本屋の中の喫茶店

Hatton

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美味しいコーヒーの淹れ方

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はい、これはコーヒーを淹れる機械です。ふふ、理科の実験みたいでしょ?

でもこれで淹れたコーヒーが、世界で一番美味しいんだから。もちろん、私にとってはだけど。でもみんなもぜひ、好きになってほしいな。

コホン、ではでは早速使ってみましょう。大丈夫、大丈夫、しんぱいしないで、まずは私が手本をみせるから。

まずこちら、金属のレンコンみたいなこのアイテム。これはろ過機といいます。このろ過機ちゃんに、ろ過布を着せてあげましょう。しっかり包んで、ひもをキュキュッと引っ張ると、ろ過機のお顔が見えなくなります。

パーカーのフードを被ったみたいでしょ?え?この鎖はなにかって?慌てない慌てない。これから説明するからね。

さあ次はロートの出番です。理科の実験で使うのより、ずっと太くて大きいけど、役割はおんなじ。液体を下に下に優しく落とすための道具です。でも実は、それだけじゃあないんだけどね。でもそれは、この後のおたのしみ。

さあこのロートに、お洒落に変身したろ過機を入れます。このときに、鎖を管の中にスポッといれちゃおう。そして鎖をググッ ググッとひっぱって、フックをヒョイっとかけて固定します。ほらみてごらん、ロートとろ過機がみごとに合体。はい拍手ー、ぱちぱちー、ぱちぱちー。

ではロートはいったん脇に置いて、つぎに取り出すはこのフラスコ…の前に、お湯の入ったポットを用意。ところでこのポット素敵じゃない?このクネクネしたお口がチャーミングでしょ。そんな素敵なポットに入ったお湯を、フラスコにゆーっくり注ぎます。

つづいてはこちら!ジャジャーン、みんなも見たことあるよね?そう、アルコールランプ。ふふふ、いよいよ実験みたいになってきたね。コーヒーを淹れるのって科学なの。そして同時にアートなの。

ではでは、このランプに火をつけます、火傷にはよーく気をつけてね。ボボッ!ほらほら、炎があがったよ。最近はヒーターを使う人もおおいけど、私は昔ながらのランプが好き。

そしてこの美味しそうで綺麗なオレンジの炎を、フラスコの下に持ってきます。これでグツグツグツグツ沸かしていきます。おっと、その前に、フラスコを乾いたフキンで拭きましょう。水滴がついてると、熱でパリッと割れちゃうかもだからね。

おやおや?なんか苦笑いしてる人がいますねー。実はそのむかし、そこにいるお姉さんが…はいはい、わかったわかった。もう、すぐに怒るんだから。と・に・か・く、慣れてくると忘れがちだから、気をつけようね。

ここで、コーヒーミルのスイッチをオン。ガガガガガガっと豆を挽いて、コーヒー粉を作ります。どうして最初に挽いておかないのかって?いい質問ね、センスがグーよ!

じつはコーヒー粉って、酸素と仲が悪いのよ。酸素だらけの場所で放っておくと。どんどんへそを曲げちゃうの。だから使うギリギリまでお豆のまんまにしておくの。おわかり?オーケーオーケー、みなさん優秀でなによりです。

うちのコーヒーは必ず中挽き。荒すぎず、細かすぎず、ちょうど真ん中。人間もそれくらいがちょうどいいのよ。今いいこと言った。この部分、メモに大きく書いておいてね。

はいそろそろ、お湯が沸いてくるころです。んー、でもちょっとわかりにくいかも。でも大丈夫。ここでロートの出番です。下からびろーんとのびた鎖をフラスコの中に入れちゃおう。このときに、ロートを斜めに傾けて、クールなポーズで固定します。

すると…みてみて、鎖を伝って大きな泡がのぼってきてるでしょ?このボコボコッとした泡が、もういいよの合図なの。ここで、斜に構えているロート君をシャキッとたたせ、ロートとフラスコをつなげちゃお。

イッツショウタイム!なんと、あら不思議。フラスコのお湯がロートの中に移動しましたね。そう、じつはこのロート、落とす前に、まず吸い上げるの。そして粉と混ざってコーヒーの色になりました。

でーもー、これはまだまだコーヒーじゃありまっせーん。じつはここからが、サイフォニストの腕の見せどころ。

ここで私の長年の相棒、木ベラが満を辞して登場。そして、このコーヒー未満の液体をまぜまぜします。この作業を攪拌といいます。簡単そうに見えるでしょ?でも実は、この攪拌の仕方で、コーヒーの味は全然違うの。でもその話はまたあとで、ここからはスピードも大事だから。


一回目の攪拌が終わったら、ここでこの一分用砂時計をくるっと回します。キッチンタイマーの方が効率的じゃね?みたいな顔してるそこの君。チッチッチッ、あまいあまい。ここは本屋の中の喫茶店。お客様は美味しいコーヒーを静かな場所で楽しむために来ているの。つまり、タイマーのピピピッみたいな野暮な音、この店にはふさわしくないってこと。

お、そろそろいい感じね。ほら見てごらん、液体が三層になってるのがわかる?泡、粉、液体が綺麗に分かれているのが理想の状態。我ながらいい出来だわ。

こうなったら火を止めちゃいます。ランプを外すと、またまた不思議。こんどは液体が下に降りてきます。これが全部落ちたらコーヒーの出来上がり!でーもー、落ちるのをぼーっと眺めてるだけじゃダメダメよ。

ここでもう一度だけ、攪拌をします。ふたたびわが相棒のご登場。木べらを深めに中にいれ、でも底にはつかないよう注意して、クルクルクル回して…と見せかけて、実は回してるんじゃないの。

上、下、右、左と動かしてるの。上下左右をまーるくまーるくやってるから、回してるように見えるだけ。これが実は、むずかしい。ほんとーに、ほんとーにむずかしい。でもいっちばん楽しいところなの。

コーヒーがほとんど落ちてきたら、ほらほらみてみて、ポコンと盛り上がった小山が見えます。ちょっと美味しそうでしょ、まるで白砂糖をまぶしたティラミスみたいで。

この小山はドームといいます。白砂糖みたいなこれは、コーヒーの泡泡でした。この泡が綺麗に載っていれば、それは美味しくできた証拠です。

そしてフラスコのコーヒーを、カップに優しく注いだら…

「はい!当店自慢のサイフォン式ブレンドコーヒーのかーんせーい!!」

店長は、カップを優雅に掲げ、満面の笑みで締めくくった。

閉店後の研修に参加した二人の新人バイトは、パチパチと拍手を送るが、笑うと失礼なのか、笑わないと失礼なのかわからないという困惑を顔に浮かべてる。

無理もない。先ほどから「ふふふ」と笑ったり、「ほら、素敵でしょ?」とか言ったりしながら、踊るようにコーヒーを淹れていたのは、50台の中年男性なのだから。それも浅黒く日焼けした肌に、しっかり撫で付けたロマンスグレー、ダンディズムを具現化したようなヒゲを生やした、いかにも「マスター」といった風体の人なのだ。

長い付き合いの副店長である私はすっかり慣れたが、新人バイトにはさぞ刺激が強い光景だったことだろう。

しかも、オネエなのかと思いきや、実は奥さんと高校生の娘さんがいるらしい。ほんとうに一緒にいて飽きない人だった。

「さあ、二人もやってみましょ!百聞は一見に如かずよ」

戸惑う新人ちゃんたちに構うことなくレクチャーを続ける店長を横目に、手持ち無沙汰の私はさっき淹れたコーヒーに口をつけた。

「おいし…」

こんな変わりに変わった人だけど、彼の淹れたコーヒーはとにかく美味しい。



























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