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ハジメユキノ

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宵闇

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午前様で珍しくベロベロになった周作が帰ると、雪がダイニングのテーブルでうたた寝をしていた。起こさないようにしたつもりだったが、ハチの寝床につまづき、ハチが転がり出てきた。尻尾を踏まれたハチはフギャーと鳴いて逃げだし、結局雪を起こしてしまった。
「ん?おかえりなさい」
雪は午前様の周作にも角を出さず、嬉しそうに笑った。
「ごめん…。飲み過ぎちゃった」
周作は怒られても仕方ないと思っていたが、雪は酒臭い俺に抱きついてきた。
「いいの。だっていつも真っ直ぐ帰ってきてくれてて、加戸さんと飲みに行けなかったでしょ?」
「…。雪…好きだよ」
キスしようとしたら嫌がられた。
「周作さん…。お酒くさい」
「えー!やだ!したい!」
「とりあえずお風呂入ってきてね」
「分かりましたよ…」

周作がお風呂から上がって寝室に入ると、雪が本を読みながら待っていてくれた。
「雪、心配して起きてた?」
「うん。ちょっとね。初めての午前様だったから」
ちょっと困った顔で笑った。
「…。ごめん。この前の人の事が気になっちゃって加戸に聞いてもらってた」
「そうかなって思ってた。周作さん優しいから言えなかったのかなって」
周作は雪の気持ちが知りたかった。
「…雪はあの人の事、許せるの?俺は雪をひとりぼっちでハルを育てさせたことがどうしても許せないんだ」
雪は微笑んでいた。
「私はハルを授かったとき、それまではあの人が一番だったのが、ハルが一番に変わったの。一人の女だったのが、この子の母に変わったっていうのかな?反対されるくらいなら、私と一緒になってくれなくてもいいって」
「反対するような人だった?」
「分かんない。でも、あの人は奥さんを愛してたの」
「だから諦めた?」
「あの人のことはね。諦めようって」
「諦められたの?」
雪は静かに微笑んで、
「すぐには出来なかったけど、必死に生きてたらハルが私に笑いかけてくれたから…。思い出すことがだんだん少なくなって。絶対に迎えに来ないってわかってたから」
「絶対?」
「そう。絶対に。そういうものだと思ってたし、実際そうだったの」
周作は雪の肩に頭を乗せた。雪は周作の頭を愛おしそうに撫でた。
「でもね、私は一人で頑張ったわけじゃないの。ハルも頑張ってくれた。保育所の先生やお迎えに行ってくれた父と母、近所のおじいちゃんや、おばあちゃん、職場の先生やリカコちゃん。いろんな人が助けてくれた」
雪は周作に晴れやかな笑顔で続けた。
「私はそもそも家庭のある人を愛したのが間違いだったの。私だって、あの人の奥さんを苦しめたのよ。私が許す許さないの問題ではないの」
「…。そうだね」
「ごめんなさい。こんな人で。あなたにもハルにも余計な荷物を背負わせてしまった…」
周作は雪の過ちに対して目を逸らしていたことに気付かされた。雪も自分の過ちを再び口にすることは、古傷から血を流すようなものだろう。それでも、俺が納得出来てないのを分かって、あえて言葉にして教えてくれた。
「俺、今の雪が大好きだ。今、俺の目の前にいる君が俺の全てだ」
雪の目に灯りがキラッと反射した。流れ出さない涙が浮かんでいた。雪はここで泣くのは違うと思っているんだろう。
「私、あの時の決断が間違ってなかったって思える。あの人にしがみついていたら、周作さんには出会えなかった。ここに、あなたのところにやって来られて幸せだから」
周作は雪を抱き寄せた。雪は黙って泣いているようだった。
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