部署の課長さん。
ひょんなことから交際が始まり、5か月後の秋、気がつけば夫婦になっていた。
※他サイトにも投稿。
※一部写真は写真ACさまよりお借りしています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる